21.「ほらね、私の心配は当たるんだから!」

「やっと着いたな、レフォ兄」


「ああ」


 レフォードとガイルが王都に向かって馬を走らせ半日、ようやく先週見た城壁が目に入る。ふたりは領主ミタリアから渡された通行証を提示、王都内に入り馬を『馬預かり』に預け歩き出す。



「なあ、レフォ兄。騎士団長ってちゃんと会ってくれるかな?」


 歩きながら不安と期待が交わるガイル。少し前まで蛮族をやっていた彼。正騎士団になればある意味大出世である。


「さあな。でも絶対に会わなきゃいけない」


 レフォードの中でくすぶるエルクの面影。実際に騎士団長に会ってその真偽を確かめたい。

 賑わう王都の街を歩き、ふたりの前に巨大なラフェル王城が姿を現す。威圧ある建物。それは気のせいかふたりを拒んでいる様にも見えた。




「ヴェルリット家当主の代理で来た。騎士団長に面会を願う」


 城内に入り正騎士団受付でレフォードが手にしたミタリアの書面を見せながら言った。受付の男性は先週とは別の人物。レフォードから受け取った書面をまじまじと見、そして尋ねる。


「お約束はされている、ようですね……」


 そう言いながら受付の男はレフォードとガイルの姿をじっと見つめる。ラフな服装、とても貴族には見えない。レフォードが答える。



「ああ、先週やって来て面会の約束をした。騎士団長はいるのか?」


 ぞんざいな言葉遣いにむっとした受付の男が尋ねる。


「その前にどのような用件なのかお聞かせください」


 レフォードが答える。



「実はヴェルリット家で今を預かっている。もう今後悪いことはしないし、騎士団長に謝罪して許しを請うのと同時に、可能ならば正騎士団に加えて貰いたいと思っている」


「……」


 受付の男が固まる。



(なにを、言ってるんだ……? こいつらは……)


 全く話の意味が分からない。

 ヴェルリット家が蛮族を囲う理由も分からないし、蛮族が騎士団長に謝罪する意味も理解できない。それ以上にどうやったら蛮族が誇り高き正騎士団に入るなどと言う妄想を口にできるのか。受付の男が改めて尋ねる。



「ええっと、まずヴェルリット家は本当に今蛮族を囲っているのですか?」


「ああ、ヴェルリット家の兵として領内の治安維持に活躍して貰っている」


 受付の男の眉間に皺が寄る。そして尋ねる。



「ちょっと話が信じられませんね。ヴェルリット家と言えば地方領主とは言えラフェル王国を支えてきた家。なぜそれが蛮族なんかと手を組むのですか? 討伐することはあれど、そんな奴らと一緒に戦うなど普通考えられませんが」


 男の話は尤もだった。

 領民の安寧を乱す蛮族はどう足掻いても敵。味方になることなどあり得ないし、信頼などできない。拘束次第、有無を言わさずに処刑が共通認識だ。ガイルがむっとして言う。



「だから、は改心したんだ! ちゃんと国の為に働こうと思っているし、もう悪さはしない。そう思ったからこうして謝りに来たんだろ!」


 ガイルの言葉に男が反応する。



「あなた、まさかその蛮族……??」


 驚く男にガイルが答える。


「ああそうだ。元頭領だ」


 そう答えるガイルの目は十分に男を震え上がらせるものであった。男が言う。



「ヴェルリット家は本当に蛮族とつるんでいるのか??」


「つるむ? だからそうじゃなくて改心して今はラフェル王国の兵として戦ってるんだよ!!」


 ガイルの口調が強くなる。それをレフォードがなだめてから言う。



「まあそう言うことで騎士団長に会って何とか善処をお願いしたい。面会は可能か?」


 男は小さく頷くとふたりに答える。



「分かりました。ここでしばらくお待ちを」


 そう言って男は足早に奥の部屋へと消えていく。レフォードが言う。



「ガイル、あまり感情的になるな。気持ちは分かるが落ち着いて話せ」


 ガイルが不満そうな顔で言う。


「分かってるよ。分かってるけどこう俺達を馬鹿にしたような言い方をされると。やっぱムカつくんだよ」


 レフォードも少なからずそれは感じていた。だが感情的になれば不利になるのは明白。今は黙って相手に従うことが必要だ。レフォードがガイルと話をしていると、先ほどの受付の男が別の男を連れて来て言う。



「では彼が案内します。どうぞ」


 それは正騎士団の白銀の鎧を着た男。兜こそ被っていないがいつでも戦闘できる風体。レフォードが答える。


「分かった。さ、行くぞ」


 そう言ってガイルと共に正騎士団の男の後に続いて歩き出す。



「蛮族が……」


 受付の男はそんな彼らの背中を見ながら小さくつぶやいた。





(遠いな。一体どれだけ歩くのだ……?)


 王城内をしばらく歩いたレフォード達。その後中庭を通って別の建物へと入る。


「なあ、まだ着かないのか?」


 レフォードが鎧をガシャガシャと音を立てて歩く男に尋ねる。


「まだだ。黙って歩け」


「……」


 違和感を覚える。長い距離、代理とは言え貴族である地方領主の面会要請にこのような対応は少しおかしい。



 ギギッ、ガガガッ……


 鎧の男は建物内にある鉄の扉の鍵を開け中に入る。



(階段? 地下へ向かうのか……??)


 松明の明かりと、小さな小窓があるだけの薄暗い地下道。人気ひとけもなく静寂で、カツカツと三人の歩く音だけが耳に響く。

 やはりおかしい。騎士団長がこのような場所にいるとは到底考えられない。ガイルが小声で言う。



「レフォ兄、なんか変じゃねえか?」


「……」


 レフォードはそれに何度か頷いて答える。そして男に尋ねる。


「なあ、本当にこんな所に騎士団長が居るのか? とてもそうには思えんが……」


 それを聞いた鎧の男の足が止まる。少し広い空間。ゆっくりと振り向いて答える。



「居るはずないだろう。騎士団長がこのような場所に」



「!!」


 レフォードとガイルが驚きの表情になる。ガイルが叫ぶ。



「どういうことだよ!!」


 男は腰に付けた剣をゆっくり抜き、そして答える。



「ヴェルリット家がなぜ蛮族などを囲うのか理由は分からんが、どちらにしろお前達はここで処刑される」


「なっ!?」


 同時に周囲のドアが開かれ、同じく白銀の鎧を着た男達が数名現れる。レフォードが言う。



「蛮族は問答無用に処刑って訳か?」


 男が答える。


「当然だ。国を蝕む害虫。我々騎士団が根絶やしにしなければならない」



「なんだとっ!!!!」


 ガイルが怒気を含んだ声で叫ぶ。その蛮族の頭を務めていた彼にとっては聞き捨てならない言葉。レフォードが言う。



「騎士団長に会わせてくれ。きちんと話がしたい。お願いだ!」


 男は笑いながら答える。



「馬鹿なのか、お前? 騎士団長が貴族以外の平民と会う訳ないだろう? ましてや蛮族など。少し考えれば子供でも分かること」


「くっ……」


 レフォードがこぶしをぎゅっと握りしめる。自分の考えが甘かったのか。国を思う者同士、きちんと話せば善処してくれると思った自分の判断が間違っていたのか。男が言う。



「ヴェルリット家には後ほど使者が行く。本当に蛮族を囲っているのであれば、厳しく処罰されるだろう。ふっ、田舎領主め。本当に馬鹿な奴らだ」



「お前っ!!!!」


 ガイルがブチ切れる寸前である。レフォードがその肩に手を置く。ガイルが言う。



「レフォ兄っ!! 俺は許せねえぜ。何と言われようがこいつらを……」


「ガイル」


 そう小さく言ったレフォードの目を見てガイルが黙り込む。



(あ、これやべえやつだ……)


 そう感じたガイルの肩を数回軽く叩くと、レフォードが男に言う。



「俺の妹に何かしてみろ。ただじゃ済まねえぞっ!!!!!」



(!!)


 その場にいた全員が一瞬その怒気に体がすくむ。男が剣を握り直して言う。



「な、何を言っている、蛮族の分際で!! 正騎士団に敵うと思っているのか!!!!」


 周りの騎士団達も武器を構えて戦闘態勢に入る。ガイルがレフォードに言う。



「レフォ兄、見せてやろうぜ。『鷹の風』頭領と、頭領の力」


「ああ、そうするか」


 刃を向ける正騎士団を前に、レフォードとガイルの初めての共闘が開始される。

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