第6話 Piece

「サキノが走ってった近くのゲートに入ったはいいものの、まさか行き先が魔界だったなんて……これはもしかしなくても迷子というやつか?」



 雨降り頻る中、亜人族達の魔界でルカは佇んでいた。

 傘を差した亜人族達が通りを行く中、軒下でずぶ濡れのルカへ奇異の目が向く。人族には我関せずと言った様子で声をかけようとする者は皆無――と言えなくもない。



「おう、兄ちゃん、自衛用の特殊電磁銃エネルギアオヴィス買わねぇか? 安くしとくぜ?」



 いかにも怪しい黒フードを目深に被った長身の人物の接近。

 無知な人間を嗅ぎつけてきたのか、細長い銃をルカの眼前に差し出した。



「エネ……? 何?」

「魔力を銃砲に変換する武器だ。知らねぇのか?」

「知らないも何も、そもそもお金持ってないんだけど……」

「なんだ都市入りしたばかりかよ。しょうがねえ、兄ちゃんなら半額にまけてやるよ」

「いや、そういう訳じゃ……というか半額に出来るんなら最初から適正価格にしないと怪しさ倍増だぞ?」

「なぁに! 無理に取り立てなんてするつもりもねぇよ。こう見えてお兄さんは優しい――」

「おやおや~? 君はいつぞやのルカ君!」



 購入する気は一切無いが、怪しさを覚えるルカへと新たな人影。



「あなたは……サキノの騎士団の――レラさん?」

「【楽戦家トリックスター】と知り合いか……間が悪かったな。それじゃ俺はもう行くが、またどこかで会おうぜ兄ちゃん」



 知人の登場に男はからっと開き直り、小径に姿をくらませていった。

 少女レラ・アルフレインは男を見送ると、翡翠色の瞳を細めて微笑みながらルカへと歩みを寄せた。



「ダメダメ、自衛を騙って特殊電磁銃エネルギアオヴィスのレプリカを売りつけてくる悪徳業者は無視しないと」

「ありがとうございます。あの、特殊電磁銃エネルギアオヴィスって一体……?」

「あれ、知らないの? 魔力を持つ人なら誰でも手軽に扱える魔力銃だよ。本物の威力は勿論強力だし魔物の侵攻時の備えって言われてるけど、ここ最近は世界の不遇に嘆く人族をターゲットにレプリカの押し売りが多発してるみたい。本物ですら誰でも手に入れられるようになったから、喧嘩とかにも使われるっていうので問題視もされてるんだけどね~。あ、あんな風に」



 タイミングを見計らったかのように、どんよりとした雨天の中、青色の一筋の雷光が天高く突き上がっていった。



「それよりこんなところで会うなんてウチ等、運命の赤い糸で操られてるね!」

「繋がってるじゃなくて操られてるんですかっ!? 誰に操られてるんですかね……」

「うーん、全身真っ赤な女の人とか?」

「それ操られてるどころか、呪われてません!?」



 小首を傾げながら諧謔を弄する少女に、苦い顔を浮かべる。

 知り合って二度目の会話とは思えない破天荒ぶりに、ルカは全身の力が緩むのを感じた。



「ところで雨男君」

「なんで急に俺が雨男断定されたんですか?」



 ルカの顔を見てにんまりと笑うと、レラは友好的に――蠱惑的にルカの肩に腕を回す。まるでからかい甲斐のある玩具を見つけたかのように。



「レラさん、なーんて他人行儀に呼んでくれる雨男君のお名前忘れちゃったぁ~。アメオトコ・オオカミ君だったっけ~?」

「そんな奇抜な名前の人がいてたまりますか。さっき俺の事普通に呼んでましたよね!?」

「いやんっ、知らな~い。雨男君が親しみを込めてウチのことをレラたん、って呼んでくれれば、君のお名前思い出すかもしれないにゃあ~?」



 レラはあざとさを十倍に濃縮した猫なで声で目を輝かせてルカの耳元で囁く。



「呼べって言うなら呼びますけどレラたん。俺は別に構わないんですけどレラたん。俺の名前思い出してくれましたかレラたん」

「ウチの魅了が効いてないっ……!?」



 揶揄ってやろう、そんな軽い気持ちで思春期男子の戸惑う姿を期待していたレラにしてみれば、従順なルカの言動は完全な誤算。ルカは恥ずかしげも躊躇もなくレラの言葉を連呼する。



「むーっ! ルカ君の鉄仮面を羞恥で引っぺがそうとしてたのにぃー!」

「思い出してくれたようで何よりです」

「あ。むーっ! ……まいっか。サキちゃんのお友達なんだしさ、ルカ君も普通にレラって呼んでよ~。敬語も要らないしさ」



 親密度が十上昇した。

 何がしたかったのかはルカには理解出来なかったが。



「じゃあ改めてルカ君、こんなところでそんなに濡れてどしたの?」

「あー……秘境ゼロでサキノと一悶着あってな……下界に戻るつもりが気付けば魔界、ゲートを探して迷子って訳だ」

秘境ゼロでサキちゃんと一悶着ね~なるほど――え? 下界ぃ!? ルカ君下界側の人間だったの!?」

「そうだけど?」

「ってことは――ウチ、サキちゃんに余計な事言っちゃった……」

「……もしかしてこの間の騒動の別れ際に言った『サキノなら一人でも大丈夫』ってやつか?」



 サキノへ抱くレラの信頼の言葉だったのは間違いない。しかしその言葉にサキノの表情が曇った瞬間をルカは覚えている。



「そー……サキちゃんなら一人でも戦えるほどに強いから大丈夫って激励を送ったつもりなんだけど、ルカ君が異世界に関与してるのにそんな事言ったら、責任感が強いサキちゃんまた一人で背負っちゃうじゃん……うわー、やっちゃったよー!?」

「確かにサキノは一人で背負い込む癖があるな……でも他者ひとの言葉に簡単に揺れ動くような人間じゃないことも同じ騎士団なら知ってるんじゃないか?」

「でもさっ――いや、そうだね。うん、そうカモ」



 サキノも人間、多少は他者の言葉に感化されることはある。けれどサキノは確たる決意を持って目的を遂行しようとしている。

 仮にレラの発言が失言だったとしても、サキノは己の決意を正当化するためのきっかけにしているにしか過ぎないとルカは談ずる。



「ルカ君はサキちゃんの事よく知ってるね。あ~あ、なんだか少し悔しいな~」

「悔しがる要素あった?」

「二人の付き合いの長さは知らないけど、ぽっと出の男の子に唯一無二の親友を盗られた気分~」

「急に風当り強くない!?」



 落ち込んでいたと思ったらすぐに調子を取り戻すレラはウシシ、と歯を見せて笑う。



「ね、ルカ君。サキちゃんはこれまで独りで戦ってきて、ようやく現れた信頼できる仲間と自己使命の葛藤に苦しんでると思うんだ。下界の事情はよく知らないけどさ、非日常的な『秘め事』を共有するルカ君は、きっとサキちゃんが一番手放したくない人だと思う――だからお願い。サキちゃんを助けてあげて」



 一人で命を削るサキノを救ってあげて欲しいと。

 それはともすればルカの命を賭けることと同義であって、サキノのために短命を覚悟してくれと。

 ルカの答えは、出ている。



「…………」



 出てはいる。しかし人に合わせて生きてきたルカが、対極の意志を持つサキノへ救いの手を伸ばす術に見当がつかなかったのだ。


 言わば反抗、もしくは反逆。

 サキノへ対しての。自身の在り方に対しての。



「うんうん、無責任に受け入れないのはちゃんと考えてくれてる証拠だね。あ、それとついでに、サキちゃんに手帳届けてくれないかな~? 昨日騎士団に忘れて帰っちゃったみたい」



 レラは懐を漁り、桃色の手帳を取り出した。



「俺はいいんだけど、今全身ずぶ濡れだぞ?」

「確かに~じゃあ、ウチが乾かしてあげようっ! それそれ~!」

「強っ!? て、それサキノの手帳だよな!?」



 善意ではあるが、細腕をぶんぶん振り回して豪速の瞬間送風機となるレラ。

 そんなレラの持つ手帳から一枚の写真がハラリと。



「おっと」



 雨に濡れた地に触れる寸前、ルカは驚異的な反射神経で挟み取った。



「すご~い、ルカ君! やっぱりウチの眼に狂いはなかったっ。これはどんな方法を使ってもウチ等の騎士団に……あー、規約……ねぇルカ君トッチャイナヨ?」

「不穏だな……手でハサミを作らないでくれ……」

「夜道には気をつけてねっ」

「ヤル気満々でいらっしゃる!?」



 どこまで本気なのか嬉々として目を輝かせるレラ。半眼で辟易するルカは溜息をつくと、指に挟んだ写真を持ち直して窺い、レラも身を寄せ覗き込んだ。



「これ子供の頃のサキちゃん? かっわいーっ! それにすっごく綺麗なエルフの女性だね~」

「似てるな……サキノの母親か……?」

「うーん……お父さんが分からないから何とも言えないけど、人族と亜人族の親から生まれる子は亜人族の特徴を引き継ぐのが一般的。極々稀に亜人族の特徴を持たない半血種ハーフも存在するらしいんだけど、ぶっちゃけ魔界にいても都市伝説みたいなもんなんだよね~」



 サキノの外見にエルフの特徴は見当たらない。エルフの母親がいるという話も聞いたこともない。

 しかし写真に写る二人はあまりにも似過ぎていた。



(亜人族の母親、責任感、使命……サキノ……お前は一体全体、どんなことまで背負っているんだ……?)



 一つの可能性と推測にルカは堕ちていった。




± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±




 そんなルカを高所の屋上から見下ろす人物。



「秘境に関与し両世界に通ずるサキノ・アローゼに加え、新たな関係者かの。くふふ、妾をがっかりさせる男子であってくれるでないぞ?」



 一滴の雨が紅髪に弾かれ、地へと項垂れていった。

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