第11話 彼は安心と言ってくれた
ふと隣でバタンと戸の閉まる音がして、忍が帰ってきたことに気がついた。ため息をついて、刀を立てかけて、がさごそと装備を外すのが音だけでわかった。
自然と耳をそばだててしまっていることに気付き、思わず耳を押さえた。何か、いけないことをしているような罪悪感に駆られたからだ。
両親が殺された以降だと、初めて明日が来るのを待ち遠しいなどという感情を抱いた気がする。
忍に会うまでは、どうやったら自分は強くなれるか、どうやったら白峰を殺せるか、この二つの焦燥感しか自分の頭になかった。今は焦燥感が少しだけ追いやられた感じがするが、代わりに占めている感情は正なる温かい感情だ。
翌朝、またしても眠れたのか眠れなかったのかわからない寝起きの悪さで起床すると、身支度をして長屋を出た。
「おはようございます。忍さん。今日も旗の下ですか?」
「あぁ、行こうか」
旗の下に着くと何やら商人と思わしき男性が待っていた。忍が来るなり駆け寄ってきてきた様子を見るに緊急性を要する案件なのかもしれない。
「退治の依頼か?」
忍はぶっきらぼうに男性に声をかけた。
忍の弱いものが嫌いという本音を知った今から見れば、依頼をしてくるような者は皆、等しく弱く嫌いな部類に入るのだろう。
「北の街道に鬼がうろついていて通れなくて困っているんだよ。町長に手続きは済ませてあるから退治に行ってくれないか?」
「わかった。すぐ行く。葛も来てさっさと片付けよう」
忍は小走りで北の街道へと向かっていったので、私もついて行った。言葉を交わすことなく私は忍の背中を追うのみだった。何か不機嫌さを感じさせるような気配を感じる。
町を出てしばらくすると、商人の言っていた通り、鬼がいた。黒曜石のような筋肉に覆われた黒い肌をしていた。大きさは成人男性と変わらない。
「ニンゲン……コロ……ス」
完全に知性を持つには至らないが、相応の数の人を喰ってきたことが予想され知識を持ち始めている。
忍でも負けたりする相手ではないだろうが、私は忍の前に立ち忍を制止した。
「ここは、私に任せて。力を見せます」
憑依の力を見せて忍がどう思うか、少し悩んだ。それでも、私は見せる決断をした。
私は目の前にいる鬼へと憑依を試みた。
まずは鬼の心象風景を見ることからだ。そこには半月の闇夜で一面に人骨らしきものが、山のように積みあがっていた。半月を目指すかのように積みあがっている人骨は鬼神への道なのだろう。骨の山が月に届いた時きっと月は満ち、鬼は鬼神へと変生するのだと本能で理解した。
そして、私自身をこの心象風景に投げ込み、骨が転がる地へと降り立った。足が地に触れた瞬間、心象風景を浸食するように私を中心に草木が生い茂って、空には日が昇った。ただ、あっという間に空は雲っていき、骨の山だったものには、つたが巻き付き頂上には大きな花のつぼみが現れた。
そこで私は鬼の視点になったことで憑依が完了したことを理解した。
先日、小鬼に憑依をした時と心象風景の浸食の仕方が異なったのは、きっと私の心境の変化によるものだろう。
「ワタシハ……カズラ……コレガ……ワタシノ……チカラ」
発声は憑依相手に依存するらしい。
流石に忍も目を見開き驚いた様子だった。
私は鬼の体を使い地面に落ちた白鞘の刀を手に取ると自分の心臓へと突き立て、貫いた。鬼は後ろに倒れていく。私は憑依を解いて、完全に鬼が地面に倒れる前に白鞘の太刀を引き抜き、血振るいをして鞘に収めた。
「これが私の力。妖狐の固有妖術……憑依と言います。忍さんはどう思いますか? 私のこと怖いですか? 恐ろしいですか?」
「見た感じ体を乗っ取る能力だろう? 君も大妖怪なんだ。それくらい見せてくれないと、少なくとも俺は……安心したよ」
「安……心?」
意外すぎる反応だった。忍は最初に驚きこそしたが、今は笑顔すら見せている。
ふと手元に目が行き、忍の持っていた大太刀が赤く光って命を吸っていることに気がついた。
「自分が斬ったものでなくても命を吸っているのですか?」
「そうだな。近くで生き物が死ぬとこうやって光って力をくれる。昔、仲間が死んだときにも同じように光ったよ」
顔を俯けて悲しげに忍は語った。
「仲間の命も全部、背負ってしまったのですね」
「そうだな。だから簡単には死ねない。ちなみに、君が今使った憑依なら白峰を殺せそうだが……無理なのか?」
「母さま曰く憑依はできるが、体を操れなかったみたいです。生物から物体になったことで憑依を受けなくなったと豪語していたけど、どういう理屈なのかわからないです」
「出来ないなら、きっと、そうなんだろうな。でも、何故出来なかったかは、確かめるべきだと思う。もし、白峰に出会うことがあったら、だめもとでも試した方がいい」
母が言っていた、憑依はできるが体を操れなかった、というのは私も気になっていた。憑依ができたということは心象風景を見て、思考を読むことまではできたはずだ。
「私も、だめもとで試してみる必要は感じていました。憑依で殺せない以上は身体能力で上回って、直接の斬り合いで勝つくらいじゃないとだめなのでしょうね」
「単純な話でいいじゃないか。ひとまず、帰ろう。皆、知らせを待っている」
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