匂い

あんちゅー

あなたとわたし

ねぇ、今日もいい匂いがするね。


私はそうやって笑いかけたの。


そしたら彼女も同じようにして笑ってくれた。


「私もそうやって思ってたんだ、貴女に会った時から」


たまたま同じ駅でぶつかって、彼女は私のスマホを拾ってくれた。


それが貴女との出会い。


でも内緒の話。


私はずっと貴女の事を知っていたんだ。


せの高くてかっこいい人がいるな。


一目見て、そう思った。


駅で電車を待つ、ちっぽけな思いを抱いていれば、それだけで幸せだった。


時折目に入った貴女を。


いつもの場所に居なければ、何度も何度も辺りを見回して探した貴女を。


スマホを落とした時も、人波に乗った貴女が近くに来て、私は嬉しさの余った緊張で動けなくなったから。


秘密だけどね。


その時に香った貴女の匂いが今も、形に出来るくらい頭に焼き付いている。


そうして、本当の初めてもそんな風に、私の前を横切った甘くて切ない匂いを私は覚えているんだ。


あの頃から思い出してみると、あまりにも幸せな日々が続いていて、それにずっと見ていた手前、何だかずっと知り合いだったような気さえして来てて。


ねぇ、本当の事は怖くて言えないけれど、貴女はどうかな?


本当は私の事見つけてくれていたのかな?


なんて、そんな大層な願いを抱えて、少し悲しくなったりするのが凄く嫌。


「ねぇ、知ってる?

その人の匂いがいい匂いだって感じたら、その人とは遺伝子的に相性がぴったりなんだって」


そんなの私達のことじゃん。


誰が言ったんだろう、そんな事。


「いつまでも一緒に居られればいいね」


切れ長な目元が柔らかくなって、微笑むあなたをいつだって見ていたいって思えたんだよ。


だからごめんね、こんな風になって。


だからごめんね、私だけ先に。


もうダメみたい。


体はもうどこも痛くないのに、それでも苦しいのは貴女の声が掠れていくから。

貴女がぼんやりと目の前から消えていくから。


全ての感覚が遠くなっていくのがわかる。


でもね、目が見えなくて、耳も聞こえなくて、貴女の匂いだけはずっとするんだ。


甘くて切ない貴女の匂い。


いつまでも忘れないからね。


「大好きだよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

匂い あんちゅー @hisack

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る