第12話 彼は父と同じ言葉を使った

 そうして佐倉町に戻り討伐の報告を町長にすると、たくさんの多くの人々が北の街道に向かっていった。律儀に私たちに礼を言いに来る者もいたが、忍はぶっきらぼうに「当然のことをしただけです」と言って商人たちに気を遣わせていた。


 挨拶に来る商人の波が落ち着いたところで私と忍は、旗の下で丸太に腰を下ろした。


「もう少し社交的に振る舞った方がいいのではないですか?」


「ふっ……まさか、妖怪にそんなことを言われるなんてな。でも、いいんだ。弱者に好かれたくない。語らうのは強者である君だけでいい」


 忍は遠くに見える商人の取引の様子を見ながら呟いた。


 私のことを見据えて、そんな台詞を言っていたなら、きざな男だと落胆していたところだ。今の言葉の意図は私の好感を得ることではなく、忍自身を傷つける自虐のようなものである。これに乗じて気を良くしてはならない。


「そんなことを言われたら、忍さんの前では死ねないですね。まぁ、私は死にませんよ。白峰を殺すまでは……」


「そうしてくれ。まぁ、憑依の力があれば白峰以外の妖怪に負ける光景が思い浮かばないから説得力があるな」


「私の家族……妖狐が他の妖怪に命を狙われることになったのは憑依が原因なんです。母は憑依を極めたといっても過言ではない妖狐で他の妖怪はそれを恐れ、白峰を使って両親を殺すまでに至ったのです。だから……憑依を見て安心したと言われた時は驚きました」


「俺も、いつでも憑依で操れるという説明だったんだろ? 俺は誠意として受け取った。人間でも妖怪でも出る杭は打たれる」


 忍は思い当たる出来事を思い出しているのか、眉間にしわを寄せていた。


「だから弱い者は嫌いなんだ……君が憑依を極めたとまで言うんだ、母上は対策を講じてくる前に全ての敵対者を殺すことだってできたはずだ。でも、しなかった。だから俺は力を持ちながらも悪用をしなかった君の両親を心から尊敬する」


 まるで心を読んで一番欲しい言葉を的確に選んだかのような返答だった。


 だが、同時に私の中で揺らぐものがあった。白峰への復讐を目指す私が、忍にとって良き姿に写っているのかという疑問が生まれてしまったのだ。忍に落胆されることを想像すると、たまらなく孤独感を思い出してしまう。


 父は生きろと言い、母は許せと言い、忍は消極的な退治。


(復讐を望んでいるのは私だけ……)


 忍だって、親や仲間を殺されたと言っていた。それなのに……。


「ふと、気になったのですが、どうして忍さんは白峰への退治に消極的なんですか?」


「それは……現状で、勝てなさそうというのが一番大きいが、世の中には理不尽を飲み込むことでしか進まない物事もあるとわかったからだな。二十年生きて出た、今のところの結論だ」


 私は父と同じことを言った忍に、背中を叩かれたように驚いてしまった。


 忍の生きた二十年と、私の生きた二十年では、こうも違うのかと肩を落としてしまう感覚すらした気がする。


 私は最初『理不尽を飲み込むしかない』という父の言葉を聞いた時には、千年を生きた老成した思考だと断じてしまった。しかし、私と同じ二十年という命の中でも同じ境地に至る者がいたことに感嘆してしまった。


「忍さんは達観しているのですね……」


「……達観なんてものじゃないさ。俺は全てを諦めた臆病者だ」


 忍の心象風景が焼け焦げた状態だったことがわかったような気がした。失いすぎて大切な人を作ることを諦めてしまったのだ。離別の度に傷付く、自分の心を守るために孤独を選んだことには納得できた。


 私の責任は重い。忍が諦めた仲間という存在を思い出させてしまったのだ。隣に、いてくれるなら人間でなくてもいい。そこまで忍は追い込まれていたことを改めて認識した。


 忍が生きているうちには、絶対に死ねない。


「一つ、伝えておかなくてはいけないことがあります。憑依には相手の体を操るという力に加えて、相手の心を読む力があります。ですが、心とは生物の持つ唯一の聖域だと考えています。私は忍さんに対して、許可なく憑依を使って心を読んだりしないと誓います」


 忍は驚きもせずに話を聞いていた。伝えるのに覚悟を要する事柄だったのだが……。


「わざわざ伝えてくれるのか。君は、誠意をというものを大事にするんだな」


「はい。忍さんには隠し事はしてはいけない気がするので……。なんでも聞いてくださいね。ちゃんと答えますから」


「なら俺も君には誠実であることにするよ。まぁ、君を相棒として町長に紹介した時からそのつもりだったけどな」


 嬉しくて背中がかゆくなるような感覚だった。


 その時と同時に退治の依頼に現れた商人の若者に思わず、いらついてしまうほど二人だけの時間が楽しかったのだ。


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