第30話 愚の骨頂

 死屍累々。

 オーガの軍勢を一掃したルカの腕から降りたシロは盛大に頭を下げる。



「本当にご迷惑をおかけしました……」

「全くだよ。護りながら戦えたし結果的に良かったのかもしれないけどな」

「返すお言葉もないです……それにしてもルカさんはどうしてここに……? どうしてわたくしがここにいることを知っていたんですか……?」


魔物達の夜祭モンスターナイト……いや、魔物の討伐任務ミッションで都市外にいたんだ。君がここにいることは知らなかったけど、撃ち上がった電磁砲になんだか嫌な予感がしてな……俺の能力の一つ――『視野専有』で君を見たら魔物に囲まれている最中だったんだ」

「視野専有……ですか?」

「俺の橙黄眼『視野広角』は時間軸の前後――つまり未来予知も可能なんだけど、条件さえ揃えば左右への干渉――相手の視野の専有リンクも可能なんだ。景色が開けた途端、君がオーガに囲まれてるしで焦ったよ……」

(視野専有の条件は相手の氏名フルネーム、容姿、一定数の信頼度が必要だけど……これはまだ彼女には言わない方がいいかもしれないな)



 ゼノンに何と言われようが、クゥラにどんな目で見られようが、少女の根拠のない信頼がルカの救援の手綱となった。信じる力は少女の生を再燃させるに至ったのだ。



(ルカさんを信じてもいいと心が叫んでいたのは間違ってませんでした……ですが――)

「ごめんなさい……」



 同時に抱くのは迷惑をかけたことへの謝罪と、



「どうして謝るんだ?」

「私に力がないから……私に力があれば、ルカさんのお手を煩わせてしまうこともなかったんです」



 己の非力。

 一人で解決出来る力を有していたのなら簡単に切り抜けられただろう戦場。他者の手を煩わせてしまったことに少女は悔悟を抱かずにはいられない。



「一人でこの数に対抗してたんだろ? 別に恥じることじゃない」

特殊電磁銃エネルギアオヴィスを撃ってただけです。私は小熊猫レスパンディア……夜に強化出来る種族でありながら強化すら出来ない、何も変えられない落ちこぼれなんです……」



 少女は自分に自信がない。それは生涯においての成功例が極端に少ないことを含め、種族としての異端性にある。



「……この電磁砲は全部君が撃ったんだろ? 一体全体何発撃ったんだ……?」

「え? あ、はい。夢中で覚えてませんが十発以上、ですかね……? これしか能がないもので……」



 しかしルカは少女の非力を素直に賛同することが出来なかった。



特殊電磁銃エネルギアオヴィスは誰でも使える反面、滅茶苦茶魔力持っていかれるんだけど……十発以上撃っておいて疲れてない方がおかしいことに気が付いていない?)



 特殊電磁銃は魔力の塊を放出する。特殊な事情を知っているルカは、己を卑下に扱う少女に真実を伝えようかと悩むものの。



「っ!? ルカさんごめんなさいっ!」



 早口の謝罪が告げられ、付近に落ちていた己の日傘を拾い上げたシロは、一目散に隔壁の向こう側へと身を消した。



「ちょっとルカ! いきなり単独行動なんてどうしちゃったの!?」



 入れ替わりに現れたのはルカを追駆してきたサキノだった。

 倒れ伏したオーガの数々を目の当たりにしたサキノはやや言葉を詰まらせる。



「……わざわざ大河まで渡って、ここに誰かがいたの?」

「……悪い」

「悪いじゃ何もわからないのだけれど……んん……でも勝手に一人で動かれるとこっちも困るの」

「……悪い」

「んぅ……悪いって言っていれば許されると思って……まあいっか。この状況から見るに、魔物に襲われている誰かを助けに来たってところでしょう? 話したくないのならこれ以上は聞かないよ」

 


 だんまりを決め込むルカの真意を汲み取って、サキノはそれ以上言及することはなかった。



「ここでの用事は終わった? もういいのなら迷惑かけた分取り戻すよっ」



 サキノに手を引かれ、ルカは一度背後を顧みた。

 隔壁の向こうに小さな影は見当たらず、息を潜めているだろう少女を心残りにしてルカは去っていくのだった。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±


【モノローグ⇒シロ】




「ただぃまー……」



 コラリエッタさんの護衛任務を終えて工業地帯に戻り、建付けの悪い扉の工場へと身を潜り込ませる。



(ちゃんと寝ているみたいですね)



 消灯されている住処に安堵を落とし、机に傘を立て掛けて疲労感から椅子へと腰を下ろす。



「ルカさんは本当にいい人ですね……世の中がルカさんのような人で溢れていたら、私もここまで苦しまなくても済んだのでしょうか……」



 ありもしない期待を寄せてしまう。

 たまたま付近にいたとはいえ、駆け付け、身を賭して戦場に飛び込める者がどれだけいるだろうか。



「きっと多くの人を助け、多くの感謝をされるのが当たり前の人なのでしょう。あ、お礼しそびれてしまいました……また会えるでしょうか……あれほど運命的な出会いを三度もしたんですからきっとまた……」



 会える筈――そう直感が告げてはいるものの、否定的な思考が頭を巡る。

 


「……いえ、私に関わると碌な目に遭いません……そうです、ルカさんのような善人は私なんかに関わっちゃいけないんです……私はきっと疫病神、ですから……」



 心の中で短い付き合いに礼を告げ、静寂過ぎる夜に疲労を溶かしていく。



「静か、ですね……」



 しかしあまりの静寂に違和感を覚える。



「ゼノンとクゥラの寝息すら……そんな訳、ないですよねっ!?」



 早足で奥の寝室へと向かい、逸る気持ちから少々乱暴に扉を開く。

 そんな淡い期待はもぬけの殻と化している寝室が裏切りとして物語っていた。



「いない――っ!? 気付くのが遅過ぎるでしょう!?」


 

 どこに、誰が、どうやって、どうして。

 必死に冷静であれと頭が叫びを上げるも、現実は上手く回ってくれない。



「ノート……」



 寝室の簡易机の上、かのように開かれた一冊の手記が目に飛び込み、焦燥感を抱きながら文字に視線を走らせる。



円月花パンセレーノン……? 満月の夜にしか開花しない幻の花……新薬の調合、効能は生命力の活性化……生息地の可能性は――ヒンドス樹道!? 禁足地でしょあそこは!? まさかッ!?」



 普段は薬剤が陳列されている棚を開くと、不安を掻き立てる光景――半分以上の小瓶が無くなっていた。



「円月花を取りに二人で禁足地に!? 馬鹿ッ!!」



 一も二もなく駆け出し、リビングに立て掛けてある仕込傘『アストラス』を握ろうとして――失敗した。



「……っ!?」



 傘は地に倒れ、再度掴もうとするも目に映る手は大きく震えていた。

 

 恐怖心。

 禁足地という未知に踏み込む恐怖。

 魔物の軍勢を相手取らなければならない恐怖。



「弱い私が一人で禁足地に行って助けられるの……?」



 断言できる。無理だ。

 咄嗟に頭の中に浮かぶ人物像。

 


「ルカ、さん……駄目……ルカさんに死ぬような覚悟を背負わせるなんて出来ない……っ」



 手練れの戦士達ですら生還率の低い禁足地。どれだけの聖人でも目的地が禁足地とあらば見捨てることは間違いない。

 


「それにルカさんは他の方々と動いています……仮に助けを求めたとしても私が捕まってしまっては意味が……!」



 都市のお尋ね者というレッテルがどこまでも足を引っ張っている。

 


「見捨てる訳には……でもどうすれば……」



 残された選択肢が頭を過ぎる。

 生に執着しろと、犠牲も余儀なしだと悪魔が囁いている。



『……ポンコツ』



 脳裏で再生されるクゥラの罵倒。

 身体から力が抜け落ちていく感覚。



『ポンコツパンダ』



 脳裏で再生されるゼノンの罵倒。

 身体から震えが抜け落ちていく感覚。



『『ポンコツ』』



 二人の声が重なる。

 地に落ちた傘を拾い、ぎゅっと握り締めた。



「二人とも――ありがとう」





















 扉を勢いよく開け放ち、全速力で住処を飛び出した。



愚劣ポンコツだからこそ選べる間違いみちがあります……! 愚者おたずねものだからこそ失いたくない人がいます……!)



 どこまでも愚昧で。どこまでも愚蒙で。どこまでも愚陋で。



 それでも。



(愚かならば愚かなりに、どこまでも愚直になるべきです!)



 子供達を想う気持ちだけは疎かであってはいけない。

 子供達を見捨てる愚者にだけはなってはいけない!


 二人の罵倒に背中を押され、都市外へと疾駆を始めた。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




「はっ、はっ……! 魔物の死骸が道を示してくれてます……っ」



 魔物の消滅までの時間差インターバルが付近で戦闘があったことを動かぬ証左として残している。より熱気の漂う方へ、血の匂いが濃い方へとシロは迷わず駆けていく。



「はぁっ、はぁっ、三名の小隊……二人の女性と……っ!! ルカさん!!」



 シロは腐っても小熊猫レスパンディアだ。能力に欠陥があろうとも夜目は利く。

 視界に捉えた小隊へと加速し、ようやくルカも急迫する一人のシロの存在に気が付き――。



「ルカさ――――っぁがっ」



 少女が飛んだ。

 屍となったトレントの根に足を躓き、右手に持っていた傘を振り回す先は勿論ルカの顔面。



「ぶッ!?」

「ルカっ!? それに……シロさん!?」



 傘の強襲を受けたルカはどこか既視感を感じながらシロに押し倒された。

 


「うぉぉぉ……完全にデジャヴだ……」

「ごっ、ごめんなさ――ルカさん!! 二人が……ゼノンとクゥラが家にいないんです!」



 どこまでもポンコツな少女は謝罪を口にするも、至近距離ですぐさま本題を告げ始める。



「……どういうことだ? とりあえず落ち着いて――」

「落ち着いてる場合じゃないんです! わたくしが依頼を終えて家に帰ったら既にいなくて……恐らく二人でヒンドス樹道に向かってしまって……!」

「ヒンドス樹道……禁足地に?」

「二人は家族みたいな存在なんです! 私を孤独の縁から掬い上げてくれた大切な存在なんです! 私に二人を救える力はありません……でもっ、頼れる人はいなくてっ……」



 ぎゅっとルカの服を握り、萎れた耳と俯きながら懇請する。



「ルカさん……お願いします。力を、貸してください……」



 ポタポタと涙滴が頬を伝い、上体を起こしたルカの服を湿らせた。



「ルカさんにとってメリットのない話なのはわかっています……あまりにも危険です……ですがっ、私が差し出せるものならなんでも――」

「急ぐぞ。場所が禁足地なら一刻を争うんだろ」

「――っは、はいっ! ありがとうございますッ!!」



 少女の零れ落ちる涙をルカは指で掬い上げ、頭をポンと撫でた。

 ルカの上から下り、体を引き起こした二人の元へ別の心配の声が上がる。



「ルカ……本当に行くの?」

「あぁ。この子に一生モノの心傷きずを背負わせるわけにはいかない」

「……場所は禁足地、相当危険だよ? それにクロユリの任務もあるし……」



 この場に置いて決定権を持つ【クロユリ騎士団】幹部のレラへサキノは不安そうに視線を送る。



「ん~、行ってよし!」

「自分から行くって言っておいてなんだけど、いいのか?」

「ルカ君が助けてあげたいって思う気持ちを引き止めることは出来ないよ。魔物討伐もあらかた片付いただろうし。それとサキちゃんも連れてってあげて」

「私も?」

「だってサキちゃんさっきからずっとそわそわしてるじゃん。ルカ君心配なんでしょ? 団長には適当に誤魔化しておくから行ってきなよ~」



 願ったり叶ったりなのは否定出来なかったが、レラに本心を言い当てられたとサキノは微かに羞恥を被った。どうしてこうも鋭いのだろう、と少しの悔しさを綯い交ぜにするが、否定する気にもなれず厚意に甘えることにした。



「ただし、全員生きて帰ってくるのが条件! いいね?」

「あぁ!」「うんっ!」「はいっ!」



 普段の放縦とした相は裏方へと沈み、幹部としての威厳を見せるレラは三人の生還を切に願い激励を送る。

 三人は顔を見合わせて鷹揚に首肯しながらレラとの約束を契った。


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