13.美味しいパン
蛮族の本拠地、周りを岩壁と川で囲まれた山中の天然の要塞。今日は新たな戦闘員の加入とあって朝から皆がそわそわした雰囲気に包まれている。
「今日はご馳走だよな??」
「ええ、たくさん作ってますよ!」
戦闘員が今日の為に一生懸調理する料理人に尋ねる。
食べることが大好きなガイルは、このような大切な日には戦闘員皆に豪華な料理を振舞う。普段は質素な食事しか食べられない戦闘員も今日ばかりは食事を心待ちにしている。
拠点に向かって歩いていたレフォードに案内役の男が説明する。
「今日はお前ら新人の歓迎会だ。頭領のガイル様にナンバー2のジェイク様、それから幹部である
「ああ、分かった」
レフォード自身気付いていないが紹介された幹部五名のうち、既にレンレン以外の四名と会っている。
「誰の下に付くか知らねえが、一生懸命頑張れよ」
「ありがとう」
レフォードは軽く返事をして拠点へと向かう。
「さあ、着いたぞ」
それはまさに山中にある極秘の砦。
一見しただけではここに何かあるか分からないぐらい見事に隠されている。見張りの警備も厳しく、近付いただけで身に刺さるような視線を感じる。さすがここ最近世間を賑わしている蛮族だ。
「よく来てくれた。心から感謝する」
内部は外見からは分からないほど強固な建物が建造されていた。すべて木製だが幾つも部屋があり活気に溢れている。さながら小さな村のようだ。
レフォード達新入りはその中でのひと際大きな部屋に集められた。そこに現れた筋肉隆々の巨躯、髪を三つ編みにした
「今日は皆の歓迎会だ。素晴らしい料理が振舞われる予定。是非楽しんでいって欲しい」
レフォードの他に集められた数名、皆一見して強者だと分かる者ばかりだ。他の武闘大会で勝利した者、流れの孤高の戦士、名だたる傭兵など皆スカウトされてここに集まっている。ジェイクが言う。
「実力次第で富も食事も、そして女も選び放題だ。ああ、今回は女性もいたね。無論、男も選び放題ですよ」
皆の視線がこれまた屈強そうな女戦士に集まる。
「ジェイク様、準備ができました」
そこへ係りの者が現れてジェイクに告げる。
「ではみなさん、参りましょうか」
その声に応じて皆が一斉に立ち上がった。
歓迎式の会場は広い屋外の広場で行われた。
石畳の床に、空は木々に溢れ太陽の日差しが心地良い。目を閉じれば小鳥や小動物の鳴き声が耳に響く。会場には大きなテーブルに豪華な食事が山盛りに盛られ、後方には一般戦闘員が集まりその開始を待っている。
レフォード達は会場前方のテーブルに案内され座っている。そんな彼らに明るい少年の声が響いた。
「あー、おっさん、来た来た!!」
緊張が抜けるような明るい声。レフォードが振り向くとそこには松葉杖をついたライドの姿があった。魔族から受けた足の傷がまだ癒えない。ただその顔は笑顔で一杯であった。
「よお、足は大丈夫か?」
グレーのフード付きコートを着た金髪のレフォードが尋ねる。風体は武闘大会の時と全く同じ。ライドがレフォードに近付いて言う。
「うん、もう平気だよ! 仕事はまだできないけど全然大丈夫。それよりおっさん、ありがとう! 助けてくれて」
ライドはようやく言えた感謝の言葉に嬉しくなる。
「気にすんな。言ったろ? ガキのお守は俺の仕事だって」
「ガキだけど僕、一応ここの幹部なんだぜ。三風牙って言うんだ。ねえ、おっさん。僕と一緒に仕事しようよ!」
レフォードはそう言って笑う少年を見てようやくあの強さが理解できた。まだ幼いが幹部と言うならば納得も行く。年齢にとらわれない実力主義の集団というのは本当ようだ。
「おい、あの新人。ライドさんとあんなに親しげに話しているぞ」
「なんなんだ、あいつ?? いきなり幹部から勧誘受けているとかあり得んだろ??」
そんなレフォードの下にジェイクもやって来る。
「レフォルドさん、いや、今日からは我々の仲間だ。レフォルド、よろしく頼みますよ」
「ああ、こちらこそ」
一見荒っぽく見えるジェイクだが、実は中々の紳士。落ち着いた物腰で相手に圧力を掛けない。ライドが手を振って言う。
「じゃあ、おっさん。僕、あっちに座ってるね!」
ライドはそう言って幹部席のある方を指差してから歩き出す。
(あれは……)
レフォードはその指刺された幹部席に座る男を見て思い出す。
(あれはだいぶ前に街でやりあった男じゃねえか)
ミタリアと泊った街で、偶然蛮族の商家襲撃に遭遇したレフォード。駆け付けた彼によって蹴散らされたが、幹部席に座るのはその際に対戦したリーダー格の男であった。
(通りで手際が良かった訳だ。まさか幹部だったとはな)
レフォードが苦笑する。
「皆さん、ご静粛に。それでは新たな我らの仲間の歓迎会を始めます」
三風牙が座り、皆の前に立ったジェイクが大きな声で話始める。
「現在我らは飛ぶ鳥の勢いで勢力を拡大しています。あの正騎士団にすら一目を置かれる存在。頭領ガイル様のご指導によって素晴らしき集団となりました」
そう紹介するその頭領ガイルの姿はまだない。
「ただここ最近、その正騎士団との戦いも本格化し、また正体不明の『青髪の男』なる人物も現れています」
ジェイクは昨晩の正騎士団歩兵隊長の襲撃で怪我を負った三風牙のフォーレとレンレンを見つめる。
(『青髪の男』? おいおい、それってまさか……)
金髪のかつらを被ったレフォード。地毛は青髪である。
「そんな諸事情もあり、今日は我ら『鷹の風』に新たな戦力としてここに居る勇敢な戦士達を迎え入れました!」
会場から起こる拍手。レフォード達新入りの数名は皆武骨な表情でそれを受ける。ジェイクが続ける。
「ではここで我らが頭領であるガイル様にご登場頂きます。ガイル様、どうぞ!!」
その声と同時に会場前方にある階段から尖った黒髪の男が登って来る。会場に溢れる拍手。そのやや小柄な黒髪の男が片手を上げながら皆の前にやって来て言う。
「よお、みんな! 楽しくやってるかい??」
「ガイル様ああ!!」
「頭領っ!!!」
歓声と拍手で会場が包まれる。ガイルは上機嫌で皆の声援に応える。
(やっぱり、ガイルじゃねえか……)
フードに金髪のかつら、マスクをして変装したレフォードはその懐かしい顔を見て感極まる。
(大きくなったな。あの腕白だった悪戯小僧が随分立派になりやがって……)
多くの人を引き連れその頂点に立つガイル。この皆からの大きな声は彼がやってきた証そのもの。レフォードは目頭が熱くなるのをぐっとこらえ考える。
(さて、どのタイミングで切り出すか。食事会の最中、いやそれとも終わった後の方がいいか……?)
今日の状況によって臨機応変に対応しようと思っていたレフォード。切り出すタイミングを計る。ガイルが手にしたグラスを持って大声で言う。
「今日は新しい仲間の歓迎会だ!! 無礼講で行こうぜ、じゃあ、乾杯っ!!!」
そう言って手にしたグラスを高々と持ち上げるガイル。それに呼応して皆もグラスを掲げる。そして賑やかな食事が始まった。皆が久し振りの豪華な食事に舌鼓を打つ。
「さてと、じゃあ新しく来てくれたみんなに、まずは感謝を示そうか」
ガイルはレフォード達新人が座るテーブルの上座に座るとにこやかな顔で言った。同じくナンバー2のジェイク、そして幹部である三風牙もその隣に座る。ガイルが言う。
「さて話はまた後でゆっくり聞くとして、まずは存分に食べてくれよ」
そう言ってテーブルに並べられた豪華な食事を指差す。
「じゃあ、遠慮なく頂くぜ」
スカウトされた新人の男がそう言って食べ始める。
「うめえ!! こりゃスゲエ」
男の顔が自然とほころぶ。他のメンバー達も次々と食べ始める。美味しい料理に緊張していた場が和み始める。ガイルも上機嫌で目の前にある料理に手を伸ばす。
「あー、ハラ減った」
ガブリ
そう言って大きな肉の塊を口にしたガイルの動きが止まる。遠くから見ていた料理人の顔が青ざめる。
「なんだこりゃ!!!!」
ガイルは突如大きな声でそう叫び、手にしていた肉を床に投げ捨てる。蛮族達からすれば見慣れた光景。ただ新しく招かれた者達は驚き顔を上げる。
「やり直しだ!! ちゃんと作って来い!!!」
ガチャン、バリンバリン!!!
そう言って今度はテーブルにあった料理を手で叩き落とす。目を背ける蛮族達。新しく来た者達は異様な光景に唖然とする。
「ん、おっさん??」
そんな中、フードを被った金髪の男がひとりすっと立ち上がる。近くに座っていたライドがその男レフォードに声を掛ける。
「おっさん、どうしたの??」
明らかに様子がおかしい。レフォードは黙ったままゆっくりと上座に座る頭領の元へと歩き出す。
「レフォルド、どうした……?」
彼に気付いたジェイクもその名を呼ぶ。
「あ? どうしたんだ、お前? 足りねえのか??」
椅子に座るガイルの真横まで来たレフォード。それに気付いたガイルがフードの男を見上げて尋ねる。そして彼の目に振り上げられた拳が映った。
「何やってんだ、お前っ!!!!」
ガン!!!!
「ぎゃっ!!!」
振り上げられたレフォードの拳が、座っていたガイルの頬に炸裂。そのままガイルが音を立てて床に叩きつけられる。唖然とする周りの者達。ジェイクが立ち上がって叫ぶ。
「き、貴様っ、何をしている!! レフォルドっ!!!!」
激しい怒気を含んだ声。ただガイルの胸元を掴んだレフォードが横目で見ながらそれを一喝する。
「躾中だ。下がってろ!!」
ドン!!! バキバキ、バリバリバリ……
同時に石畳を拳で殴りつけるレフォード。その衝撃で床に穴が開き、バリバリと音を立てて床が割れて行く。
(ううっ……)
『鷹の風』ナンバー2のジェイクは動けなかった。一喝されただけで体が金縛りにあったかのように動けない。動いたらやられる、彼の本能がそう告げていた。
「あ、あ……」
レフォードに胸元を掴まれたガイル。
その目に映るのは殴った際に金色のかつらがずれ落ち露出した青色の髪。
「食べ物を粗末にするなと言っただろ。忘れたのか!!!」
ガン!!!
「ぎゃっ!!」
そして尖った黒髪に落とされるレフォードのげんこつ。
痛い。痛い筈なのにガイルの目には涙で溢れていた。レフォードが周りに散乱した料理を拾いガイルの口へと運ぶ。
「さあ、食べろ。お前が落としたものだ。全て食べろ」
そう言って無理やりガイルの口に詰め込む。
「うぐっ、ぐぐぐっ……」
ガイルにはもう抵抗する気持ちはなかった。されるがままの状態。でもそれで良かった。
「もぐもぐもぐ……」
口に詰め込まれた料理を必死に食べるガイル。レフォードはそれを見て彼を座らせて大きく頷く。ガイルの目からは大粒の涙。震える声で言う。
「レフォ
レフォードは笑顔で被っていたフードを外し答える。
「ああ、そうだ。ガイル。大きくなったな」
「レフォ兄!!!!」
ガイルはまるで子供のような声を出しレフォードに抱き着く。
「レフォ兄、レフォ兄、会いたかったよぉ!!!!」
大声で泣くガイルの背中を何度も優しく撫でるレフォード。
「俺も会いたかった。本当に立派になったな」
「レフォ兄、俺……」
ガイルは改めて長兄レフォードを見つめる。変わらぬ兄。大きな優しさはあの当時と同じだ。レフォードが落ちていたパンを拾い、半分にちぎり差し出して言う。
「食べな」
「うん……」
ガイルはそれを受け取り口に含む。
――美味しい
ガイルの体を心地良い衝撃が走り抜ける。
先程まで何の味もなかったパン。それが今は体が溶けるほど美味く感じる。
(ああ、そうか。俺は腹が減っていたんじゃないんだ。これを、これを求めていたんだ……)
ガイルは気が付いた。
お腹が減っていたんじゃない。自分が欲しかったのは家族からの愛が込められた想い。げんこつすら愛しく感じる家族の存在。
「レフォ兄、パン、美味しいよ……」
涙を流してそうつぶやくガイルの頭をレフォードが撫でながら言う。
「ああ、そうだろ。腹いっぱい食べな」
「うん……」
床に座ったままふたりが涙を流しながら話す。三風牙のライドが松葉杖をつきながら近付いて言う。
「おっさん、あんた、一体……」
レフォードが笑顔で答える。
「言っただろ。俺の仕事はガキのお守りだって」
腕白で子供っぽいところがあったガイル。そんな彼を初めて本当に子供みたいだとそれを見ていた周りの者達は思った。
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