第8話 彼は冷めていた
「私と一緒に白峰を殺す、修羅の道……歩んでみませんか?」
「悪いが、無駄に命を散らすくらいだったら、一体でも多く妖怪を殺したい性分なんだ」
考える素振りすら見せない即答だった。
諦めにも近い物言いをするのは、彼が人間だからなのだろう。大妖怪の娘たる私には、寿命はなく永い年月をかければ、いつか上回ることができるかもしれない。だが人間の百年にも満たない寿命では諦めることの方が賢い判断と言える。
「……わかりました。きっと、また、会うことでしょう。私は葛と言います。あなたの名前を教えてくれませんか?」
「俺は
「そうなのですか。では、失礼しますね」
この場ではこれ以上、粘らない判断を私はした。
私の言葉では彼の心の中にある
自然に私は彼を見た瞬間から、ともに白峰を倒すことを想像してしまった。明るく快活な父とは似ても似つかない陰気な印象を持つ青年だったにも関わらずだ。
どうやら、忍と名乗った彼のことはもう少し観察する必要があるように思えた。人のいない場所を見つけると雀に化けて、彼の様子を見ることにした。
すると、退治屋と思われる数人の集団が現れ青年に話しかけた。
「アンタが妖刀使いの良峰さんか?」
「あぁ、そうだが」
代表して質問をしたのは山賊のような見た目をした、体の大きい男だった。命を資本にする仕事なだけあり、体力に自身のある盗賊や山賊あがりの悪党が多くいるのもまた退治屋の実情ではあった。
「共同で倒したい妖怪がいるんだが、手を組まないか?」
「悪いが、俺は誰とも組まないんだ。俺に依頼をしてくれれば一人で退治してくるが?」
私の時と同じで誰かとは頑なに仕事をしないようだ。憑依をして、記憶を覗いてしまえば解決するのだが、母曰く『記憶は人に残された唯一の聖域だから気軽に覗いてはだめ』だという。これから、行動を共にする可能性のある彼にはあまり憑依による記憶の読み取りは使わずに、
「アンタがいかに強いか知らんが、大ムカデだぞ。一人じゃ無理だろう」
「大ムカデなら、何度も一人で倒している。で、どうするんだ? 俺に依頼するのか?」
「そこまで言うなら、依頼してやろうじゃねえか。俺らはアンタが戦うところを見物してればいいのか?」
山賊のような退治屋は半笑いで半信半疑のようだったが、忍は至って真面目だ。
「場所だけ教えてくれ」
「案内する。着いてきな」
そうして、半日歩くと、大きな岩が転がる山岳地帯に到着した。すると杉の木と変わらないくらいの大きさのムカデが甲殻を黒光りさせて、地を這っていた。
私は雀の姿のまま観察していたが、心配になるほどの大きさだった。
女の退治屋という世間体を維持するべく、あのような大物には手を出してこなかった。
恐らくは理性のない妖怪なのだろうが、あの巨体から生み出される力は、ただの人間が即死する程度には致命的なものであるというのは想像に難くない。
忍は地面に転がっている小石を拾うと、大ムカデに向かって投げつけた。カツンと硬い音が響き、大ムカデの首が忍の方へと向いた。
そして、忍は抜刀するだけでも一苦労しそうな大太刀を慣れた手捌きで抜くと下段に構えた。岩をも砕く、槍のような足が無数に動き、忍に向かっていく。
忍は、およそ恐怖など感じていないかのような静かな様子で微動だにせず、大ムカデをぎりぎりまで引き付けていた。幾人もの人を喰らってきたであろう凶悪な口が極限まで、忍に接近した。その瞬間、忍は飛び上がるの同時に大太刀を振り上げ、一撃で大ムカデの頭を縦に割った。そして、胴体への着地と同時に胴体を真っ二つに両断し、大ムカデは即死した。
あまりのできごとに遠目から見ていた、退治屋の集団は言葉を失っていた。私も思わず驚愕したくらいだ。はっきり言って、あれは人間の身体能力の限界を明らかに超えていた。純粋な斬り合いをしたら、私と同格くらいだろう。
すると大太刀の刀身全体が、怪しく赤色に発光した。あの現象こそ、忍を妖刀使いと言わしめているのだろう。しかし、目の前で見ることで何が起きているのかわかった。
父の遺体から生み出された、あの大太刀は殺生石の命を吸うという側面を強く残している。倒した妖怪の命を吸い、父の復活のためではなく、忍の身体能力の強化に使われているのが妖力の流れからわかった。
忍という青年は妖怪を殺すほど強くなる。今ですら私と互角の身体能力を持ち、存分に成長の伸びしろを残している彼となら、白峰を倒せると確信できた。
「アンタ……人間なのか?」
山賊のような退治屋の質問はあまりにも正しい。むしろ私も気になっていた。
「一応はな。元々は武家の跡取りだった。良峰家って知らないか?」
「あぁ、天狗に滅ぼされたって噂だったか……アンタはその生き残りなのか」
「そんなところだ。報酬は、食い物でいい」
山賊のような退治屋は、大人しく水と干し柿の束を手渡し去っていった。そして、全員が見えなくなったところで、忍は雀に変化している私を鋭く睨みつけた。私は思わず、どきりと驚いてしまった。
「おい、そこの雀……何者だ。狐か狸か? 一日中監視されたら気付くぞ」
正体がばれるなんて考えていなかった。逃げることもできるが、ここは妖狐の姿を見せることにした。
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