33.ニセ者の想い

「お兄ちゃん、新しい宿は景色がいいね!!」


 レフォード達は病院を退院後、聖女が住まう屋敷のすぐ隣の宿に移動した。再び魔族が襲撃するのは確実。その際の迅速な対処の為である。窓の外の景色を堪能したミタリアがベッドの上で横になるガイルに言う。



「ガイルお兄ちゃん、大丈夫?」


「ああ、こんなの大したことねえぜ!!」


 そう強がるガイルだが、ようやくよろよろと歩けるようになった程度だ。それも痛みを堪えての歩行。とても戦える状態じゃない。レフォードが言う。



「次来た時は俺に任せろ。お前はここで寝てろ」


「うーん、まあ仕方ないかな。確かにこれじゃあ足引っ張っちゃうからな」


 たったひとりで魔族の襲撃を退けた、それだけでも十分立派な功績である。ミタリアが尋ねる。



「そう言えば王城から返事は来ていた?」


「ああ、来ていたぞ。これだ」


 そう言ってレフォードが一枚の書類をテーブルに置く。ガイルが尋ねる。



「どうだった? エル兄は元気になった??」


 レフォードが暗い顔をして首を左右に振る。ミタリアが尋ねる。



「ダメだったの?」


「ああ。王都で分析したが、ただの水だったようだ」




「はあ!? なんだそりゃ?? 詐欺じゃねえか!!」


 それを聞いたガイルが顔を赤くして怒り出す。


「まあ、そんなところだ。入金は止めたらしいので、後は俺達があの『レスティアさん』にちょっと問い質すだけだな」


 ミタリアががっかりする中、レフォードはひとり窓の外に見える聖女の豪邸を見つめる。

 そしてその豪邸の中では自治区長の息子ジャセルがひとり声を上げていた。




「おい、そこの壁、早く修理しろ!!!」


「はい!」


 直にやって来るであろう魔族再来に備えて屋敷の修繕を急ピッチで進めていた。慌ただしく館内を駆ける工夫。魔族に破壊されたダメージは予想以上に大きい。

 ジャセルは奥の部屋に向かい、ピンクの部屋で座るセレナに向かって言う。



「おい、ニセ女!」


「は、はい」


 レスティアそっくりの影武者セレナ。レフォード達以外簡単には区別がつかない。ジャセルが言う。



「お前は最悪の場合、魔族に捕まれ」



「……」


 セレナの顔が青ざめる。



「なに、心配することはねえ。捕まっても必ずラリーコット軍が助けに行く」


「で、でも……」


 そのラリーコット軍をもってしても惨敗した先日の戦い。ジャセルの言葉には何の重みもない。



(私は捨て駒……)


 セレナは今はもうここから居なくなった本物の聖女レスティアのことを思う。聖女に似ているということで高額で連れて来られたこの屋敷。自由はなく、日々やって来る人を騙す毎日。そして最後は魔族に捕まって死ねと言う。



「だから大丈夫だって。安心しろ」


 両親には既に大金が渡されている。貧しかった家。今更それを返してとも言えない。



(あの人は大丈夫なのかな……)


 それは先日の襲撃の際に現れた尖った黒髪の男。以前ラフェル王国の騎士団長の治療を希望して面会した彼だが、圧倒的な力を振るう魔族のボスと互角に戦っていた。彼がいなければ自分達は皆殺しになっていたであろう。大怪我をしたのだが、もう回復しているのだろうか。

 偽りの水を渡したことに心を痛めながらも、セレナは全く頼りにならない目の前の男より颯爽と現れた黒髪の男のことを考えた。






 そして時は満ち、その夜がやって来た。


「さあて、こんなもので良いでしょう」


 自作の温泉で湯治を行っていたサキュガルがゆっくりと立ち上がる。魔族の治癒能力に温泉のリラックス効果。ガイルに刺された背中の傷も完全に治っている。お湯から上がり体を拭きながらひとり言う。



「今夜も失敗してはルコ様にお叱りを受ける。ああ、恐ろしい。それだけは絶対に避けなければ……」


 前回の失敗についての咎は責められなかった。だがこの次も同じ過ちを犯せばタダでは済まない。サキュガルは気合を入れ新調した黒のタキシードの袖に腕を通す。



「ああ、この服は本当に素晴らしいですね。着るだけで気が引き締まると言うか……」


 鏡に映った自分を見ながら言う。



「早くヒト族を殲滅させたくなるんですよね~」


 身だしなみを整えたサキュガルが歩き出す。



「またあの黒髪の戦士は現れるのかな。まあ、来るでしょう。ヒト族でこの私を止められる者は彼以外いないでしょうからね」


 サキュガルは不敵な笑みを浮かべ、総攻撃の準備が整った配下の元へと歩き出した。





「ジャ、ジャセル様!! 来ました、魔族の襲撃です!!!」


 屋敷の見張り台で監視をしていた兵士からジャセルの元へ連絡が入った。最初の魔族襲撃から数日。予想はしていたが早い再来となった。部屋で酒を飲んでいたジャセルが赤い顔で言う。



「よし、来たか!! 全軍、退っ!!」


 その言葉で屋敷中の兵士が裏門から我先にと撤退していく。ジャセルがピンクの部屋で震えながら座るセレナに言う。



「じゃあ、あとはしっかりやれよ。ニセ聖女さん。ぎゃははっ!!!」


 セレナと彼女の世話をする中年女の顔が引きつる。自分達は目の前の奴の身代わりになって残される。殺される。助けになど絶対来ない。だが逆らうこともできない。ふたりは肩を寄せ合い、涙を流した。




「おや? 警備兵がいませんね。と言うか裏門から逃げて行く?」


 屋敷の上空まで来たサキュガルが不可解な行動をとる警備兵を見て首を傾げる。

 守りに徹した専守防衛か、それとも先の黒髪の剣士を呼んで対抗か。その辺りだと思っていたサキュガルにとってそれはあまりにも不可解な光景であった。側近を呼び命令する。



「裏門からどこかへ行くようです。主力をそちらへ。罠かも知れませんが、まあ大丈夫でしょう。徹底的にやりなさい」


「御意」


 そう答えた上級魔族が配下の主力部隊を引き連れ、裏口から出て行く守備兵達に向かって飛び立つ。



「さて、じゃあ私は屋敷におられる聖女様とのご対面と行きましょうか」


 そう言って数名の側近と共に屋敷の中庭へと降り立つ。




「……静か、ですね」


 静寂。屋敷の奥の方で人の気配はするが、以前来た時の様に警備兵が騒がしくしている様子もない。拍子抜けのサキュガルがひとり笑いながら言う。



「はははっ。我に恐れをなして皆逃げましたか。まあ、となるとここに聖女が居るかどうかも分かりませんが、まあいいでしょう。どこへ行こうが捕まえて見せますから」


 余裕のサキュガル。そのまま側近に屋敷奥にいる人間を捕まえてくるよう指示を出す。




「きゃあ! やめてください!!」


 しばらくして出て来たのはピンクの髪の若い女と中年の女。側近が言う。


「この若い方が聖女のようです。容姿が報告通りですので間違いありません」


 少し驚いた顔をしたサキュガルがセレナの顔をまじまじと見て言う。



「あらあら。兵士が逃げ出したのに聖女様はここに残されてしまったのですね。可愛そうに。それよりあなた……」


 サキュガルより邪のオーラが放たれる。



「本物の聖女様ですか?」



(!!)


 セレナの背中に冷たい何かが走る。

 殺される。偽物だとバレたらきっとすぐに殺される。見たこともないような恐ろしい魔族を前にセレナは体の震えが止まらなくなっていた。



「ニセ者ですね。殺しましょうか」



(ど、どうして分かったの……!!??)


 何ひとつ言葉を発していない。

 だが目の前の魔族は瞬時に自分の嘘を見抜いた。驚く女を見てサキュガルが言う。



「驚きましたか? でも分かるんですよ、我々には。あなたの心臓の鼓動、汗、脈、表情筋の緊張。そのすべてが『嘘』だと言っているんですよね~」



「や、やだ、殺さないで……、お願い……」


 ようやく振り絞って出た言葉。だがそんな言葉は魔族には通じない。サキュガルが笑顔のまま言う。


「私達を騙そうなんて考えるからですよ。裏から逃げて行った奴らも含めて皆殺しにして差し上げましょう」



「そりゃ困る」



(!!)


 サキュガルの後方から響く低い声。周りにいた彼の側近がその青髪の男に気付き警戒をする。



「その聖女さんには色々と聞きてえことがあるんでな。殺されちまったら困る」


 ゆっくりとセレナの方へと歩く青髪の男にサキュガルが尋ねる。



「私の仕事を邪魔する気でしょうか」


「ああ、そうなるかな。ま、たとえ用事がなくともその姿なら俺としちゃ見過ごすわけにはいかねえ」


 青髪の男がちらりとセレナを見る。



(え!? この容姿?? それって私のことが……)


 セレナが自分の前まで来た青髪の男の背中を見てどきっとする。彼は先日一度訪ねて来て失礼な態度を取った男。黒髪の戦士ではなかったが、よく見れば彼に負けず劣らず魅力的な男。



「下がってな」


 背を向けたまま青髪の男が言う。


「は、はい……」


 セレナは中年の女と共に部屋の奥へと移動する。サキュガルが言う。



「私はてっきり黒髪の剣士が来るかと思いましたが、違ったようですね」


「ああ、そいつぁ、俺の弟だ」


 そう言ったレフォードに対してサキュガルが笑って答える。




「そうでしたか。お兄さんがわざわざ弟の代わりに殺されに来たのですね! なんと健気な。まあ全部殺しますが」


 一切動揺することなくレフォードが尋ねる。



「お前が弟に怪我をさせた奴でいいな?」


 サキュガルの顔から笑みが消える。


「そうですが、それが何か?」



「いや、人違いだったらまずいんでな。それなら心置きなくやれる」


 サキュガルが笑いながら答える。


「素晴らし意気込みで。いいでしょう、お相手してあげますよ。全力で」


 そう言って腰に付けたレイピアをゆっくり抜き構える。



「さあ、あなたもどうぞ。剣を抜いてください。戦いはフェアに行きましょう」


 そう言ってレフォードの腰に付いた剣に目をやる。少し困った顔をしたレフォードが答える。



「あ、いや、俺はいいんだ。これ、使わなくとも……」


 まさか剣術の心得がないとは言えない。サキュガルの怒りが体から放出される。周りにいた彼の側近がそれに恐れをなして離れて行く。サキュガルが無表情になって言う。



「魔族長第一側近のこの私をここまで侮辱するとは。馬鹿にされたものですね。私ごときには剣すら必要ないと」



「いや、そう言う意味じゃ……」



「行きますよっ!!!」


 屈辱の怒りに燃えたサキュガルがレイピアを構えて突撃する。

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