第37話 悪夢は気紛れから

 魔物達の夜祭モンスターナイトから一週間。

 徐々に落ち着きを取り戻していく都市の夕刻、ルカとサキノは【クロユリ騎士団】本拠の客間に訪れていた。



「魔界リフリアでは『誓印』が騎士団を示していて、金銭のやり取りも魔力データで行えるの。私は左手首に刻んであるし、レラとかお腹にあるでしょ?」

「体のどこかに刻んであれば電子マネーとしても効力を発揮する騎士団印ってところか」



 二輪の花が象徴の【クロユリ騎士団】の誓印を見せながらサキノが魔界情報をルカへと説明しているのは、先日の任務の報酬受け取りのためである。



「必ずしも騎士団に所属しないといけない決まりはなくて、無所属なら【騎士団総本部】で仮誓印を受ける事で同じように都市で使えるよ。ただ今から仮誓印を受けに行くのも面倒だろうし、私がルカの分を預かっておく形でもいいかな? ルカが魔界に来て必要な時に私が支払ってもいいし、もしも騎士団に所属する事になって誓印を受けたら譲渡すればいいから」

「サキノに不都合はないのか?」

「うん。私達の基本的な生活圏は下界だから、誓印が不要だって思うのなら私が持っていればいいだけだから。必要な時は私を頼って」

「わかった。じゃあそれで頼むよ」



 艶然と微笑むサキノは一度ルカと向き合う視線を外し瞑目した。

 ずっと気になっていたことがある。聞きたかったことがある。

 再度ルカに視線を紡ぐと、サキノは歯切れ悪く言葉を排しだした。



「あの、ルカ。えと、その……話は変わるけれど、シロさんとは、そのどういう……」



 サキノの言葉を遮るようにコンコン、と扉が音を奏でる。

 慌ててサキノが返事をすると、外から燕尾服を身に纏った灰髪の麗人――【クロユリ騎士団】団長ソアラ・フリティルスが現れた。



「済まない、待たせたな。ローハート、先日は助力感謝する。お前達の協力もあって任務ミッションは無事完了した。過去を通して初めての対策だったが、都市も商人も不満はあれど非難は無いようだ。騎士団首領として改めて礼を言うぞ」



 対面に腰を下ろしたソアラに「恐れ多いです」とルカが謙遜しながら対話する光景に、サキノは新鮮さを感じた。



「ローハートの戦いぶりを少々拝見させてもらったが、変わった戦い方で見ていて爽快だったよ。固定の得物を持たず適宜判断、魔物を蹴り飛ばしながら足場を作る、もしや師がいたりするのか?」

「いえ、これと言った師は。足場に関しては最初は気にならなかったんですけど、倒していく内に邪魔だと思っての判断です。動きの中で出来る対策だったので続けてましたが不味かったでしょうか?」

「いやいや、素晴らしいよ。思いついても実行しようなどと思う者は多くは無いだろう。狙い通りにいかぬことの方が多いようだしな」

「……なんで私の方を見るんですか」



 戦場における機転と行動力をソアラは素直に称賛し、笑みをサキノへと向けた。

 一度試みた失態を絶対に見られていない筈だとサキノは平静を装うが、既知か否かソアラはふっ、と笑う。



「味方の位置や次の行動、方向感覚、迫り来る敵の数や種類、集団戦では考慮せねばならんことは無限にある。しかし戦闘と清掃を両立出来れば小隊の優位に大きく働きかける故、ローハートの行動は大したものだよ。幹部たる役目としてレラにも常々言っているのだが、奴はどうも戦闘を楽しみ過ぎる節がある……」

「そういえばレラが凄く悔しがりながら本拠飛び出していったんですけど……何かあったんですか?」

「レラの提案でちょっとした勝負をしてな。叩きのめしてやったまでだよ」

「うわぁ……それでレラあんな悔しそうに……レラでも敵わないなんて、流石団長ですね」

「以前から気になったんですけど、フリティルスさんのホルダーの武器――二丁拳銃は特殊電磁銃エネルギアオヴィスなんですか?」

「気になるのか? いいだろう、持ってみるがいい」



 ソアラは拳銃をルカへと投げ渡し、受け取ったルカは隅々までをつぶさに観察していく。

 まるで玩具のような黒と白の二丁拳銃は対を成し、白の拳銃には天使の、黒の拳銃には悪魔を象徴しているかのように銃尾に一対の翼が取り付けられている。



「それは私の専用武器の『アーエール』、端的に言えば空気銃だ。空気の密度によって威力を変えることが出来る優れ物だが、扱いがこれまた至難でな。私も慣れるまでは何度も暴発ぼうはつしたもんだよ」

「『アーエール』の本領を解放した時の団長は百発百中を誇る無類の砲術師って噂されてるんだよ。女性団員のみで【クロユリ騎士団】をステラⅡにまで引き上げた功績もあって、【軍姫】って二つ名もついてるの」

「百発百中、ね……無敵かよ……」



【軍姫】ソアラ・フリティルス。

 数多くの功績を残し、都市にも商人達にも多大な信用を得ているまさに英雄。サキノの口振りからしても相当な手練れであり、名実ともに都市で信用の厚い騎士団の団長であることは間違いない。



「全てが能力次第というわけではないさ。相性もあれば、勝負なんてやってみなければわからないからな。お前ともいつかは手合わせ願いたいものだな。いい勝負になるやもしれん」

「買い被り過ぎですよ」



 ルカはソアラへと二丁拳銃『アーエール』をそっと返し、ソアラは華麗な銃捌きガンスピンで脇のホルダーへとしまった。


 引き続き任務ミッションについての雑談を暫し交わしながら残った珈琲をルカが飲み干したところで、ソアラは「さて」と話の方向性を一つずらした。



「話は少し変わるが、任務中二人で逢引していた件についてなのだが」

「ぅぐっ!? ケホッ、コホッ! あ、逢引……!? 何のことですか団長!?」

「む? レラから二人が抜け出してキャッキャッウフフをしに行ったと報告があったのだが」

「レラは何を言っているの!? 誤魔化すって言っておいて余計に誤解を招いているじゃない!?」

「ふむ、情報が錯綜しているな。とかく、私は部下の不手際についてこれから話合わなければならん、ローハートは席を外して貰えるか?」

「はい、では報酬は予定通りサキノへお願いします。サキノ、後は頼んだぞ」

「なんで私が……」

「ローハート、これからもサキノを頼むぞ」

「はい」



 立ち上がったルカへサキノとの親密な関係性を託し、ルカは団員に連れられて客間を後にした。



「さて、サキノ」

「あの団長、それは誤解で――」

「夜明け前、ローハート以外に連れていたもう一人の獣人の娘とはいつ知り合った? どのような関係だ?」

「っ!? 見てた、んですか……」

「私が目撃に至ったのは遊撃隊として動いていた故の偶然だ。強行軍に努めるお前達の目的地が禁足地だと推測するのは容易に出来た。騎士団長としては止めるべきだっただろうが、言って止まるくらいならレラが許可していないだろう。そのことについて咎めるつもりはないが、あの少女のことは別問題だ。彼女は【夜光騎士団】のマシュロ・エメラ。現在、第一級犯罪者として都市を追われている者だ」

「え……シロ、さんが……?」

の罪でな」



 第一級犯罪者、団長殺し。

 その悪劣な単語は到底受け入れ難いもので、サキノの心臓が大きく跳ねた。



「私は下界で必要な魔力回復薬エナジーポーションを受け取るために何度か彼女と会ったことがあります……! 何かの間違いじゃ……?」

「取引場所は適した場所だったか? 身なりは? 互いの身の上は話したことがあるか?」



 ルカがココにお遣いを頼まれる以前はサキノが仲介役を担っており、サキノはマシュロと面識がある。しかし常に外套に身を包んでおり、場所は暗澹とした路地裏など。互いの身の上――名前すら話した事は無く、サキノは返答に窮すことしか出来ない。



「先程彼女をシロ、と言ったな? 偽名を使用していること、薬販を裏で行っていること、真偽の程は定かではないが火の無いところに煙は立たんだろう。だからこそお前に釘を刺しておかなければならない。彼女とは関わるな。犯行が真実ならば【暴君】がいる【夜光騎士団】の揉め事に首を突っ込むと、クロユリにも被害が及ぶ可能性がある。冷酷かもしれないが首領としてお前に頼む」

「……わかり、ました」

「以上だ。私はこれから執務室に籠って魔物達の夜祭モンスターナイトの発生原因について情報を纏めなければならない。いかんせん有力な情報がないのが山窮水尽といったところなのだがな……まぁお前はゆっくりしていくといいさ」



 前髪の編み込みを撫でながら辟易するソアラ。

 そんな騎士団団長の姿に、平地の魔物狩りと禁足地での強化種の差異に違和感を覚えたことを想起したサキノは口を開く。



「団長、お耳に入れておきたい報告があります」




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




「さて、どうするかな。サキノを待っててもいいけど、団員達との談笑とかも考えると待ってるのは得策じゃない気がするな」



 サキノへの説教、そして団員達との交流終了を待ち続け、サキノが本拠を出てきた時に気を遣わせるのも無粋だと感じたルカは一つの結論に辿り着いた。

 


「マシュロのところに顔出しにでもいくか」



 なんてことのない気紛れ。ルカはマシュロの住処がある廃工場地帯へと足を向けた。


 何度かの曲折を繰り返して廃工場地帯へと踏み込み、見覚えのある住処の扉をノックして内からの返事を待った。

 しかし返答はなく、不審感を抱いたルカは扉を引き中に踏み入る。



「マシュロいるか……?」



 しかしマシュロの住処は――マシュロの住処場所は既にもぬけの殻。



「いない……争ったような形跡も荷物もない……この工場で間違いない筈だし、引っ越しでもしたか?」



 マシュロの身の上を知る分状況を察するには大して難しいことではなかった。

 しかし引越しが正解となると移転先にまるっきり心当たりがない。



「ま、その内どこかで会えるだろ」



 楽観的に捉えるルカが踵を返して扉を正面に据えた時――外から小さな足音がルカの耳朶を撫でた。



(考え過ぎ、だったか……?)



 ルカは数瞬動きを停止、その正体がマシュロと子供達のものだと判断して外へと出た。

 しかし。



「「「あっ」」」

(情報屋の男と同じ小熊猫レスパンディアの男女――マシュロの追手か!? だとしたらこの場で怪しいのは――)



 ルカは一も二もなく翠眼を解放。なりふり構わずその場を全力で駆け出した。



「いきなり逃げ出すなんて怪しいなオイ!! 追うぞチコ!」

「はい!」

「完全に無警戒だった……! ちくしょうっ!」



 気紛れが壮大なトラブルを引き起こし、ルカの逃走劇が幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る