この婚約破棄は誰が得をしたの? ~ 暗いトンネルを抜けると、輝くアプリコットの花が咲いていました ~

甘い秋空

一話完結:僕は、ギンチヨ女侯爵との婚約を破棄する



「僕は、ギンチヨ女侯爵との婚約を破棄する」

 金髪碧眼の第一王子が、大声で私に宣言しました。


 第一王子の主催による、アプリコットの開花を楽しむランチパーティーが、王宮の会場で盛大に催されている時です。


 騒がしかった会場が、一瞬にして静まりました。



 婚約破棄された私は、王立学園に通う、銀髪の令嬢であり、功績によって女侯爵として一代爵位を拝命しています。


 内緒ですが、幼いころに、この第一王子との婚約が嫌で、熱を出して一週間寝込んだ過去を持っています。



「婚約を破棄する場面では、第一王子様の横に可愛らしい令嬢が立っているのが流行りですが、なぜかおりませんね、振られちゃいましたか?」


 私は、彼を挑発します。


 第一王子は、顔は金髪碧眼のイケメンであり、体はゴリラ並みの強靭な王国一の肉体で、学園の成績も一番でしたが、その全てを行動に活かせないという、残念な王子様なのです。



「この場に愛する令嬢を連れてくるほど、僕は愚かではない。ちゃんと別室に待たせているんだ、参ったかギンチヨ」


 第一王子は、やはり愚か者ですね。それでは、自分は浮気していると自白したも同然です。



「婚約破棄の理由は、私の容姿が、その愛する令嬢とやらに、劣るということだけですか?」


 さらに、彼を追い詰めます。



「容姿だけじゃない。学園の出席日数も、ギリギリだと聞いている。勉強をサボって、遊び歩いているのであろう。僕の花嫁としてふさわしくない行いだ」


 第一王子が、前髪を軽くかき上げます。これは、彼が調子に乗っている時のクセです。


「私には第一王子の婚約者としての仕事もありますので、学園を休みがちなのは認めますが、王族から代理出席を依頼されれば断ることはできないこと、第一王子様もご承知かと思います」


 あんたが慰問などの公務をサボるから、私が代行しているんだと、遠回しに教えます。



「まだあるぞ。学園の成績も、トップになれないでいると聞いている。それも僕の花嫁にはふさわしくない」


 第一王子が、前髪を軽くかき上げます。


「学園のトップは、第二王子様です。私が陰でシルバーコレクターと言われているのは認めますが、以前、第一王子様はトップなんてお金で買うものだと言っておられましたよね」


 あんたが、学園への寄付を倍額にして、成績を買ったと、周囲に自慢していたのは、皆さんご存じです。



「兄上、お客様の前なので、この辺にしていただけませんか」


 黒髪で黒の瞳の第二王子が、なんとか幕引きしようと、入ってきました。


「ん? 第二王子か、お前はいつも目障りだ! こんなお金目当ての客なんか、かまう必要なんかない」


 これはマズいです、第一王子の失言です。


「気分が悪い、僕は別室に戻る」


 主催者であるのに、第一王子が会場から出ていきました。



    ◇



 パーティー会場に喧騒が戻りました。いや、以前よりも騒がしくなっています。


 私は、耳がよく聞こえるようで、お客様の小声の話まで聞き取れます。


 皆さんは、第一王子と私のやり取りについて話をしており、もう、ランチの味とか、アプリコットの花とか、どうでもよくなっています。



 それでも、お客様への挨拶に会場を回ります。


 第二王子も、この場を取り繕うため、会場を回っています。



「侯爵様、本日はご出席いただきまして、ありがとうございます」


「ギンチヨ嬢、私の侯爵家は、これまでと変わらず、貴女様を支援いたします」


「ありがとうございます、侯爵家の益々のご発展を祈念いたします」


 会場を回って、これからの味方と敵を判別します。



「まぁ、商会の役員の皆様、お忙しいところ、ありがとうございます」


「いえいえ、我が商会は、ギンチヨ様のご支援によって、ここまで成長してきました。貴女様には感謝しており、今後もごひいきの程よろしくお願いします」


 笑いながら挨拶を交わしますが、この商会は、近いうちにテコ入れが必要なようです。



 あからさまに、私へ嫌味を言ってくる貴族もいますが、あの第一王子との話を聞かれてるので、顔で笑って、辛抱しています。



    ◇



「ギンチヨ様、これから、第一王子様が例の令嬢を連れて入室しますが、いかがいたしますか?」


 会場の係の者が、私に早く出て行けと、遠回しに言ってきます。


「わかりました。これ以上、ランチパーティーで騒ぎを起こすのは得策ではありませんね」


 私は、静かに出口へ向かいました。



    ◇



 廊下を歩きながら、今後のことを考えます。


 私は、これで自由になったのですね。これからは、一人で生きていくことになるかな?


 幼いころに、私が第一王子との婚約を嫌がった原因は、何だっけ? おぼろげに、幼い男の子の顔が浮かんできました。



 あれ? 横に第二王子が、並んで歩いていました。


「クロガネ君、どうしたの?」


 第二王子は、学園の同級生でもあるクロガネ君です。思わず、王宮で王族を名前で呼んでしまいました。



「第二王子として、ギンチヨ女侯爵を見送りするのは、おかしなことではないだろ」


 彼は、正面を向いたまま、答えます。



「それに、個人的に、ギンと並んで歩きたい」


 私の方を少し向いて、学園でイケメンと言われている彼が小声で言いました。


「婚約破棄された私と並んで歩きたいなんて、冗談でも、うれしく思います」


 社交辞令という感じで、返します。



「ギンは、第一王子との婚約が破棄されたから、もうフリーなんだよな?」


 クロガネ君は、私が、第一王子との婚約を悲観して、寝込んだことを知っている、数少ない貴族です。


「国王陛下とお父様が、正式に婚約解消の契約を交わしたならば、私はフリーになります」


「おめでとう」


「めでたくはありませんが、ありがとうございます」



 あぁ、思い出しました。おぼろげに浮かんだ幼い男の子は、このクロガネ君だ。


 あの時、私はクロガネ君が好きだったので、寝込んでしまったのでした。



「クロガネ君。王宮から立ち去る私を、エスコートして頂けますか?」


 クロガネ君にお願いしてみます。


「もちろんだ。この先には、少し段差があるからな。俺がエスコートする」


 彼が、私の手を取ってくれました。これからは、クロガネ君と手を取り合って生きていくことになるかな?



 外は、青く晴れ渡り、輝くアプリコットの花が、二人を祝福するように咲いています。


 第一王子の笑い声が響く会場を背に、二人並んで、まぶしい外へと歩きだしました。




 ━━ FIN ━━





【後書き】

お読みいただきありがとうございました。

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