31 服を探そう!

まさか、うら若き乙女のエマを全裸のまま放っておくこともできず、また俺の姿もほとんど獣のようだったので、エマを背負って森の中に入っていった。適当な魔獣はいないかと探していたが、ほとんどの魔獣は死に絶え、腐乱臭がしていたので、なかなか使えないと思っていたが、ある程度歩いていくと、なんと、あの猿の死体が、綺麗な形で残っていた。血抜きもされており、腐ってもいない。すっかりとこの猿の魔獣の回収を忘れていたことに、今更ながら気付いた。


俺はエマを下ろし、猿の毛皮をうまい具合に巻けるように長めに取り、エマの胸部と下部を隠すように巻いた。俺用の毛皮は残念ながら手に入らなかったので、腐った臭いさえ、気にしなければと思い、比較的状態の良い、死骸を見つけ、毛皮をはぎ取り腰に巻いた。まだ無いよりマシだろう。


エマを再びを背中に背負い草原に出た。


これが異世界か。大草原に青々とした空。どの世界にも雲はあるのだろうか、空一面に様々な形の雲が浮かんでいた。草原の先を見ると、遥か遠くに巨大な山脈が聳えていた。あまりに遠いので色はくすんでいたが、どの世界にも山があり、空があり、草があるんだな、と今更ながら実感する。


よく見ると遠くに荷車が倒れており、荷物が散らばっていた。これはチャンスと思いそこまで走っていった。荷車のところまで来ると、一旦はエマを地面に置き荷物を漁り始めた。


食料なんかも見られた。服はないかと探すと、さすが貴族の荷物。服やら靴やら、布切れもあった。あの貴族や兵士たちも、2カ月もここで待機していたんだ。何でもあるだろう、と思って更に漁っていく。


そうすると宿泊道具一式なども見つかった。服装は全部あの貴族用のものであり、着用したものもある。臭いで分かる。強烈な汗の臭いがした。


とにかく手あたり次第、服飾品を集め、水魔法で洗い全て脱水させた。


(まぁ、これはこれでマシじゃないだろうか)


そう思っていると、エマが目を覚ました。


「ん・・・」


「よう」


エマは上体を起こして、こちらに話しかけてきた。


「こ・・・ここは?」


「まぁ、天国ではないことは確かだな。地獄という線も捨て難いが」


「・・・・」


エマは俺の冗談を理解したのか理解していないのか分からないが、ぼんやりとこちらを見ていた。


「すまんすまん。冗談だ。あの兵士団を殲滅して、あの蛙エルフを殺した。エマの隷属の首輪は取れているから安心しな。そして、今、服探しをしているところだ」


「ふ・・・服探しね・・・ん???」


と、言って、エマは自分の服を見た。毛皮で自分の胸と秘部が隠れているようで、全然隠れていなかった。エマは自分の顔が真っ赤に上気していくのが分かる。


「きゃーーーーーーーーーー!!!!!!!」


とエマは、自分の胸を腕で隠した。


エマは「はぁ!はぁ!はぁ!」と息を切らしながら「服は?」と聞くので、「今、目の前の服を洗濯して、どれを着ようか思案中だ。何かアイディアはあるか?」と聞いた。


「とにかく、ノブは後ろを見ておいて。振り返ったらダメよ。私が選別してくるわ」


と言って俺を向こうに移動させ、トコトコと服の塊に走り寄っていった。


俺は、明後日の方向を見ながら、索敵をして、魔獣や人がいないかを確認した。何も引っかからないでいるので、安全は確保できている。護衛対象から護衛対象を見るな、と言われたら、どうやって護衛すればいいことやら。


ノブは、「ふっ」と鼻から息を出して、口角を上げ、世の中の不条理さを少し笑った。


「あった!これなんかいいと思うわ!男性物だけど、少し切れば私でも切れるわ」


と喜びながら、あれやこれやと物色している様子を聞いていると、やっぱり女の子はどこでも一緒だな~、と思った。


「もういいか?」と聞くと「もういいよ」と返ってきた。


振り返ると、そこには確かにエマ・ル・ガルーシュ伯爵令嬢が、そこにいた。どこから探してきたのか、スカートも履いていた。上の服は男性物だったかもしれないが、うまく着こなしている。上品さが薫る見事な着こなしだった。俺は一瞬見惚れたが、直ぐに意識を変え、俺の分は?と聞いたら「これ」と出してくれた。早速その服を着ると、ブカブカだったが、まぁ、無いよりマシだ。裾を魔力で切り落とし袖も切り、まるでポンチョでも上から羽織って、フレアパンツでも履いているんじゃないかと思われるような服装だ。まぁこの1年ほどは、毛皮生活でほぼ裸体で過ごしてきた身だ。不満はあるまい。


近くで獣の気配がしたので、俺はサッと動き魔力弾を放った。小さなウサギの体を魔力弾は貫通して絶命した。頭に2本の角が生えていた。森の中では遭遇しない生き物だな、と思い「あれを食べよう」とエマに提案した。


エマはニコッと笑ってコクっとうなづいた。俺は早速ウサギを処理していった。


火を焚きエマと俺は並んでご飯を食べた。一旦落ち着き、今後の事や今までのことを話そうと思うと、エマから切り出してきた。


「ねぇ。セバスはどうなったの?」


(答えにくいことを聞いてくるな)

とは思ったが、隠してもしょうがない。


「殺されたよ。俺が見た時には、頭が地面を転がっていたな」


「そう・・・。死体は見つかったの?」


「いや、エマの隷属の首輪を外した時の爆発で、全てが燃え尽きたか、吹き飛んでいったよ。俺も今はどこにあるかも分からない」


「そう・・・」


それから長い沈黙が続いた。「ぐすん」と鼻を鳴らす音が横から聞こえた。こんな時は、イケメンの春日なんかは、肩でも抱いて、「泣くなよ」とか「俺がついているよ」とか言うんだろうが、俺にはそんな甲斐性はない。むしろ、あいつらの生き方には反吐が出る。


結局、あのサリナ姫の言いなりになりヒト族の為に勇者をしてんだろう。俺を殺そうとしたこと。俺は一生忘れないからな。と沸々と怒りが自然と込み上げてきた。その負の感情が、エマも察したのか、


「あなたもあなたで大変よね」


「ふん・・・まぁな」


「ちょっと肩を貸してもらっていいかしら」


「・・・どうぞ」


と言い、エマは俺の肩に雪崩掛かりシクシクと涙を流していた。その内、何かが崩壊したのか大泣きに代わり「わぁーーーー!!!!」と叫びながら俺の肩の服を強く掴んできた。


「セバスーーーー!!!あぁーーーーー!!!!!セバス―――――!!!!!」


それを聞いていると俺も泣きそうになってきた。セバスの不条理の死が自分と重なった。あのセバスの死体は俺だ。自分があの個室で殺されそうになった瞬間がフラッシュバックする。俺も涙がスッと目から零れ落ちた。この不条理な世界にある不正義や矛盾に苦しむ人々の事を思った。皆弱い人たちだ。皆正義の人たちだ。皆ただ平穏を願っている人たちだ。




(セバス。お前の残した忘れ形見)




俺は肩にかかる重みを感じながら、自分の中で何かが弾けたような気がした。




(俺が背負ってやるよ)




この世界はあまりに不条理さで溢れている。死ぬべき人が生き、世界を美しくするような高貴な魂を持っている人が死んでいく。




(分かったよ)




サニ派、ムラカ派、魔族。混迷するエルフ国をどう救えるかは分からないが、一つ確かな事はある。




(魔族が悪いんだろ?)




あの蛙エルフ子爵も、本来はあんな人ではなかったのかもしれない。元々そうだったかもしれないが、この世界の被害者と言えば被害者なのかもしれない。


俺が殺したが。


戦争が起これば全てが顛倒する。人を多く殺した者が英雄となる。腐った世の中になる。




(こんないい子を残して、お前は俺なんか良く分からんガキに全てを託しやがって。本当にどうしようもないお人好しというか、どうしようもなく甘い人というか・・・この世界の俺のじいちゃん・・・だな)




泣き続けるエマに一言も発することができずにノブは空に見上げながら、エマの泣き声が木霊するのをじっと聞いていた。

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