26.家族の絆

「兄さん、レフォード兄さん……」


 両膝をつき涙を流すエルクの頭をレフォードが撫でながら言う。



「本当にお前は何でもかんでもひとりで背負おうとする」


 エルクの頭に幼き頃、こうやって兄レフォードに野獣から救って貰った記憶が蘇る。手を差し出し、エルクを立たせたレフォードが言う。



「もっと仲間を頼れ。お前にはこんなにもたくさんの仲間がいる」


 そう言って後方に手をやるレフォード。

 そこには傷つきながらも団長と共に戦おうとする重歩兵隊長ガードに正騎士団員、魔法隊長レーア、そして一緒に育ったガイルにミタリア、更にはどこか見覚えのある戦士団。エルクが驚いて言う。



「ガイル!? それにミタリアも居るのか!!?? あと、彼らは……」


 レフォードが言う。


「あいつらはお前にクビにされたの元正騎士団。思うところはあるようだけど、国の危機と知って加勢に来てくれたんだよ」


 彼らはエルクの加勢に向かうレフォード達と合流。国の為に一緒に戦いたいとここまで共にやって来た。レフォードが言う。



「貴族とか平民とか、ちょっと気にし過ぎじゃねえのか? 俺だって、って言うかお前も平民だろ」


「……」


 無言になるエルク。レフォードが言う。



「まあお前にはお前の思いがあってのことだと思うが……」


 レフォードを見つめるエルク。そしてその言葉は彼にとって生涯忘れることのできない言葉となった。



「そんな顔してんじゃねえよ」



(!!)


 エルクの体に何か衝撃が走った。



(私は、私はもしかして間違っていたのか……)


 震える体を押さえるエルク。そこへ大きな声が響く。



「おーい!! エル兄!!」


 ガイルとミタリアが走り寄って来る。エルクが言う。



「ガイル! ミタリア!! 元気だったか!!」


 エルクの顔が自然と笑顔になる。ミタリアが言う。


「元気だったよ! 私はね、今ヴェルリット家当主なの。エルクお兄ちゃんに討伐されかけたね!」


 驚くエルクが言う。



「え、ヴェルリット家当主だって!? そんなことが……」


 多忙な騎士団長は地方領主の名前などいちいち知らない。ガイルが言う。



「エル兄、これから一緒に戦うぜ! あいつらと」


 そう言って指差す見たことのない部隊。困惑するエルクにガイルが言う。


「あいつら元蛮族。俺の部下だったんだ。でもこれからは一緒に戦うぜ!!」


「ば、蛮族っ!? 一体何を言ってるんだ、お前達……」


 混乱するエルクにレフォードが言う。



「まあ話は後だ。先にあいつらをぶん殴りに行くぞ」


 そう言って突如現れた得体の知れない青髪の男を見つめるヴェスタ公国軍を指差す。レフォードがエルクに尋ねる。



「エルク、動けるか?」


 エルクが聖剣を抜きそれに答える。


「レフォード兄さん、それは愚問でしょう」


「ん?」


 エルクの顔に笑みが浮かぶ。



「私は大切な人と約束しましたからね、『絶対に負けない』と!!」


 そう言って自ら剣を振り上げ敵陣へと突撃する。レフォードが呆れた顔で言う。



「だからひとりで行くんじゃねえって。まったくよぉ」


 そう言ってガイル達と共にレフォードが駆け出す。





「な、なんなの、一体~??」


 ヴェスタ公国軍後方で戦況を見ていたゲルチが驚きながら言う。

 確実に敵国騎士団長を仕留めたと思ったゲルチ。だが突如現れた謎の男によってそれが阻止された。何をしたのかは遠くから分からない。ただヴァーナ渾身の魔法をしてしまうなどただ者ではないことは明らか。



「ヴァーナちゃ~ん、さ、帰るわよ~」


 魔力切れを起こしたヴァーナ。もう体が動けなくなりゲルチに背負われている。そんな彼女の目にもしっかりと映っていた。



(あ、あり得ねーーーっ!!! どういうことなんだ~? 私の魔法を破壊しちゃうなんて……??)


 誰だか分らない。

 ただ『業火の魔女』の心にしっかりとその存在が刻み込まれた。






「兄さん、ありがとうございました」


 エルクが金髪の頭を深々と下げて礼を言った。

 圧倒的魔力で暴れまわる『業火の魔女』を失ったヴェスタ公国軍は、レフォード達新たな助っ人が加わったラフェル王国軍に敗走。結果としてみれば両軍被害を受けた引き分けとなった。

 ラフェルの陣営に戻って来たレフォード達。頭を下げるエルクに言う。



「固い挨拶は抜きだ、エルク」


「エルクお兄ちゃん!!」


 それまで我慢していたミタリアがエルクに抱き着く。



「うわっ! よ、よせってミタリア!!」


 昔とは違い大きく成長した彼女。エルクはその成長を喜びつつも一瞬どきっとする。ミタリアがむっとした顔で言う。


「全然私達に会ってくれないんだもん。ほんと失礼しちゃうわ!!」


 エルクが手を頭にやりながら答える。


「いや、すまなかった。まさかお前が領主になっていたとは想像もできなかったんだ」


 それにはガイルも頷いて言う。


「それはほんとマジ。あの泣き虫ミタリアがまさか領主様とはね~」



「ガイル、それよりお前が蛮族って一体どういうことだ?」


 エルクが少し難しい顔をして尋ねる。ガイルが笑って答える。



「俺だけじゃねえぞ~、レフォ兄だってそう! なんせ頭領様だからな!!」


「はあ……」


 レフォードはため息をつきながらエルクにこれまでの事情を話した。




「そんなことが……」


 引き取られてからのレフォードの苦難、ガイルの困難。エルクは自分だけ苦しんでいたと勘違いしていたことに恥ずかしさを覚える。ガイルが少し驚いた顔で言う。


「それにしてもレフォ兄はよく騎士団長がエル兄だって分かったなあ。名前も違うのに。凄えや」


「本当にそう! 私も全然分からなかった!」


 ガイルの言葉にミタリアも同意する。レフォードが答える。


「大きくなっても仕草や雰囲気は変わらねえだろ? お前らも同じだぞ」


 それを聞いたミタリアが大きな胸を持ち上げて言う。


「えー、私はこんなにんだよ〜」


 皆の視線が大きく育ったミタリアの胸に集まる。ずっと子供のイメージしかなかったエルクにとって今のミタリアは確かに全然違う。

 軽く咳払いをしたエルクがレフォードに尋ねる。



「それよりレフォード兄さん、さっきの隕石だけど本当に手とか大丈夫なんです?」


 通常の人間ではあれを素手で破壊するなど不可能なこと。尋ねられたレフォードが口籠もりながら答える。


「あ、ああ、その、なんだ。多分問題ない。鍛えているからな……」



(お兄ちゃん??)


 少し様子がおかしいレフォードを感じたミタリアが心配する。レフォードが言う。



「それでエルク。ガイル達を騎士団に加えるって話はどうなんだ?」


 王国に敵対する蛮族、それを国の守りの要である正騎士団に加えよと言う。さすがに簡単にはいかないだろうと思っていたレフォードだが、エルクは笑顔で即答した。



「話は分かりました。ただ彼らは王国領土内で法を犯したのも事実。それに対する処罰は受けなければなりません」


「おいおい、エルク。何とかならねえのか?」


 困った顔をするレフォードにエルクが頷いて言う。



「なのでこうしましょう。彼らにはその罰として『死ぬ気でラフェルの為に共に戦う』と言うことにします。それを持って放免としましょう」


 レフォードが尋ねる。


「それってつまり……」



「ええ、兄さんの頼みですし、ガイル達には正式に騎士団に入って貰います」


 エルクの言葉にガイルとライドが両手を上げて喜びを表す。


「やったーーーーっ!!!」

「これで僕達も堂々と歩けるんだね!!」


 蛮族からの正騎士団入り。最初聞いた時は多くの人がその馬鹿げた話を笑ったが、ついにここにその馬鹿げた話が現実に叶うこととなった。部屋の隅で話を聞いていた魔法隊長レーアが思う。



(あらあら。本当に蛮族が騎士団になっちゃうなんてね~、あの男、ちょっと痺れるかも~)


 レーアは目の当たりにした青髪の男の強さと行動力に改めて驚く。エルクが言う。



「いや、それにしてもレフォード兄さんの強さには驚いたよ。昔から頑丈だったけど、なにかそれ以上のものを感じるよ」


 レフォードのスキル【耐久】と【回復】については皆うすうす気付いている。ただレフォード自身もまだ気付いていない。もうひとつ『新たなスキル』が発現していることを。それは後に再会する別の弟妹によって判明することとなる。


「まあ、あの労働が結果的に体を鍛えることになったんだがな」


 レフォードがそう謙遜するとエルクが目を輝かせて言う。



「あの隕石を素手で砕くなんて兄さんはやっぱり凄いですよ! そんな兄さんがうちに加わってくれるなんて私は本当に嬉しいです!!」


 目を輝かせるエルクにレフォードが言う。



「あ、俺、入らないから」



「……え?」


 エルクが固まる。



「俺、そう言うの苦手だし、それに他の兄弟も探しに行かなきゃならん」


「え、で、でも兄さんやガイルが一緒に……」


 戸惑うエルクにガイルが言う。



「あ、エル兄。俺も入んないから!」


「は? どういうことだ、ガイル!?」


 動揺するエルクにガイルが説明する。



「俺もレフォ兄と一緒に行くって決めてんだ。大丈夫、うちの優秀な幹部を置いて行くから!!」


 そう言って隣にいたライドの肩を叩く。ミタリアがぷっと膨れて言う。


「ガイルお兄ちゃんは残っていってもいいんだよ。邪魔だし……」


「邪魔って何だよ!? ふざけんなよ、ミタリア!!」


 ミタリアがガイルを何度も指差しながら言う。



「邪魔なの! 私とお兄ちゃんが折角ふたりきりでイチャイチャできるのに。どうしてついて来るのよ!!」


「俺だってみんなに会いたいんだよ! それにレフォ兄にも付いて来いって頼まれているし!!」


 兄弟喧嘩を始めたふたりを見たエルクが苦笑して言う。



「そうですか、それなら無理強いはしません。それよりミタリア、やっぱお前はまだ兄さんのことが好きなのか?」


「当たり前でしょ! 私のフィアンセなんだから。ね、お兄ちゃん!」


「それは違う」


 無表情で答えるレフォードにミタリアが泣きそうな顔で言う。


「えー、一緒に子供作ろうって約束したじゃん」


 いつものミタリア節に皆が苦笑する中、エルクが言う。



「そんなことしたらヴァーナやルコが発狂するぞ」


「ひっ……」


 姉の名前を聞いたミタリアの顔が一瞬引きつる。



「だ、だから今のうちに既成事実を……」


 ガン!!


「痛っ!」


 見かねたレフォードが軽くげんこつして言う。



「馬鹿なこと言ってんじゃねえ。お前は妹だ」


「もぉ……」


 ミタリアが再び頬をぷっと膨らます。エルクが笑って言う。



「じゃあ兄さんはこれからどこへ?」


「そうだな。とりあえずヴェスタ公国でも行くかな」


「え!?」


 皆がその言葉に驚く。今の今まで戦ってきた敵国。そこへ行くなど普通なら考えない。エルクが尋ねる。


「何かあるんですか?」


「ああ、まあな……」


 レフォードの頭にある出来事が鮮明に刻み込まれている。それを確認しに行く。ガイルとミタリアが言う。



「俺達はどこでもついて行くぜ!」

「私もよ!!」


 レフォードがそれに頷く。エルクが言う。


「私は騎士団長の仕事があるのでご一緒はできませんが、できることは何でも協力します。いつでも来てください!」


「ああ、そうするよ」


 レフォードの言葉にエルクが嬉しそうに笑う。



(あんな顔するんだ、団長って)


 それを見ていたレーアが内心思う。

 いつも忙しく他者を寄せ付けない雰囲気だった騎士団長。笑った顔など見たことないレーアにとって今のエルクはまるで子供のようにすら思えた。



(家族なんだね~、彼らは)


 自分達では入れない領域。深い信頼と絆が彼らを結び付けているんだと思った。






 数日後、ラフェル王城正門。

 ヴェスタ公国の『業火の魔女』撃退の吉報に沸く国民に対して、再び戦勝パレードをすることなった。

 王城門でレフォードと会話を交わすエルク。これでしばしの別れとなるが彼の顔は明るい。



「兄さん、本当にありがとうございました。最後に楽しんでいってください」


 レフォードが困った顔をして言う。


「こういうのは嫌いなんだがな……」


 エルクに無理やりパレードに参加させられた。ガイルとミタリアが嬉しそうな顔で言う。



「いいじゃん、レフォ兄! 楽しもうぜ!!」

「そうよ、お兄ちゃん! 一緒にパレードしよ!!」


「やれやれ……」


 そう言ってエルク達と歩き始めたレフォード。



 そしてそれは起こった。



「くたばれ、エークっ!!!!」


 突如観衆の中からひとりの男がナイフを持って駆けて来る。



「え?」


 まったくの無防備だったエルクは一瞬対応が遅れる。



「エーク!!!!」


 そして同じくその観衆の中からひとりの貴族令嬢がエルクを庇うように抱き着く。



「マ、マリア!?」


 それは以前愛を誓ったラディス家令嬢マリアーヌ。エルクの体が無意識に動き、逆に彼女を庇う。



 グサッ!!



「うっ……」


 暴漢の持っていたナイフがエルクの脇腹に突き刺さる。



「エーク!? エーク!!!!」


 マリアーヌが体を震わせて叫ぶ。



「この野郎っ!!!」


 ドフッ!!!


 すかさずレフォードが暴漢を殴り倒す。



「エーク、エークーーーーーっ!!!」


 マリアーヌに支えられながら倒れたエルク。

 その脇には見たこともないような禍々しい漆黒のナイフが突き刺さっていた。

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