25.騎士団長エルクの涙
「キャハハハハ~!! 燃えろ燃えろ、燃えて、爆ぜろぉおおお!!!」
ヴェスタ公国軍の最後部。
ここが『業火の魔女』と呼ばれる魔法隊隊長ヴァーナの指定席。最後部から容赦なく放たれる業火魔法。それはまさに地獄の業火そのもので抗う敵を徹底的に焼き尽くす。
ゴオオオオオオ!!!!
空や地面から絶え間なく襲い掛かる炎の雨。
見えぬ場所から悪魔の様に襲い掛かる魔法の嵐に、ラフェル王国の盾と呼ばれる重歩兵隊長ガードですら防戦一方となっていた。
「ライトシールド!! ライトシールド、ライトシールドぉおおお!!!!」
隊長ガードを始め、重歩兵隊が必死に
「ガード隊長、もう無理です!! このままでシールドが打ち破られます!!!」
隊員総出で張り続ける魔法障壁。しかし並みの魔法の使い手では何時間も張り続けることは不可能。魔力切れを起こし始めた隊員達の足がふらつき始める。
「
そんな彼らの後方から大きく威勢のいい声が響く。同時に現れる分厚く堅固な魔法障壁。強く光り輝く正騎士団特有の盾。団員達が振り返るとそこには馬に乗り、白銀の鎧に身を包んだ騎士団長が剣を構え立っている。
「騎士団長!!」
「エーク様っ!!」
エルクが叫ぶ。
「私が来たからにはもう安心だ!! 行くぞ、皆の者!!!!」
「おおおおーーーっ!!!」
エルク率いる騎士団長隊がその掛け声と同時にヴェスタ公国軍に突撃する。魔法障壁を張りながらの突進。その後方からエルクが剣を突き出す。
「貫けっ!!
聖なる力を纏ったエルクの必殺の一撃。
これまで優位に戦いを進めていたヴェスタ公国軍の一部が吹き飛ばされる。突然の状況変化に皆が混乱。その隙をついて正騎士団が更に追撃を行う。
ヴェスタ公国軍の最後方で戦況を見ていたゲルチがつぶやく。
「あ~あ、やっぱり出て来ちゃったわ、イケメン団長~。遠くてお顔が良く見えないけど、やだぁ体が火照っちゃう~」
ゲルチがそのマッチョな体をくねらせて甘い吐息と共に言う。隣にいるヴァーナは不気味な笑みを浮かべてつぶやく。
「お前もこの魔法で焼け焦がしてやろうか~?? 全軍、後退よぉ!!!」
合図と同時にヴェスタ公国軍が一斉に後ろへと下がっていく。それを確認してからヴァーナは手にした赤いストールを踊るように振り、そして叫んだ。
「燃えろ燃えろぉおお!! ヒャ~ハハハ!!!
突如正騎士団の頭上に現れた赤き雲。地を揺るがす雷鳴と共に辺り一帯に『業火の雷』が無差別に落とされる。
ドン!! ドドドオオオオオオン!!!!
「ぐわあああっ!!!!」
それは最大限に張って置いた魔法障壁を打ち破り、直接兵士達への頭上へ落される。ラフェル王国自慢の白銀の鎧すら意味を成さないヴァーナの業火魔法。既に限界だった隊長ガードが倒れ動かなくなる。
「ガード、お前達は下がってろ!!!」
それに気付いたエルクが大声で叫ぶ。
「だ、団長……、申し訳ございません……」
ガードが部下に支えられながら後退していく。比較的元気だったエルク部隊も突撃とヴァーナの業火魔法でその半数が脱落。圧倒的な攻撃力で突き進むエルク以外これ以上の戦闘はもう不可能であった。
赤のストールで狂ったように舞っていたヴァーナが、遠方でひとり輝きを放ちながら駆ける騎士を見て涎を垂らしながら言う。
「あぁ、何だか変なヤツがいるね~、いいよいいよ~、破壊よぉ、破壊。ぜ~んぶ破壊しちゃう~???」
黙って戦況を見つめていたゲルチが青い顔をしてヴァーナを見つめる。ヴァーナは手にしたストールを天に掲げ数回くるくると回しながら叫ぶ。
「燃えちゃえ、燃えちゃえ~!! 燃えて消えよぉ!!
「ちょ、ちょっとぉ、ヴァーナちゃ~ん!!??」
副官ゲルチ。長く連れ添った彼ですら驚く業火魔法。だがヴァーナは狂ったようにくるくると腕を回し踊り始める。
ゴゴゴゴゴゴ……
(な、なんだ!? この感じ……)
ひとり無双していたエルクは辺りの急な変化を感じ剣を止める。世界を揺るがすような音。まだ遠くから聞こえるがエルクの本能が危険だと告げている。
「あれは……」
そんなエルクの目に空の雲が赤く染まりつつあるのが映る。そして顔を出す巨大な隕石。真っ赤に燃え滾り、轟音を立てながらこちらに向かって来る。
「撤退っ!! すぐに退けえーーーーーーっ!!!!!」
エルクはありったけの声で叫んだ。
想像以上の魔法。あのクラスの攻撃を受けたら壊滅は免れない。頭上に滾る地獄のような隕石を見た正騎士団が悲鳴を上げながら逃げていく。ただエルクひとりは冷静にそれを見ていた。
(私が何とかしなければ皆が危ない。こんな所で全滅などできぬっ!!!)
エルクは体に残っていた力全てを出し叫ぶ。
「
それは頭上に輝く分厚い光の壁。エルクの持てるすべての力を出して張った魔法障壁。騎士団員が退却するのを横目で見ながらエルクが思う。
(これで防げるとは思えん。だが少しでも時間を稼げれば……)
ヴァーナの地獄の隕石に、エルクの光の壁が轟音を立てて衝突する。
「よし、じゃあ行くか」
「おうっ!!」
ヴェルリット家の屋敷前、これから出陣するレフォード率いる部隊一行は気合と共にそれに答えた。
現頭領レフォードを筆頭に無理やりついて行くミタリア、正騎士団魔法隊長レーア、副頭領ガイル、元三風牙ライドも強い希望で隊に加わっている。セバスは領の守備。それをジェイクがフォローする。
「みなさん、どうかお気をつけて」
真っ黒な執事服に身を包んだセバスが頭を下げ皆を見送る。
「ミタリア様、どうかご無事で」
すっかり領主ファンになってしまったジェイクも心配そうな顔でそれを見送る。ミタリアが手を振り笑顔で言う。
「皆行ってくるね~!! 私、幸せになるから!!」
緊張した皆の顔が少し笑みになる。『業火の魔女』との対決の前に硬かった空気が和らぐ。ガイルが思う。
(これがミタリアの力だよな~、マジで一瞬で空気を変える)
『慈愛のミタリア』、彼女はいるだけで皆の心を文字通り癒してくれる。ある意味彼女が領主になって正解かもしれない。
正騎士団加加勢隊はレフォードを先頭に一路ヴェスタ公国と争っている国境へと向かった。時間にして半日ほどかかる距離。『業火の魔女』相手に大苦戦が心配されるレフォード達は精鋭部隊を率い皆馬で先を急ぐ。
「止まれっ!!」
先頭を走っていたレフォードが急に馬を止める。後続の兵達も驚きながらも急ぎ停止。後ろを走っていたガイルが尋ねる。
「レフォ兄、どうしたんだ!? 馬は急には止まれねえぞ」
そう言ったガイルの目にレフォードの少し先に現れた男達の一団の姿が映る。ガイルが言う。
「レフォ兄、あれ……」
すぐに分かる素人ではない雰囲気。何者なのか、敵意があるのかもまだ分からない。レフォードが馬を降り皆に言う。
「俺が話してくる。ここで待ってろ」
馬から降りたレフォードを見た男のひとりがこちらに歩いて来る。
「お兄ちゃん……」
心配そうに見つめるミタリアをよそにレフォードがその男と向き合った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォ………
ヴァーナが放った地獄の業火魔法『
「あのヴァーナちゃんの
戦況を見ていたゲルチが興奮気味に言う。ヴァーナは赤いストールを手に狂ったように舞っていたが、急に足元がふらつき始める。
「ヴァーナちゃん!? ヴァーナちゃん!!」
すぐにゲルチが駆け付ける。力が抜けたヴァーナを見てゲルチが言う。
「あら、魔力切れね。そりゃそうだわよね~」
ゲルチは天から降って来た赤く燃える巨大な隕石を見て思った。
バキバキバキ……、バリン!!!!
暫くぶつかり合っていた隕石と光の壁。
しかしついにエルクの魔法障壁が持ち堪えられずに大きな音を立てて粉砕される。
(くっ、ここまでなのか……)
エルクは頭上から迫って来る地獄のような隕石を見つめながら思う。魔法攻撃に対しては原則魔法で対処するのがセオリー。だが正騎士団やエルクの全力を持って作り上げた
「みんなは避難できたか……」
横目で部隊の避難を確認。兜を脱ぎ、それを投げ捨てたエルクが叫ぶ。
「さあ来い。私は誉れ高きラフェル王国の正騎士団長エルク・バーニング!! 私が全てを受けてやろう!!!」
そう言って持っていた聖剣を構える。
(みんな、ごめん……)
エルクが目を閉じる。迫りくる隕石。轟音が目の前まで迫る。
「はああああああっ!!!!」
ガガガーーーーーーン!!!!
(え?)
目を開けたエルクはその光景に驚いた。
どこからともなく現れたひとりの男が、目の前に立って迫りくる隕石を素手で破壊した。
爆音と共に砕け散る業火の隕石。信じられない光景に固まるエルクの前にやってきた男が拳を振り上げて言う。
「バカ、全部ひとりで背負うなって言っただろ」
ガン!!
そして振り下ろされる懐かしいげんこつ。隕石が砕け散り、暗かった男の顔がはっきりと見える。
「兄さん、レフォード兄さん……」
震える体。流れ落ちる涙。
レフォードがエルクの頭を撫でながら言う。
「お前は本当に変わらねえ馬鹿だな。無茶しやがって」
そしてゆっくりと優しく抱きしめる。
「でもよく頑張った。さすがは俺の弟」
「兄さん、兄さん……」
そこに居た騎士団達が呆然とその初めて景色を見つめる。
強く揺ぎ無かった騎士団長が、膝をつき体を震わせて涙する姿を。
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