34.圧倒的勝利
聖女レスティアの偽者としての役割を果たして来たセレナ。その罰が下ったのか仲間に見捨てられ魔族に殺されかけた。そこへ現れたひとりの男。
(彼は騎士団の……)
逃げようかと思った。
ここで彼をおいて逃げれば助かるとも考えた。でも、
(ここで逃げたら私の罪は一生消えない……)
非力な自分には何もできないが、せめて最後までその戦いを見続けようと決めた。その後のことはもう考えない。いつかは死ぬ。それが早いか遅いかの違いだ。
ただそんなセレナの目にこれから映る光景は、彼女にとって一生忘れることのできないものとなった。
「行きますよっ!!!!」
感情をあまり表さないサキュガル。その彼が珍しく怒りを前面に出してレイピアで突いて来る。
(もらった!!!)
そう確信したサキュガル。全く逃げようともしないレフォードに対してもう勝負はついたと思った。レフォードが右手を前に伸ばし手を広げる。
「え?」
パキン!!!
何が起こったのか分からなかった。
サキュガルのレイピアの先端が青髪の男の手に当たった瞬間、甲高い音を立てて先が折れた。そしてすぐにレイピアを握られぐっと引寄せられる。
(な、なにが……!?)
無表情のままのレフォード顔に、サキュガルの顔が近付く。
「俺の弟に何してくれるんだよぉ!!!」
ドフッ!!!!
「ギャ!!!!」
顔面に感じる経験したことのない重圧。まるで大きな岩に押し潰されたかのような強い衝撃が顔に圧し掛かる。レフォードは吹き飛びそうになるサキュガルの腕を掴み、今度は腹部に拳を打ち込む。
「妹にまで手を出しやがってぇ!!!!」
ボフッ!!!!
「ウグッ……」
同じ衝撃。体を潰すような激しい圧が今度は腹部に入る。既に意識朦朧としていたサキュガルが頭のどこか遠いところで思う。
(こいつはダメだ……、絶対相手にしちゃいけない存在……、でも妹ってなんだ……、弟じゃなかったのか……)
そこで意識が途切れる。
レフォードはぐったりとして動かなくなったサキュガルの首根っこを掴み、中庭の隅で怯える彼の側近の魔族達に向かって言う。
「他に俺の弟に手を出した奴はいるか!!!!」
魔族達は青い顔をして皆首を左右に振り、ぐったりしているサキュガルの方を指差す。レフォードはサキュガルをポンと彼らの方に投げ捨てて叫ぶ。
「二度と俺の兄弟に手ぇ出すな!! この程度じゃ済まねえぞ!!!!!」
「ヒィィ!!??」
魔族達は悲鳴を上げながら動かなくなったサキュガルを抱えて飛んで逃げていく。
セレナは瞬きひとつせずにその光景を見つめていた。
何が起こったのか理解できない。あの強くて恐ろしい魔族がまるで大人と子供の喧嘩の様に一方的に殴られて終わってしまった。死をも覚悟した数秒前。まだ生きられると言う安堵がセレナを包み自然と涙が出た。
「さて、ちょっと話を聞かせて貰おうか」
そして何事もなかったかのように目の前にやって来る青髪の剣士。セレナは涙をボロボロと流しながら自然と頷く。
「ぎゃああああ!!!!」
そんなふたりに耳に裏口の方から悲痛な叫び声が上がる。
「まだ残党がいたか。あんた、名前は?」
そう尋ねられたセレナが涙を拭いて答える。
「セレナ、です……」
レフォードが頷いてから言う。
「セレナ、俺はこれから残党を追っ払って来る。すぐに戻るからここで待ってろ」
「は、はい」
妹レスティアと全く同じ容姿の彼女。その彼女に対して違う名前で呼ぶことにレフォードがやや苦笑しながら裏口へと向かう。
「名前、呼んでくれた……」
呼ばれた本当の名前。セレナはようやく自分が自分だと思えた気がした。
「さて、セレナ。話を聞かせて貰うぜ」
裏口から逃げようとしていたジャセル達を襲撃していたサキュガルの主力部隊。善戦空しく壊滅状態に追い込まれていたジャセルをその青髪の男が救った。
その後レフォードは屋敷で待つセレナを連れ自分の宿へ戻る。涙を流して感謝するセレナにミタリア達が一緒になって話を聞いた。
「……なるほど。そう言うことだったのね」
セレナから今件についての全貌を聞いた彼女が納得した顔で言う。レフォードが怒った顔でつぶやく。
「レスティアの奴、まだそんな好き嫌いをしていたのか!」
「あははっ、変わってねえな、あいつ」
ガイルは笑って言う。驚いたセレナが恐る恐る尋ねる。
「あの、あなた達は一体何者なんですか……?」
「私達? 兄弟よ、レスティアお姉ちゃんの」
そう笑顔で答えるミタリア。
「え、兄弟……」
セレナは全く顔が似ていない目の前の三人を見て少しだけ不思議な気分になった。レフォードが言う。
「どちらにせよ詐欺まがいの水や、だらしねえ生活をこのまま放って置く訳にはいかねえ。それでレスティアは今どこにいる?」
「恐らく首都の自治区長の屋敷かと……」
国の宝でもある治療師。それを囲うには最高の警備が敷かれた自身の屋敷が最も安全である。そう答えたセレナにレフォードが言う。
「じゃあ、明日の朝一番で向かうか。首都に」
「了解!」
「うん、行こう!!」
笑顔でそう答えるガイルとミタリア。セレナも恐る恐る言う。
「あの、私もご一緒してもいいですか……?」
レフォードが少し驚いた顔で答える。
「何言ってんだ。お前とジャセルは案内役だ。一緒に来て貰う」
「はい!!」
セレナも笑顔になって答えた。
翌朝、宿を出たレフォードは真っ先に目の前にある聖女様の屋敷へと向かった。
屋敷の中では昨晩の魔族襲撃で怪我をした兵達の治療が行われていた。恐るべき魔物達。震えながら眠れぬ夜を過ごした兵士達の中を、その青髪の男が歩いて行く。
「ああ、レフォードさん!」
「レフォードさん、ありがとうございます……」
横になっている兵士の間から感謝の声が上がる。魔族の恐怖。それを救ってくれたのが目の前の青髪の男。彼らからすれば命の恩人。そしてこの男もそうであった。
「レ、レフォードさん!! ようこそおいで下さいました!!」
そこには右手に包帯を巻かれたジャセルの姿。逃げてばかりいた彼は右手の軽傷だけで済んでいた。レフォードが言う。
「ジャセル。頼みがある。首都の父親の元まで案内してくれ」
やや驚いた顔をするジャセルだがすぐに笑顔を作って答える。
「はい! このジャセルにできることなら何なりと!!」
ガイルとミタリアは先に会った時の彼の態度と劇的な違いに笑いが堪えきれない。実際、壊滅間際に現れたレフォードによって魔族は一方的に敗北。ボスであるサキュガルの撤退を聞いて皆一斉に逃げて行った。ジャセルが涙を流してレフォードに感謝したのも無理はない。
「じゃあ行くか。首都へ」
セレナとジャセルと言う道案内を連れ、レフォード達が一路首都に向かう。
「あちらが親父の家でございます……」
馬車で数時間、辿り着いたラリーコットの首都は予想よりもずっと栄えた街であった。ラフェル王都にも勝るとも劣らない賑わい。その中央に聳え立つまるで城のような建物。ラリーコット自治区最高責任者の根城である。レフォードが言う。
「じゃあ行くぞ」
それに続いてミタリア達も歩き出す。
「これは、ジャセル様!? そちらは聖女様……」
屋敷の警備をしていた門兵が突然やって来たジャセルに気付き驚く。後ろの屋敷に居るはずの聖女まで一緒だ。混乱する兵士、別の兵が尋ねる。
「あの、そちらのお方は……」
レフォード達を見て尋ねる兵士にジャセルが答える。
「ラフェルの正騎士団の方々だ。親父に会いに来た。開けてくれ」
「はっ!!」
自治区長の息子であるジャセルの力は強い。兵士がどんな疑念を抱こうが黒でも白と言わせる。
赤絨毯が敷かれたホール、年代物の調度品が飾られた廊下を渡り、ようやくその自治区長のいる部屋へと辿り着く。
コンコン
「親父、俺だ。入るぞ」
そう言って躊躇いなく重厚なドアを開けるジャセル。
落ち着いた部屋。長年使いこまれた机や来客用のソファーが温かくレフォード達を迎える。
「お待ちしておりました」
その部屋の中央で初老の男が深々と頭を下げる。
既に自治区長には連絡が入っていた。聖女の屋敷への魔族の襲撃、それを救ったラフェルの正騎士団員の活躍。自慢のラリーコット兵が敗走する魔族を退けたその実力。
「どうぞ。お座りください」
自治区長に争う気など毛頭もなかった。元々中立を宣言しているラリーコット。争いは自身を滅ぼす最大の原因となる。ソファーに座りながらレフォードが言う。
「じゃあ、遠慮なく」
正面に座った自治区長が言う。
「まずはうちの愚息、並びに魔族撃退のお礼を申し上げます」
そう言って再び頭を下げる自治区長。
「いや、いいんだ。個人的にやっただけだ」
その真意が掴めない自治区長が答える。
「本当にお強いことで。さすがラフェルの正騎士団でございますね」
「まあ、半分そうで半分違うんだが」
そう苦笑するレフォードを見ながら自治区長が考える。
(騎士団訪問、ジャセルにセレナまで連れて来たということは……)
レフォードが言う。
「自治区長、頼みがあってここまで来た。レスティアに会わせてくれないか」
そうだろうな、と思いながら自治区長が答える。
「かしこまりました。理由は治療ですか?」
「まあ、そうだ。だが実はレスティアは俺の妹なんだ」
(!!)
その言葉にセレナを除いたラリーコット側の者すべてが驚いた。
(そう言えば確かにあの時『俺の妹が』って叫んでいましたね……)
セレナが魔族襲撃の際にレフォードが口にしていた言葉を思い出す。そしてその妹が自分そっくりなのを思い出し、彼のあの時の言葉に納得する。自治区長が言う。
「妹でしたか。そうですか、構いません。どうぞお会いください」
自治区長の中で聖女レスティアに関しては既に興味が薄れていた。
名ばかりで治療ができない聖女。居るだけでなぜか魔族に狙われる危険分子。聖女としての仕事をしてくれるならまだいいが、今の彼女は堕落して消費を続けるだけの存在。レスティアがいなくなることすら想定していた。
「ここです」
自治区長の部屋を出て、建物外にある離れに連れて来られたレフォード達。使用人の女に礼を言ってからそのドアを開ける。
ガチャ
ドアを開けた瞬間鼻につく甘いスイーツの香り。
ピンクの内装じゃないが広い部屋に大きなソファー。クッションに囲まれたその中でピンク髪の女が横になりながら言う。
「ねえ、お昼まだ~? 昨日のケーキが良いな。早く持って来……」
ガン!!!
「痛ったーーーーーい!!!!! な、なにするのよっ!!!」
驚いて振り向いたレスティアの目に、懐かしい兄の姿が映る。
「え、え……、レーレー??」
げんこつを落としたレフォードが呆れた顔で言う。
「何だこのだらけた生活は。ケーキ?? 昼飯にケーキを食う奴がどこにいる!!」
ガン!!!!
「い、痛ーーーっい!!!!」
二度目のげんこつを落とされるレスティア。驚く使用人。だがレスティアが目に涙をためて言う。
「レーレー……、レーレーなんだね、会いたかったよぉ……」
そして力なく上半身を起こすレスティアをレフォードが優しく抱きしめる。
「ああ、俺もだ」
ミタリアもガイルもふたりの再会に目を赤くした。
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