斬首
遊廓には大抵稲荷を祀る社がある。花街で働く女性たちの守護神だとか、商売繁盛の祈願だとか諸説が囁かれているが、それらは全て後世の想像に過ぎない。花街は夜の街、そして蛇の園。ここで云う蛇とは男根の比喩だけを意味するところではない。そこには本来の蛇、 も潜んでいる。彼らを鎮めるため、ある人物が宇迦御霊神をひっそりと祀り上げた。それが始まり。やがて遊女たちの間で持て囃されるようになり、稲荷の祠はあちこちに造られた。
しかし、その人物は一つだけ間違いを犯した。たった一つ、そして限りなく重大な勘違いを。それはあまりにも稲荷の数が増えた江戸の風潮がそうさせたもの。彼は稲荷にある期待をしていた。蛇共を喰らう狐であれと。だが実際のところ、稲荷の名を冠し豊作をもたらす神としてその地位を得た、その獣は狐ではなかった。彼らはあくまで稲魂の使者であり、この時代の人々は彼らこそ稲荷の化身であると盲信していた。不幸なことに。
では、稲荷神となった獣は一体。江戸の誤解によって町へ進出した山河の主とは。そう、彼らは四肢を持たず、いずれ天に昇ることを願う化け物。人間をも獲物としその体躯に飲み下す異形。皮肉にも力を得た彼ら彼女らは心願の成就に向け動き出していた。誰一人冷たい地面を這うその音を聞き取れなかった。やがて花街は冷ややかな蟠に締め上げられることになる。
侵食力のある川が合流した川の流れを奪い去るが如く、遊郭の信仰は狐の皮を被った蛇に飲み込まれた。水を奪われ力を失ったせせらぎは山中へ身を隠した。
妹は一層姉という存在の大きさを噛み締めることとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます