11.絡み合う線
「ありがとうございました。ではこれで」
ジェイクは深々と頭を下げ感謝の意を示した。
武闘大会に突如現れた魔族。多くの観客が見守る決勝で暴れた魔族のせいで大会は中止。そもそも決勝の選手であるライドが大怪我を負ってしまったため継続は不可能であった。
レフォードに助けられたライドはそのまま医務室へ。応急処置を受け、親族だと名乗るジェイクにその身を引き渡された。
「痛むか?」
「うん……」
帰還用に用意された馬に乗るライド。止血はされたがその顔は暗い。ジェイクが言う。
「色々あったが収穫のある大会だった」
手綱を引き歩きながらジェイクが言う。
「おっさんに、ちゃんとお礼を言いたかった」
意識を失ったライド。レフォードによって医務室に運ばれたのだが、気が付いた時には彼の姿はもうなかった。ジェイクが言う。
「悪いがあれ以上の滞在はできぬ」
ふたりとも蛮族『鷹の風』の幹部。今回の出来事で騎士団や治安部隊が介入してくることは間違いない。あれ以上あそこに残っていれば自分達の正体が知られるのは時間の問題だ。
「分かってるよ。でも、僕、命を助けられたんだ……」
未だ鮮明に記憶されている魔族の攻撃。
死をも覚悟したあの時。金髪の男が助けてくれなければ確実に殺されていた。自分は強いと自惚れていたライド。あのような非常事態にも全く動揺することなく対処した彼にすっかり魅了されてしまっていた。ジェイクが言う。
「心配するな。合格だ」
「え、それって??」
ジェイクが歩きながら答える。
「あれほどの強者。身元も調べて問題なかったからうちに迎えることにした。実際どうだ? お前とやり合っていたら勝てたか?」
ライドが首を振って答える。
「負けたよ。あのおっさん、なんここう根本が違うって言うかさ。あの魔族相手に多分まだ本気じゃなかったし」
「なるほど」
間近で見ていたライドの言葉は重い。
(私やガイル様より強い? まあ、それは考え過ぎか……)
ジェイクは馬を引きながら新たに勧誘した金髪の戦士について再び考えた。
「お兄ちゃん!!」
武闘大会運営室で委員会の者と話をしていたレフォードの元にミタリアが駆け寄って言った。運営委員の男がミタリアを見て驚く。
「こ、これは領主様!? なぜここに??」
ミタリアが来ていることを全く知らされていなかった男が驚く。
「うん、ちょっと用事があって。この人、私のお兄ちゃんなの」
「お兄ちゃん??」
運営委員の男が驚きの目でレフォードを見つめる。
「ミタリア、もういいから行くぞ」
「え? あ、うん! 分かったよ」
ミタリアにとって大好きな兄が無事ならそれでいい。怪我もないようで安心だ。立ち上がったレフォードに運営委員の男が言う。
「あ、レフォルドさん。お待ちください。これを」
そう言って小袋を手渡す。
「これは……?」
ずっしりと重い袋。運営委員の男が言う。
「大会は中止となってしまいましたが、あのアクシデントで観客に怪我人ひとりも出さなかったレフォルドさんにうちから報奨金が出ることになりました」
ずっしりと重い小袋。金貨が入っているようだ。
「いいのか?」
「ええ、どうぞ」
運営としてはしっかりと決勝まで行い収益は上がっている。優勝者の賞金は元々渡すものなので、そこから幾らかをレフォードに渡したところで問題ない。逆に怪我人を出さなかった彼には心から感謝している。
「分かった。これは有り難く受け取ろう」
この大会の為にミタリアから貰った給金をすべて使ってしまっていたレフォードにとっても嬉しい話。妹のすねを齧らなくて済むなら兄のメンツも保てる。
「それにしてもついにここらにも魔族が出る様になったんですね。多分この件でこの後騎士団や治安部隊から連絡があると思うので、その時はどうぞよろしくお願いします」
「ああ、分かった」
レフォードはそう答えるとミタリアと一緒に部屋を出た。
「さーて、じゃあ帰るか」
トラブルもあったが怪我もなく終えたことをひとまず安心するレフォード。武闘場外に出て馬に乗ったミタリアが言う。
「魔族はびっくりしたね……」
自領で起きた魔族の襲撃事件にミタリアが暗い顔をしている。
「ああ、まあでもいずれはこっちにも来るんだろ?」
「うん、そうだね……」
レフォードにとっては魔族などどうでもいい。弟妹達のことの方がはるかに重要である。ミタリアが尋ねる。
「ねえ、お兄ちゃん。それであっちの方はどうだったの?」
少し人通りが少ない場所までやって来てからミタリアが尋ねた。レフォードが小声で答える。
「ああ、問題ない。向こうから声かけて来たよ」
「本当に?」
「本当だ」
怪我を負ったライドを連れて医務室にやって来たレフォード。ベッドの上で応急処置を受けるライドを見ていた彼に、ひとりの大男が声をかけて来たことを思い出す。
「レフォルドさん」
振り返ったレフォードがその男を見つめる。
「あんたは?」
「そこにいるライドの親族でジェイクと申します。この度は助けて頂きありがとうございました」
深く頭を下げるジェイクを見てレフォードが言う。
「いや、すまねえ。怪我、させちまった」
レフォード自身、魔族の急襲に対処できなかった。それほど魔族の初撃は速かった。ジェイクが首を振って言う。
「そんなことはありません。命が助かっただけでもありがたいと思っています」
実際、ジェイクも一瞬だがライドの死を覚悟した。それほど魔族の攻撃は的確で圧倒的なものであった。
「そう言って貰えると助かる」
そう答える金髪の戦士にジェイクが小声で言う。
「失礼ですが今大会の出場目的は、やはり賞金でしょうか」
来た、レフォードは思った。
「ああ、その通りだ」
ジェイクは笑顔になって言う。
「ではもっと稼げるお話をしてもよろしいでしょうか?」
「もっと稼げる?」
わざと身を乗り出して興味があるように見せる。
「ええ。我々の仲間になって欲しいのです」
「仲間? あんた達は一体……??」
冷静なレフォードだが、額に汗が流れる。ジェイクが笑顔で言った。
「義賊『鷹の風』と申します」
黙って話を聞くレフォードに、ジェイクは後日会う約束を取りつけた。
「凄いじゃん、凄いじゃん、お兄ちゃん!! いよいよ潜入調査だね!!」
大きな声ではしゃぐミタリアにレフォードが人差し指を口に当てて言う。
「こら、そんなに大きな声で騒ぐんじゃない!!」
「ごめ~ん!!」
ミタリアは小さく舌を出して謝る。そして尋ねる。
「でもさあ、彼らって自分達のことを義賊って言ってたんでしょ?」
レフォードも気になっていたその表現。蛮族ではなく義賊。
「ああ、奴らには奴らなりに何か正義があるのかもしれんな」
「正義ねえ。でも人の物を盗んだり奪ったりするのはダメでしょ?」
「もちろんだ。だからガイルだったらぶん殴る」
「そ、そうだね……」
ミタリアが苦笑する。兄弟なら皆が恐れる兄レフォードの拳。個性的な兄弟だったが、強く決して折れない兄レフォードを皆が尊敬し、大好きだった。だからこそ恐れてもいた。レフォードの拳を。
「約束は三日後、北の森。それまではゆっくりと休みながら情報収集でもするか」
「はーい!! お兄ちゃん!!」
ふたりはゆっくりと馬を進め、ヴェルリット家へと帰還した。
「ルコ様、ルコ様……、申し訳ゴザイマセン……」
レフォードに殴られ這う這うの体で逃げて来た魔族は、魔族領にある城の中でそのまだ幼さの残る少女に頭を下げた。
「な、なんだ、その顔は!? お前ほどの者が一体どうしたんだ!!??」
その場にいた魔族達が驚く。派遣されたのは腕の立つ上位魔族。だからこそ単独の行動が認められていたし、強い人間を抹殺すると言う使命を任されていた。魔族が顔を押えながら答える。
「申し訳ゴザイマセン。ツヨイ人間がいて……」
魔族の顔は半壊し、見るも無残な姿となっていた。
「強い武器? それとも対魔用の魔法なの?」
ひとり玉座のような椅子に座っていた紫色のボブカットの幼い少女が尋ねる。
「いえ、ルコ様。恐らく素手で……」
その言葉を聞いた周りの者達が静かになる。
「素手? 何を言っているの? 私達魔族に素手でそのような怪我をさせることなど不可能よ」
ルコと呼ばれた少女が冷静に言う。魔族が答える。
「そ、そうですね。剣を持っていたけどツカワナクテ……、何かのマチガイかな。きっと魔法でも使って……」
「剣を使わなかったの? まあ、いいの。下がって。治療に専念するの」
「はっ! アリガトウゴザイマス!!」
魔族は顔を押えながら頭を下げ退出する。ルコが立ち上がって皆に言った。
「憎き人間を皆殺しにするの。全部コロスの!!!」
「御意!!!!」
魔族達は皆手を上げそれに賛同した。
「ねえ、フォーレ。新しい人達が来るのって明日だっけ?」
日も落ちたラフェル王国城下町。高い壁に守られた豪邸を前に女が男に話し掛ける。フォーレと呼ばれた顔にマスクをした男が答える。
「ああ、そうだ。話題になっている『青髪の男』とか、この騎士団に対する新戦力ってことだ」
そう言ってフォーレが目の前の豪邸を指差す。女がため息をつきながら言う。
「はあ、面倒臭い。今夜の相手ってあの正騎士団の歩兵隊長でしょ? すぐに終わって帰る訳にはいかなさそうね……」
暗い顔をする女にフォーレが言う。
「心配するな、レンレン。『鷹の風』幹部
「仕方ないか。ガイル様の喜ぶ顔が見たいからね」
レンレンと呼ばれた女が背にした槍に触れながら答える。フォーレが部下の者数名に小声で言う。
「それじゃあ、正騎士団、歩兵隊長ヴォーグ邸の襲撃を開始する。各々気を引き締めて行け!!」
「はっ!!」
ふたりの幹部を先頭に皆が走り出す。
レフォードが『鷹の風』を訪れる前夜。ラフェル王国騎士団に対する『鷹の風』の初めての襲撃が行われた。
そしてそれはこの後、レフォードやガイル達兄弟にとっても大きな意味を持つものとなっていくことになる。
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