10.招かざる者
(お兄ちゃん、カッコいい……、ミタリア、しびれちゃう……)
武闘場の最前列で観戦していたミタリアは、兄レフォードの見事な勝利に酔いしれていた。大好きな兄。その彼が皆の歓声を受けて舞台に立つその姿はミタリアの心をズンズンと突き刺した。
「ミタリア様がご観戦になるとは珍しいですね」
隣に座る街の運営委員の男が言う。仮にもミタリアはここの領主。突然やって来て観戦すると言った時には驚いたが、純粋に武芸を楽しんでいるようで安心している。ミタリアが笑顔で答える。
「ええ。私のフィアンセが出ているので」
驚いた運営委員の男が尋ね返す。
「え? ミタリア様のフィアンセですか?」
若くそして可愛らしいミタリアは、地方貴族や豪商の男達の間で話題になりつつあった。婚儀を機にヴェルリット家との統合を目論む名家も少なくない。ミタリアが答える。
「そうなの。私の大切なフィアンセ」
「だ、誰なんですか?」
恐る恐る尋ねる男。ミタリアが笑顔で答える。
「えーっとね、一番強い人!!」
「は、はあ……」
あまりにも抽象的な回答に男は顔が引きつった。
「勝者、レフォルド選手!!!」
勝利を収めたレフォードの名前が闘技場に響く。
この日を待ちわびていた観客からは大きな歓声と声援が沸き起こる。帯刀した剣を一度も振ることもなく素手で勝ち続ける男。なるべく目立たずにと思っていたレフォードは、その豪快な勝ちっぷりによって逆に皆の印象に強く残る結果となってしまっていた。
その後も武闘大会は大いに盛り上がった。
領内外から集まった腕に自信のある戦士達。その彼らが全力でぶつかり合う戦いは、娯楽に飢えた観衆の心を鷲掴みにした。その中でも特に目立ったのがふたりの選手。
ドン!!!
「うぐぐっ……」
「勝者、レフォルド選手!!!!」
フード付きのコートを着た金髪の男。全くの無名ながらここまでその圧倒的な強さでほぼ相手を瞬殺して勝ち進んで来ている。新たなヒーローの出現に観客からも熱い声が飛び交う。
そしてもうひとりがある意味顔なじみの選手であった。
シュンシュンシュン!!!
「ぎゃっ!!」
倒れた男の前にその小柄な少年が仁王立ちする。
「勝者、ライド選手!!!」
『鷹の風』幹部、
「あのレフォルドという男。強いですね……」
観客席から戦いの様子を見ていた『鷹の風』ナンバー2のジェイクがつぶやく。細身なのに繰り出される拳の威力は相当なもの。補助魔法をかけているのか防御耐性もかなり高い。
「剣を使わなくともこの程度の相手なら余裕ってことでしょうか。それにしてもぱっと見、強そうには見えないですね」
そう言いながらジェイクが手元にある資料に目を通す。極秘に入手した今大会の出場選手のデータだ。
(レフォルド……、孤児院出身で、ああ、この間潰されたアースコード家の元奴隷労働者か)
レフォードは可能な限り本当の履歴を運営に提出していた。下手な噓は蛮族側に直ぐバレる。レフォルドという偽名も出来るだけ本名に近いものとした。手にした資料を見ながらジェイクが思う。
(恐らくこの大会の賞金が目当てでしょう。きっと一文無しに違いない)
ジェイクは元奴隷労働者が自由となり金の為に出場していると思い込んだ。冷静に考えればおかしな点もいくつかあったのだが、それを忘れさせるほどレフォードの強さは際立っていた。
(彼ならガイル様もお喜びになるでしょう。さて、ではその強さですが、ライド相手に一体どこまで戦えるのでしょうか?)
『鷹の風』の幹部ライド。
その強さはお墨付きで出場選手の力を計るために彼も出ている。そしてジェイクが願った通り、武闘大会の決勝はレフォード対ライドとなった。
「ねえ、おっさん! おっさん、強いんだね!!」
控室で軽食をとっていたレフォードにライドが近付いて言った。
「おっさん言うな。これでもまだ若いんだぞ」
サンドイッチをかじりながらレフォードが答える。ライドがその周りをくるくる歩きながら尋ねる。
「ねえさあ、こんなに細い体なのになんでそんなに力があるの?」
「鍛えたからだ」
「鍛えたの?」
「まあ、結果的にそうなったんだが」
「へえ~、次僕と戦うんだけど、勝つの?」
「当たり前だ。ガキに負けるほど落ちぶれちゃいねえ」
そう答えるレフォードにライドがくすくす笑いながら言う。
「じゃあ、たーくさんの大人が『落ちぶれちゃった』んだね!」
「ああ、そうだな」
ライドがレフォードの前の椅子に座って言う。
「おっさん、面白いね!」
「おっさんじゃねえって。あ、これ食うか?」
レフォードはテーブルにあったサンドイッチを手に取りライドに差し出す。
「えー、いいよ~、毒とか入っていたら困るし」
「入れる訳ねえだろ」
「僕、そんな物よりもっとずーっといいもん食べてるから」
その言葉にレフォードが反応する。
「いい家柄なのか?」
ライドが首を振って答える。
「ううん。えーっとあまり言えないけど、強くなったら美味しいものが食べられるんだ」
「よく意味が分からんな」
「おっさんも来る?」
その瞬間だけライドの目が真剣になる。
「いいぜ、行ってやる」
「あはははっ!! やっぱりおっさん、面白いや!!!」
ライドはそう言うとぴょんと椅子から立ち上がりレフォードに言う。
「決勝はマジでやるからね~、おっさんも頑張りなよ!!」
「ああ、ガキのお
「うん、じゃあ、また後でね!!」
そう言ってライドは手を振って立ち去る。レフォードも幼いのに底なしの強さを誇るライドと言う少年を見て学ぶべきことが多いと思えた。
「それではいよいよ決勝です!! レフォルド選手、ライド選手、どーーーぞ!!!!」
司会役の男の大きな声が武闘場に響く。同時に沸き起こる割れんばかりの歓声。当然ながら今日一番の盛り上がりを見せる。
「お兄ちゃん、頑張れ!! 愛してるぅ~!!」
最前列で応援するミタリア。
(さて、ライドとどこまで渡り合えるのでしょうか)
観客席で静かに見守る『鷹の風』ナンバー2のジェイク。そして別の観客席からは殺気を伴った強い視線をふたりに送る不気味な男。
「おっさん、よろしくね!」
舞台上で向かい合ったレフォードとライド。ライドが可愛らしい笑顔で言う。
「だからおっさん言うな。まだ若いって言ってるだろ」
「えー、でも僕から見ればおっさんだよ」
「……んん、まあ、そうかもれんな」
「きゃははっ!! やっぱおっさん面白いや!!」
レフォードが頭を掻きながら答える。
「やれやれ、ガキの相手は大変だ……」
「ねえ、その剣は抜かないの?」
ライドがレフォードの腰についた剣を指差して言う。
「あ、ああ、その、これはまあ、後で使うんだ……」
まさか剣の心得がないとは言えない。ただの飾りと化した剣だが、対戦する相手には抜刀もしないことが彼の強い自信に映る。ライドが言う。
「へえ~、おっさん、余裕だね」
レフォードも構えて答える。
「いいから早くやるぞ。ガキのお守りは大概にしたいからな」
「ガキだけど、結構強いよ」
「始めっ!!!!」
対峙したふたり。冗談のような会話をする中、試合開始の声が響く。
「ギュワアアアアアアア!!!!」
自慢の俊足で先手必勝と攻撃しようとしたライド。そんな彼を含めた皆の耳に、突如観客席からこの世のものとは思えない悍ましい声が響く。ライドが驚き、振り向いて言う。
「な、なに!?」
皆が注目するその観客席。そこには真っ黒な男が立ち上がり、両手を上げ叫び声をあげている。
「あれは……!?」
離れた場所にいたジェイクがその禍々しい殺気に気付く。
「な、なんだ、お前!?」
男の周りにいた観客達が距離を取りその変貌する姿に震え始める。
「ま、魔族!?」
「魔族だ!! 逃げろ!!!!」
真っ黒な男の額から生える二本の角。爪が伸び、鋭利な刃物ように鋭くなる。背中から伸びる漆黒の翼。そして武闘場へ向かって一気に急降下する。
(ルコ様のご命令。強い人間、コロス。あのふたり強い……、最初は、弱い方!!!)
悍ましい邪気。そこに居た者、皆の体の自由が利かなくなる。
(まずヒトリ、コロス!!)
ライドは経験のない恐怖に足が震えた。
見たこともないような悍ましい姿。声。そんな得体の知れない何かが自分に向かって飛んで来る。
(動けない……、なに、あれ……)
強くてもまだ子供。想像の更に上を行く恐怖に足が震える。
ザン!!!
「ぎゃあああ!!!」
一瞬、観客席から一気に武闘場へと降りて来た魔族が、その鋭利な爪でライドに襲い掛かった。辛うじて身を反らしたライド。即死は免れたが、代わりに魔族の爪が足に突き刺さりボトボトと血が滴り落ちている。
「ライド、ライド!!!!」
観客席で見ていたジェイクが叫び声をあげる。
「くそ、どけ!!!」
突如現れた魔族に断混乱に陥る観客達。我先に逃げようとする彼らの波に巻き込まれ、ジェイクも身動きが取れない。
「カワシタ? でも次はコロス」
武闘場に降り立った魔族。漆黒に包まれたその姿はもはや恐怖以外の何物でもなかった。足を負傷し、床に座り込んだライドが震えながら言う。
「な、なんだよ。これ……」
魔族の存在は知っている。ただここラフェル王国ではそれほど彼らの被害は出ておらず、目にする機会もほとんどない。対人で暴れて来た蛮族にとってこれほど強い魔族は初めてだった。
「シネ」
魔族が大きな翼を広げ、一直線にライドに向かう。
(こ、殺される……)
まだ幼いライド。それなりの死線は乗り越えてきたが、このような絶対的な死を感じたことはなかった。震える体。一瞬だけ生を諦めた。
ガン!!!
(ナヌ!?)
魔族は急に自身の腕の自由が利かないことに気付いた。
「オ、オマエは!?」
そこにはフードを被った金髪の戦士。ガキより強いと判断した魔族が後から殺そうと思っていた男である。フードの中から魔族を睨みつけて言う。
「なんだお前は?」
ドフ!!!!
反撃しようとした魔族の顔面に突如経験したことのない圧力、激痛が走る。
「ギャグワアアアア!!!!!」
顔面を殴られた魔族が回転しながら武闘場の端まで吹き飛ばされる。魔族が攻撃されたことに気付いた観客の一部が立ち止まりそれを見つめる。
(イタイ、イタイ、イタイ!!!!! コ、コロサレル!!!!!)
簡単には死なない魔族。そんな彼が本能的に感じた死の恐怖。
バサッ!!!
無意識に翼が開いた。圧倒的な力の差を前に、魔族は無意識に逃げ始める。
(逃げろ、ニゲろ、逃げろおおお!!! ルコ様、俺、コロサレる!!!!!)
観客、ライド、そしてレフォード。
皆が飛び去って行く魔族をじっと見つめた。
「立てるか?」
レフォードが床に倒れたままのライドに手を差し出す。太ももに受けた大きな怪我。未だに血がどくどくと流れている。ライドが泣きそうな顔で言う。
「む、無理だよ。おっさん……」
そう震えながら言うライドの傍に行き、腰を下ろしてから彼を持ち上げる。
「とりあえず治療だ」
抱きかかえられたライドが痛みを堪えながら言う。
「あ、ありがとう。おっさん……」
ライドが歩きながら答える。
「気にすんな。ガキのお守りは俺の仕事だ」
「うん……」
ようやく安心したのかライドはレフォードに抱きかかえられたまますっと目を閉じ意識を失った。
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