第5話 出来る事を試してみよう
天空図書館が水没したかのように薄青色に染まる。
「また飛ばされたか……しかしまぁ、やっぱりあの水音は転移の前触れみたいだな」
――ピチャンッ――
ココとの対話中、ルカの脳内に反響した水音はかつての転移を想起させた。その予想は的中し、ルカの任意とは関係なく再び
「というか俺の意思は全く関係ないのな……サキノも同じようにここに飛ばされたとすれば、関わるなって言われた身としては幻獣を早急に倒すか、どこかに隠れるかの二択なんだけど――」
『首を突っ込むつもりなら相応の覚悟を持たなきゃ、取り返しのつかないことになるからね』
今しがたココに警告された言葉。
今、ルカが行おうとしている戦闘行為はサキノの為とはいえ、サキノにとっては反逆行為。ならば前回のように逃避も考えるが、
「平穏の裏で何が起きてるのかを知って尚、サキノだけに負担をかけさせるわけにはいかないだろ」
ルカは早急に学園の階段を降りて街へと飛び出した。
「早速お出ましだな。バジリスクよりもデカいな……」
四足歩行の肩高四メートルに及ぶ巨牛。
禍々しく前方にうねり突き出す極太の二角と、根本には何本もの小角。山脈のように尖った背部と、四つの眼。
巨牛クジャタ。
『ンボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
ビリビリと震動する空間で、ルカの決意を撃ち砕こうと真っ先に巨牛が動いた。
その一蹴りは地を砕き、爆発的な加速力でルカとの距離を縮める。
「おっッ!?」
横へと飛び退き回避し、巨牛は微塵も速度を緩めることなく建物へと突撃した。烈々な瓦解音を放ちながら倒壊する一軒家。その後ろに続く建物全てを貫通、倒壊させながら突き進む破壊の獣。
「無茶苦茶かよ……レゴブロックじゃないんだぞ……」
荒唐無稽な破壊力。破壊するためだけに生を授かったかのような破壊獣は、紆曲しながら次々と建造物を薙ぎ倒し、再びルカへと急迫する。
「物は試しだ、色々と試させてもらうか。『創造』」
ルカはその場から駆け出し、両手に漆黒の二刀短剣を具現化した。
その瞳は紫紺。
「いつの間にか知識を刷り込まれてた違和感はあるけど能力は本物。長剣――
二刀短剣を消失させ、長剣を創造、続いて長剣を消失させ、短機関銃を創造。
「よし。複数の同時創造は出来ない『単一』の縛りはあるみたいだけど、結界、近接武器、銃と想像したものは差異なく創造可能だな」
想像に伴う創造。想像品と実物の差異を確認したルカは、背後から接近してくるクジャタへと反動を制御して短機関銃の弾丸を収束させていく。
『オォオオオオオオオオオオオンッ!』
「ぅいっ、マジか。剛毛に阻まれて全然効いてないな」
奇襲ではない突撃をひょいと躱したルカは、再び漆黒の長剣を手に創造して追走を始めた。
「実弾一発も創造の範疇で魔力が必要か……となると銃はコスパが悪過ぎる……近接武器は創造した時点で魔力の消費も抑えられるし主軸は近接になりそうだな。はあぁッッッ!!」
反転したクジャタの突進による角を左手に交わし、すれ違いざまに両手に握った黒剣を一閃する。
黒い軌跡を宙に刻みながら剛毛を切り裂き、肉に刃が食い込んだ。
が。
「うっ!?」
突進の勢いに長剣どころか両手もろとも弾かれ、振り抜くことを許されなかった。高威力に腕を取られ、後方に吹き飛ばされるルカだったが、すぐに起き上がり体勢を整える。
痺れを通り越す、腕に残る嫌な痛覚が腕全体を責め立て、ルカは安易な反撃の返報に唇を噛んだ。
「いってぇ……! 加速しきる前の突進でこの威力……っ!」
己の一撃に傷痍を被った巨牛は苦鳴も漏らさなければ堪えた様子も見られず、ただただ破壊を続けている。
ルカの攻撃は、巨牛にとって塵芥に過ぎなかったのだ。
「下界の身体能力値だったら腕も吹き飛んでるだろうな……でも身体能力が向上してるなら創造の最大の利点も充分に活かせる筈――」
猪突猛進を続けるクジャタへ、
「一撃で決めるッ!」
創造。ルカの足下から出現した民族柱『トーテムポール』はルカを高位へと運び、クジャタの直上へと飛び上がった。
『ブモッ!?』
「創造の最大利点――武器の巨大化。沈めッッッ!!」
ルカの創造の最大の特徴『規模の自由化』。
大小長短に比例して魔力の消費は増減するが、小型化や大型化、ルカの想像に伴って規模の操作が可能である。
「あぁああああああああああああああああああああッ!!」
縦一閃、特大の黒剣を振り下ろした。
『ンボァア――――――――ッッ!?』
怪物の断末魔が一瞬にして黒閃によって掻き斬られる。
勢いよく振り下ろした黒剣は地を割り、肉骨を完全に断った手応えを剣身から響かせた。
盛大な血飛沫が終幕の雨を降らせ、振り下ろした体勢で固まるルカを祝福する。
「はぁっ、はっ……何とか、なったか……」
骸と化したクジャタは徐々に色を失い粒子となって浮遊していく。
「結局極彩色の剣のトリガーはわからなかったな……創造の範疇じゃなさそ――」
「また一人で幻獣を倒すなんて凄いじゃない、ルカ?」
「っ。サキノ」
その称賛はニコニコと笑みを浮かべてはいるものの、決して心から褒め称えている声ではない。笑顔の中に隠れた悪魔のような存在は、もはや小悪魔などと可愛らしいものではなかった。
「何で、ここに、いるのかな?」
「何でと言われてもな……気付けば
ルカの言葉に嘘はない。突如として転移に巻き込まれたのであって、ルカにも説明し難い状況であるのは間違いなかった。
しかし客観的に見れば自発的に幻獣と戦ったと捉えられてもおかしくはないだろう。事実近しい行為ではあるのだが。
「関わらないでって言ったよね……?」
「あぁ、言われた。けど、サキノ――」
「素直に言うこと、聞いてくれないかな?」
まるで子供を正しい方へ導くように強引に言葉を被せ、ルカの先の言葉を許容しない。
(あぁ、これは
心を閉ざしきった者に何を言っても響かないことはルカの中で既に普通として
故にこれ以上の反論は、後退はあっても前進はありえないと。
ルカは反論も肯定も呑み込んだ。その判断はサキノにとって致命的であるとも知らずに。
「……聞いてくれないんだね」
ポツ、ポツ、と雨が降り始める。
雨の降り始めが契機だったかのように、怒りと悲しみが渾然となった表情を浮かべてサキノは声を張った。
「邪魔を、しないで……っ。私は一人で何でも出来なきゃいけない、生きていけることを証明しなくちゃいけないの……! だからお願い、ルカ? 私を困らせないで……?」
「異世界事情を知った上でサキノに全てを背負わせるなんて俺には出来ない」
「どうしてわかってくれないのっ!? だから私は――ルカの馬鹿! もう知らない!!」
「おい、サキノっ」
目尻に涙を浮かべてサキノは倒壊した建物の間隙へと走り去っていった。
『取り返しのつかないことになるよ』
ココの言葉の重みが、体にずっしりと纏わりつく。
± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±
【モノローグ⇒サキノ・アローゼ】
(どうして……どうしてどうしてどうして!?)
下界へと帰還し、乱暴な足音を立てて水溜まりを踏みつける。
普段ならば雑音で溢れる通りも、今は雨音が――耳鳴りような気持ち悪い音が頭を打っていて何も聞こえない。
(どうして……)
濡れた服も、雨が纏わりつく鬱陶しさも、今は気にならない。
雨に濡れて集まる人目も知らない。憂慮の声がかかるのも、知らない。
雨の冷気が肺を刺激する。
ズキズキと心臓が痛む。
「うぅ……」
思わず右手で胸部の衣服を痛いほど握り締めた。
他所に痛みを感じなければ押し潰されてしまいそうだったから。
(どうして、こんなにも不安なの……?)
身体を苛む様々な疼痛と感情。
柄にもなく怒鳴り散らしてしまった後悔の念。
どんな顔をして明日からルカと会えばいいのかわからない。
一人で全てを完璧にこなすと誓った筈だ。目的のために、証明のために、生きていくと心に刻み込んだ筈だ。
――時間を、生活を、大切なものを、失っても構わないと思っていた……筈だったのに。
(どうして、ルカを失うのがこんなにも怖いの……?)
意志の対立。決定的な亀裂の原因。
このままじゃ下界での関係も壊れちゃうよ……。
ルカが決して好奇心で異世界に関わっているとは思わないよ。
わかっている。
私の本心は仲間を欲しているらしい。
わかっている。
我儘、我意、我欲、身勝手、利己的、独善的、自己中心的。
全てわかっている!!
それでも私は、貫かなければならないの!
たった一人の敬愛するお母さんのために!
お母さんが正しかったことを証明するためにッ!
(そのためにルカを犠牲に?)
嫌だ。
痛い。
心臓が張り裂けそうだ。呼吸がいつの間にか乱れている。
(何かを犠牲にしなくちゃ……いけないの? 何かを犠牲にしないと、私が望むものは得られないの……?)
足元の水溜まりを見れば、波紋が相殺し合う中で水面に泣いている私が映っている。
大粒の涙を流し、悲しみと苦しみに拉がれながら。
深く、暗く、濃く、寒い深海の淵のような場所で、黒い化物に抱きしめられていた。
これが私?
なんて酷い顔なんだろう。そりゃルカも愛想尽かしちゃうよ……
「どうすればいいかわからないよ……」
両手で顔を押さえ、震える声が漏れ出てしまった。
雨音だけが響く世界。世界にたった一人だけのような孤独感に呑まれていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます