異世界転帰で世界再生~【消滅】の光剣と八芒星の変化能力で二つの世界を調和します~

蒼乃都ノア

第1章 白紫の茨編

第1話 本日の天気は雨音のち異世界

 ルカ・ローハートは学園の廊下で金髪ツインテールの美少女に押し倒されていた。



「全てを包み込むような黒い瞳……あたしの金色こんじきの髪と対を成す艶のある黒髪……あたしの奇行を受け止めてくれる慈愛! ルカの全てがあたしを狂わせる……っ!」

「ラヴィの金髪と俺の黒髪は対でもないし、奇行って思ってるんなら少し自重してくれない?」

「しないっ! あたしの命運はルカが握ってるんだからぁ!」

「ラヴィが脅せる台詞じゃないよなっ!?」



 放課後。用事を終えて教室へと帰って来たルカへと飛び込んだのは、無邪気を顕現したかのような金髪ツインテールのラヴィリア・ミィル。幼女と少女の中間を彷徨う小悪魔的顔立ちと吸い込まれそうなほどに透き通った碧眼が特徴の彼女は、不足したルカ成分を補充しようと馬乗りになりながら歓喜する。



「……で、一体全体いきなり飛び付いてきてどうしたんだよ?」

「ただの愛情表現だよぉっ! 待ってる間ルカの目線にって何考えてるのかなぁ~とか、思春期男子が考えそうなあーんなことや、こーんなことを考えてたらぶわーってなっちゃって――」

「全っ然わからん。理解出来る普通の言語で話してくれない?」



 美少女が一人盛り上がる中、半眼を作るのは黒衣を纏う少年ルカ・ローハート。

 高くも低くもない標準身長、やや筋肉質の彼は『普通』という言葉がよく似合う。

 しかしどこかぎこちない表情は『感情』と言うものが欠落しているようであり、美少女に馬乗りになられているにもかかわらず歳相応の男子としての羞恥を表現出来ずにいる。



『おっ、ミィルがまたローハート押し倒してるぞ』

『俺も押し倒されてぇ~……ローハート役得すぎんだろ』



 完璧な容姿を誇るラヴィだが、突撃の奇行や脳内は残念な構造となっている事は学園内で有名だ。

 故に、他生徒も既にこの光景は周知の事実であるかのように素通りする。羨望や苦笑、抱く思いは様々ではあるが。



「ラヴィ、またルカのこと押し倒しているの……ルカ困っているじゃない……?」



 そんないかがわしい場面を見られたような焦燥もなくケロっと返事をするラヴィの背後から、若紫色の浴衣と着物を合成したかのような衣装を羽織った少女が悠然と接近する。



「あっ、サキノおっかえり~」

「ただいま。待たせちゃったかな?」



 サキノ・アローゼ。

 健康的で女性らしさを秘めた色白の玉の肌、色香を漂わせるしなやかな肩は空気に晒され、おみ足がフリル付きの白い長脚布ニーハイソックスに包まれている。


 切れ長の透き通るような紫紺アメジストの瞳は見る者を見惚れさせてしまうほどに端麗。女神でさえ嫉妬するような美貌を引き連れた少女は、毛先が若紫色に染まる純白の長髪を背後で躍らせて立ち止まる。



「サキノお疲れ様。依頼は終わったのか?」

「ありがとう、ルカ。そうだね、私も用事は終わったけれど……ラヴィに押し倒されて何事もなく気丈で居られるのは流石ね……」

「ルカの包容力は一度ハマると癖になるよぉ~。サキノも試してみるべきだよぉ!」

「依存性あるのっ!? わ、私は別に……」

「本人が認知してないところで勧めないでくれない?」



 ラヴィの暴走を筆頭にサキノとラヴィは二人して笑い合い、その日常的な光景にルカも僅かな微笑を同様に



「二人とも帰ろっ」



 雑談を交わしながら三人が学園を出ると、獣の耳と尾を持った獣人や、尖った耳を持つエルフの麗人といった亜人族が少数、人族に混じりながら街路端を足早に進んでいた。まるでファンタジーのように種族入り混じる光景に違和は感じない。

 それが日常。この世界の当たり前。



「そうだルカ。明日は依頼が長引きそうだから、先にラヴィと帰っていいからね」



 帰り際に開いていた露店で嬉々としてクレープを購入するラヴィをやや遠目に、後ろ手を組んだサキノはルカに向き直る。



「お? あぁ、わかったよ。いつも言ってるけど無理するなよ?」

「うん、ありがとう。あと十件くらいだから大丈夫」

「依頼を残機か何かと勘違いしてない?」

「ふふふ、私が残機ゼロでゲームオーバーになったら悲しんでくれる?」

「普通は皆残機ゼロなんだわ。悲しまなくていいように頼ってくれ……」

「ふふっ、ありがとうね。でも依頼は私を頼ってくれているわけだし、私がやらなくちゃいけない」



 勉強を教えてほしい、行事の人出が足りないから手伝ってほしい等の個人的な懇請をサキノは複数件、献身的に受け持っている。


 ルカ達は何度も助勢すると伝えてはいるのだ。だが、サキノは「大丈夫」「私がやらなくちゃいけない」と、周囲を当てにすることも頼ることも断固として行わない。それは親交が一番深い二人に対しても。



「そんな一人で気負わなくてもいいと思うけどな……バイトもしてるんだろ?」

「うん、でも依頼は依頼、バイトはバイト。『何かを犠牲にした正解は他者ひとの正解とは限らない』から。これは大切な人が私にくれた言葉なの」

「そんなもんかね……」

「そんなもんなの」



 自己とは異なった信念を持つ少女に、ルカは肯とも否ともとれる相槌を打った。

 クレープを幸福顔で秒で食べ片したラヴィはタタタッと四つ辻の一つへと駆け出し、別離の時が訪れる。



「あたしはお買い物して帰るから、ここで。また明日ねっ!」



 姿が見えなくなるまで何度も振り向きながら手を振る少女に、サキノとルカも最後まで見送った。



「私もバイト先に用があるから行くね」

「あぁ、それじゃな」

「また明日ね」



 ラヴィと同じく普通過ぎる別離の言葉を言い残し、サキノは雑踏の中へと呑み込まれていった。

 少女達を送り出し、ルカは見慣れた景色、変わらない街並みを行く。


 人々が前を向き、歩みを重ねる変哲のない一日。

 昨日と全く同じ世界が今日も過ぎていこうとしている。

 そんな当たり前に続くと疑いもしない日常は――。






 ――――ピチャンッ――――



 一瞬で砕け散ることとなった。



「雨音?」



 まるで脳内に直接水滴を落とされたかのような鮮明に響く水音に嫌な予感が過ぎったのも束の間。

 都市の賑わいも、往来していた人も一切存在しない空間――世界が水没したかのように景色が淡い蒼に染まっている空間にたった一人、ルカは転移していた。



「――は? ……一体全体何が起こったんだよ……?」



 街並みだけは不変を貫き、動かないなりにも脳を動かそうと思考に没頭しようとした時。

 ズンッ……と。



「……相当不味いことに巻き込まれてる気がするな……」



 鼓動が跳ねた音だろうか――そんな生温い希望的観測は捨てろと、全身が知覚しているようだった。


 ルカの二本の脚の隙間を風が背後から縫っていく。自然発生ではなく、動作によって生み出された突風が運ぶものは――殺気。



「なんだッ!?」



 ドォォォォンッ! と。

 爆裂の破壊音がルカの後方上部で轟き、ルカが並ぶ家屋の屋根を仰ぐと、



『ギギャアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

「赤い嘴、鶏みたいな鶏冠とさか、極太の蛇の尾……これじゃあまるで架空上の生物バジリスクじゃないか……全く……『普通』じゃないって……!」



 体高三メートルの合成獣のような醜悪な捕食者がけたたましい咆哮上げながら見下ろしていた。

 前傾姿勢で今にも飛びかからんとするバジリスクに、ルカは視線だけで左手の横道を一瞥する。

 それが契機だったかのように、バジリスクが標的ルカに向け急降下した。



「どわっ!? 隕石かよ!?」



 もはや着地音とは呼べないほどの衝撃と飛散する瓦礫を背後に、ルカは頭から脇道へと飛び込んだ。

 陥没した地面と余波によって網目状に広がる亀裂が、ゴロゴロと転がり体勢を整えたルカの目に焼き付く。



「冗談になってねえ……この空間じゃどう足掻いたって今の俺は狩られる側……っ!」

『グゥ……アァッ!!』

「逃げるしかないっ!」



 支配者は首をぐるりと脇道に逸れたルカを照準し、死の逃走劇が幕を切って落とされた。



「一体全体どうなってんだ! 悪夢の押し売りを買った覚えはないぞっ!」



 鮮明な意識、握り締めた爪が手の平に食い込む疼痛が現実のものだと訴えている。

 現実逃避すら許されない現状にルカが渾身の速度で逃げるも、巨大なバジリスクは強固な翼を側壁に擦りつけながら追走を始めた。



「完全に無人かよ……いつもの世界は何処に行った!?」



 他者がいたところで事態が好転するわけではないのだが、異質な景色と悲鳴の一つも聞こえない事から、改めてルカはこの世界に一人しかいないのだと気付かされる。



「その図体じゃ細い道は追ってこれないだろ!」



 幅二メートルの細道。人ならば優に並んで歩けるほどの幅だが、大型の怪物の進入を許さない道へと逃げ込んだルカは安堵の息を落としかけた――その時。



「ちょっ、尾の蛇も攻撃手段なのかよっ!?」



 通路入り口より極太の杭のような物体――尾の蛇が飛来し、ルカは身を小さく屈めて回避した。

 鶏頭蛇尾のもう一つの生命体が、本体では侵入出来ない細道を支配する。



「くっそ……! 遠距離攻撃が出来るなら細い道なんて全く意味な――」



 蛇を迂回して大通りに出たルカの眼前。

 バジリスクが眼前で嘴を振り上げていた。



(蛇は本体が回り込むための囮……?)



 ルカが諦念を抱くより先に渾身の嘴が振り下ろされる。

 間一髪身を捻転させ直撃は回避したものの、巨大なドリルのような破壊力で地を穿ち、ルカは大小問わない削片を全身へと被った。



「がッッ――――」



 凄烈な衝撃波に吹き飛ばされたルカは建物の壁に背を打ち付ける。



「っぐぁ……っ!? ぁあっっ――」



 体中の悲鳴、チカチカ点滅する意識、命を刈り取るために接近する化物。

 ルカは心の内で溜息をついた。



(逃走は無理……仮に上手く逃げられたとして、いつまで逃げ続ければいい?)



 闘争心ならぬ逃走心が折れた音がした。



『ギャギャアァァァッ!』

(諦めるなという方が無理だろ。もう、十分だ――)



 対抗手段がない以上、これ以上の抵抗は不毛に過ぎない。

 脅威に無力は道理。至って不可思議なことなど何もない。



(敵わないのがだろ……)



 再度迫りくる嘴撃にルカは諦念を知覚した。



(いつも自分は普通に縋って生きていただけだっただろ? 最期に他者ひとと同じく普通に死ねるんだったら――)



 訪れる死でも甘んじよう。

 ルカは掠れた瞳をゆっくりと瞑目した。





















 ――『また明日ね』――



 脳裏を一過した別れの言葉にズキンッと現実に叩き起こされる。

 走馬灯と呼ぶには短く、追憶というにはあまりにも儚い一言。

 何気ない日常の約束。



(明日――また会う約束)



 そんな約束を破ってしまったなら。

 明日、姿を現せなかったとしたら。

 彼女達はどんな顔をするだろうか。

 どのような感情を抱くのだろうか。

 わからないわからない――けれど。



(約束、しただろ――っ!)



 しちゃ、いけない気がする。彼女達がそんな顔を。

 させちゃ、いけないと思う。彼女達にそんな瞳を。

 少女達の花のような笑顔を、失わせてはいけない。

 不明瞭なりの『不快感』をルカは明瞭に知覚した。



「諦めて――たまるかッッッ!」



 瞬間、紫紺に染まった瞳を見開き、ルカの意志が意図せず手を上にかざしていた。それが防衛本能だったのか、生存本能だったのかは与り知らないところではあるが。


 ルカを護る遮蔽物――薄黒色の結界は振り下ろされた嘴を難なく防いだ。



『ゲアッ!? ゲッ! ゲッェ!!』



 困惑と怒気が渾然となった怪物は結界を突破しようと嘴の連撃を見舞う。

 ガンガンと鳴り響く衝突音に構わず、ルカは定められた死をせき止めた心の不快感に入り浸る。



「俺が普通を求めるがあまりにここで諦めて『俺がいる二人の普通』が奪われて良い筈がない」



 咽ぶようにうずく胸の違和感。身体的な痛みとは異なるその違和感。

 初めて抱く、謎の不快感。


 己が命を落とすことで少女達が悲しむマイナスの日常を嫌って、ルカは確かなる【嫌悪】を抱いた。



「まだ動ける……! 奪われてたまるか……っ!」



 彼女達が気付かせてくれたこの不快感きもちはきっと、普通であるために特別なものだから。

 ルカは痛む体を叱咤して立ち上がり、深く息を吸って吐き出す。



「返してもらうぞ。俺達の日常を――ッ!!」



 決意の八芒星。

 極彩色の光が紫紺の眼を包み込み、瞳に八芒星を刻む。

 虚空より収斂した極彩色の光粒はきらびやかな長剣を象りルカの右手へ。


 これまでには見られなかったルカの紛れもない戦意――殺気に。



『ゲッ!?』



 ゾクッッッと。

 激的な少年の変化にあてられたバジリスクは嘴撃に急制動をかけるも、結界が役目を失ったかのように消失し――。



消滅し飛べ」



 迫りくる醜悪な鳥面に向けてルカは長剣を振り上げ、極彩色の弧を宙に描いた。

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