第2話 異世界共生譚(ファンタアリシア)

【モノローグ⇒ルカ・ローハート】


 人は皆嘘つきだと本で読んだことがある。

 

 考えが異なっても共感する振りをするし、愛想笑いで取り繕ったりもする。少数派、孤立を嫌がって周りに合わせる人も中には。

 でもそれは合理的かつ賢明な処世術だと思う。



(何で人々は周りに自分を合わせようとする? それが普通なのか?)



 人は皆、嘘つきだという――特に俺は。


 俺には感情がない。

 喜びも、怒りも、悲しみも、恐怖も。

 他者が笑う意味も、怒る意味も、泣く意味もわからない。



『お前、じゃないよ』



 過去に言われた事がある。



(普通って何だ? 知りたい。が何なのか。が何なのか)



 だから俺は人を観察し、社会に順応した。

 一人を苦に感じることは無かったが、他者と異なる欠陥マイナスを自覚し、疑問のために



(笑うのが普通、怒るのが普通。サキノやラヴィと一緒に居れば普通を理解出来るかもしれない。感情豊かな手本かのじょ達を大切にしていれば)



 俺はあの時から嘘で己を作ることを心に決めた。


 ――だから仮に本物の感情を理解出来るとしたら。



「もうこれ以上嘘で固めた自分で彼女達を騙したくない。終わらせる――普通の人間をのはもう」



 ――俺はどんなことをしてでも自分と彼女達ともだちの普通を守ってみせる。


 彼女達の笑顔がなければ、それは自分にとっても、彼女達にとっても普通じゃないから。





± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ± ±






『ギギャ――――』



 ドォォオオオオオオオンッッッ! 


 爆音と極彩色の光波が耳と視界を埋め尽くし、バジリスクの断末魔が掻き消された。

 光の霧が晴れ、視覚の機能を取り戻したルカの視線の先――バジリスクは跡形もなくしていた。



「良い予感はしてたけど、まさか本当に一撃で消し飛ばすなんてな。全く、普通じゃないって……」



 感情を持たないルカは驚きも見せない。

 結果が当然でありながらも求める普通から遠ざかってしまったかのような感覚に、剣が消失した右手を眺める。



「『消滅』の力、か。何かトリガーはあるみたいだけど、条件はさっぱりだな……それにさっきの結界は『創造』で――」



 そんな己の能力の推測を行っていたルカの元へスタッ、と上空から一筋の白い彗星が舞い降りた。



「大丈夫ですか?」



 聞き覚えのある玉音の声。


 腰に携えた鞘、手に持つのは心の美しさを象徴するかのような純白の刀。

 白髪の長髪は風に煽られ、純白のマントのように揺れる。

 誰よりも見知った若紫色の少女が、ここにいる筈のない少女が、ルカの目に映っていた。



「サキノ――どうしてここにっ!?」

「ふぇっ? えっ!? ルカ!? ルカが何で秘境ゼロにっ!?」



 調子が狂うほどの素っ頓狂な声を上げるサキノ・アローゼ。

 互いがここにいる理由を探り合い、サキノはルカへと詰め寄った。



「えっ? えっっ? どういうこと!? って今はそれよりも幻獣が――」

「幻獣ってバジリスクの事か? それなら倒したけど……」

「――――えーーーーーっ!? ルカが!? 一人でっ!?」

「そんな驚かなくてもよくない? 俺自身も倒せるとは思ってなかったけどさ」

「たった一人で倒しちゃってるから驚いているの! まさかルカも関係者だったなんて……」



 ルカとの遭遇も混乱に拍車をかけている上、更にルカがバジリスクを一人で倒したというものだから当然の反応だった。



「サキノ、ここは一体全体何処なんだ? 何が起こってる? サキノがいることもよく理解出来てないけど……やっぱりここは異世界ってことだよな?」

「ん、現実とは異なる世界として見れば異世界って表現に間違いはないけれど、本当の異世界は別にあるよ。ここは秘境ゼロ。簡単に言えば私達が暮らす『下界』と、そのもう一つの世界『魔界』の狭間にある空間だよ」

「秘境はよくわからないけど、下界に魔界ね……もしかしてあの言い伝え――人族と亜人族にまつわる一つの仮説『異世界共生譚ファンタアリシア』は事実なのか?」



異世界共生譚ファンタアリシア


 元々世界は人族と亜人族が同数ほどで共生し、互いの得手不得手を理解し補い合う、そんな友好的な微笑ましい日常がこの世界に存在していた。


 しかしとある戦乱時代。亜人族が戦争のために当時噂になっていた『神の力』を利用しようとし、神の逆鱗に触れた結果、世界は人族の世界と亜人族の世界の二つに分断された。



「うん、私達が住む世界とは別に亜人族達の世界はあるよ。それにしてもルカ、驚かないのね?」

「亜人族が人族と同数じゃなくて存在してることが現実味を助長してる。まぁ、世界の分断が事実なら、人族が亜人族を悪者に仕立て上げてる可能性もあるし、異世界共生譚による善悪を完全に鵜呑みには出来ないけどな」

「ルカって本当、適応性高いよね……常識外のことなのにさ。それじゃあ魔界も見てみる?」

「……あぁ。ここまで見ちまったらな」

「ん、着いてきて」



 全身の痛みを押し殺しながらルカは先導するサキノに続き、やがて多彩な光柱が立ち昇るおよそ直径二メートルほどの円型の空間を前にした。



「これは……?」

「これは妖精門メリッサニ秘境ゼロと各世界を繋ぐ転移門だね。安心して着いて来て」



 サキノは何の躊躇もなく、妖精門メリッサニの中に足を踏み入れた。

 ルカが見守る中、間を置かずサキノの身体が精彩な光膜に包まれて姿を消失させる。



「俺達の世界が下界で、分断された世界が魔界か……それにしてもサキノのあの口振り……もっと前からこんな重大な事を背負ってたのか……」



 依頼などでは収まらないサキノの背負い癖にやるせなさを一つまみ。

 ルカはサキノを追うように光立ち昇る円柱に身を捧げる。






 刹那的に夢から引き上げられるような覚醒を覚え、賑々しい声々がすぐ側で耳を打つ。

 ルカが光源を調節しながら視界を広げていくと、下界の普通とは打って変わった世界を目撃する事となった。



「これが異世界共生譚で分断されたもう一つの世界……種族割合が完全に逆転してるじゃないか」



 紫色に灯るランタンのような照明器具、歪なマークの描かれた木扉やのれん、足元に広がる幾重もの石畳。

 何よりも目に入る者の大半がエルフや獣人の亜人族。下界とは一線を画した別世界が広がっていた。

 


「下界が人族による世界だとすれば、魔界は亜人族による世界。宙に浮かぶ城、結界が張られた豪邸を見て貰えばわかるように、この世界では魔力ありきの世界なんだよ」

「魔力……バジリスクを倒した能力も魔力によるものだったのかな……?」

「恐らくね。ただ魔界で魔力が必要な理由は、この世界には魔物が相当数生息しているからだよ。それらから自衛、討伐するためには少なからず魔力を用いて戦えなくちゃいけない」


「……だから安全な下界にいるであろう人族に対しての視線がここまで冷たいのか……?」

「んー……魔界の人達は下界の存在は知らないと思う。大昔に世界が分断された時、きっと下界とは反対に亜人族が人族に罪を被せたことによって両種族の溝が出来てしまったんじゃないかな。そんなこともあって人族は魔界では肩身が狭い思いを――」


『人族が暴れてるぞーッ! 誰か取り抑えてくれーッ!!』



 サキノが懸念していた事態が、二人を待っていたかのように引き起こってしまった。




――――――

あとがき


異世界突入です。

「続きが気になるかも……」「ちょっとは期待してもいいかな」と思って頂ければ作者冥利に尽きます。

どんどん物語を盛り上げていきますので、★★★評価で応援よろしくお願い致します。




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