意識した方が負けってやつ

「一応お互いに言い訳を言っておこうぜ。オレは家を出た段階で降ってなかったし、持ってないのに気がついたの電車乗った後だったし、なくてもまあ相合傘とかいうロマンが実行できるしなって思った」

「俺はそもそも昨日使った傘を干そうと思って鞄から出して部屋に放置していた事にさっき気がついて、まあ梅吉のとこに入ってけば帰れはするだろって他のとこに行く気がなかった」


 普段は速やかに下校する二人が、揃って放課後の薄暗い教室に残っていた。その理由は上記の通りである。

 つまり、雨が降っていてもどうせどちらかが傘を持ってるだろうという慢心で、梅吉も青仁も傘を家に置いてきてしまったのだ。なお現在外は梅雨にありがちなしとしととした雨ではなく、駅まで走っていく気力すら湧かない程度の雨がしっかりと降っている。


「何でこうも最悪のベストタイミングだけ重なるんだ。これで傘忘れたのがどっちかだけだったら面白かったのに」

「面白いか?流石にここまで雨降ってたらお前が言うように相合傘してもどっちもずぶ濡れになると思うんだけど」

「冷静になるな青仁、そういうこと言い始めたら元々一人用として設計されてる傘を二人で使うって時点で大分無理なんだから」

「でも濡れ透けは濡れ透けでロマンじゃね」

「わかるけどさ、実際やったら普通に寒いし風邪引くだろ」


 結局は何故梅雨なのに二人揃って忘れるのだという話ではあるのだが、起きてしまったことは仕方ない。


「いつになく現実見てんじゃねーよ。まあでも、今スマホで調べたらしばらく待てば雨弱まるっぽいし、とりあえずここで待つか?」

「そうだな」


 教室には梅吉達以外にもそれなりに人が残っている。教室に残ることがあまりない二人には判断できないが、自分たちと同じ様に雨宿り目的の者も多いのだろう。


「つってもなー、ただ駄弁ってるだけだとつまんなくないか?」

「ってことでここは俺イチオシの怪談を」

「お前の怪談は普通にテロだからやめろ!しかもこんなスーパーじめじめ薄暗空間でやろうとすんな!」


 梅吉が手持ち無沙汰に、とりあえず鞄から非常食代わりに持ち歩いているグミを取り出し口に放り込んでいると、青仁によるテロが決行されかけていた。食物由来のテロ(例:シュールストレミング開封の儀)に比べればマシではあるが、比較対象が終わっているからそう感じるだけである。


 梅吉には青仁のその手の嗜好はまるで理解できないが、スリル好きの延長線で奴はそれなりにホラーが好きらしいのだ。そして青仁の基準はぶっ壊れている為、映画の予告編で「最恐!」とか言われているレベルのやつを入門編として勧めてくる。故にこれは、梅吉にテロ呼ばわりされることも仕方のない事なのだ。


「梅吉、相変わらずビビりだな〜」


 青仁が美少女じゃなければ、今頃奴の頬には右ストレートが一発叩き込まれていただろう。そして梅吉はその様に少しだけ溜飲を下げていただろう。しかし現実は双方美少女、美少女を殴るのは抵抗があるなどのあらゆる意味で殴り合いは許されない。


「いやオレがビビリだったら人類の八割はビビリだっての!おかしいのオレじゃなくてお前だってオレが百万回は言ってる!」

「な訳ないだろ俺の基準は普通だって。でさー」

「さりげなく怪談話決行しようとす、ひぎゃあっ?!」


 己はビビリではないと必死に弁解するという重要なシチュエーションを阻害するかのように、窓の外が光る。


 そして、爆音で雷鳴が轟いた。


 先程までは精々窓の外がなんとなく光ってるかな、程度からの突然ギアを上げた雷の挙動に当然梅吉以外からも悲鳴が、教室のあちこちからそれなりに上がる。


「へぇ〜……」


 とはいえその程度のガヤは梅吉の状況を打開するものとはなりえない。梅吉の目の前には、先程までのにまにまとした下品な笑みを悪化させた青仁がいた。


「梅吉、そんなかわいい悲鳴上げられるんだな〜」

「な?!か、かかかわいくねえし?!」


 それはもう心底楽しそうに、こちらをからかうネタを見つけたと食いついてくる。正直そこで動揺を顕にした否定を返すぐらいならば何も言わないほうが旗色は良くなると理解してはいたが、反射的な言動を抑えきれなかった。

 というか青仁側の気持ちも普通に理解できるのだ。梅吉だって青仁が同じようなことをしたら同じような対応を取るだろうし、否定する様を見てかわいいなあ、と思うだろう。


 しかし残念ながら梅吉は現在可愛がられる側である。そんな呑気な思考はできないし、ついでに言えばかわいいと言われた事に高鳴った感情が一番ヤバい気がした。男が美少女()にかわいいって言われたって何も嬉しくないだろ、いい加減にしろ自分。


「つ、つーかさ」


 だから梅吉は、諸刃の剣に等しい武器を手に取らざるを得なかったのだ。熱を持つ頬とうるさい心臓を押さえつけて、口を開く。


「そ、そうやってオレのこと笑ってるお前がこっちとしては一番か、かわいいと思うんだけど?」


 言ってから気がつく。こんな事言う美少女とか完全に奴のヘキじゃね?と。もしや自分が手にしたものは扱いに気をつければ致命傷で済む諸刃の剣ですらなく、ただの爆弾であり、勝手に突撃して勝手に自爆したのかもしれない。


「お、おおお俺はかわいくねえよ?!」


 とはいえ梅吉の無様な自爆に青仁は巻き込まれてくれたらしい。慌てたように否定する美少女、その様子はなるほどかわいらしい。


「て、ててていうかさ?俺らは確実に互いに互いが一番かわいいと思ってんだから、こういう事言い始めたら平行線になるんじゃねえのって俺的には思うんだけど?!」

「だ、だろ?て、てことでこの話題は終わりだなんか別の話しようぜ!ほ、ほらなんか騒いでたら暑くなってきたし飲み物でも買いに行こう!」


 そして青仁は再度反撃を望む事よりも終戦を取ったらしい。うるさい鼓動を誤魔化すように梅吉も叫び、話題を変えにかかった。

 なお双方、これを受け入れたらお互いにお互いのことをかわいいと思っている美少女となってしまうことに気がついていなかった。そこまで頭が回っていなかったのである。


 好みの美少女が口にした、かわいいという言葉が持つ甘い毒におかされてしまったから。


「……むう」


 おかしなテンションで青仁と共に廊下に飛び出し、自販機に飲み物を買いに来たはいいものの。上の空と言った表情で、梅吉は雨粒が叩きつけられている窓に反射した自分を眺めていた。

 姉にメンテ方法を死ぬ気で叩き込まれた白い肌に、これまた姉に結び方を死ぬ気で叩き込まれたツインテール。今の己を構成する要素そのものは確かに梅吉もかわいいと思うし、実際客観的に見て今の梅吉はかわいいだろう。故に青仁の言葉はただ事実を述べただけとも言えるのだ。


 自分でかわいいと客観的に思う分には普通に認められるのに、何故青仁にそう言われると嬉しいのだろう。だってあの青仁だぞ?ドリンクバーとゲテモノを愛する残念すぎる美少女(見た目だけ)だぞ?そんな奴にかわいいって言われると嬉しいって、もしかして自分は大分おかし


「お、おい梅吉!見ろよ新作!」


 若干危ない領域に突入しかけていた梅吉の思考が、ご機嫌な青仁の声で引き戻される。振り向けば、自販機のある一点を指差してきらきらと目を輝かせる少女がいた。


「とんこつラーメンスープだってよ!なんか面白そう!」


 いつも通りのアホ発言がビジュアルと合わさると可愛くて仕方なくなるのすごいよなあ、と梅吉はぼんやりと思う。同時に少しだけ奴の立ち直りの速さを称賛しつつも、梅吉は口を開いた。


「なんでうちの学校の自販機たまに意味わかんねえ缶飲料入荷してるんだろうな?お前みたいな物好きがそう大量にいるとも思えないんだが」

「いやこれは俺が普段飲んでるやつよりよっぽどまともだと思うけど。だって中身普通にラーメンスープっぽいじゃん。一般向けじゃないの?後俺的には正直学校の自販機のラインナップは物足りないから、もっとハジけてほしい」

「遊び心はこれぐらいで十分だろ……で、買うのか?」

「買う!いや〜どんなんなんだろうな〜そこまで期待してるわけじゃないけど初めて見るしな〜これは俺傘持って無くて正解だったのでは?」

「お前定期的に学内の自販機巡回してるんだから別に今じゃなくても」

「早期発見って大事だぜ?ってあっつう!」


 青仁は意気揚々と自販機に小銭を投入し、がこんと音を立てて出てきた缶を手にし叫ぶ。楽しそうでなによりである。そして単純故の切り替え速度が、今ばかりは羨ましい。


「ホット缶の熱さ舐めてたわ」

「ていうか涼みに来たのにホット買ってるのなんか間違ってないか?」

「好奇心に勝るものはないだろ、何言ってんだ?」

「お前はそういうやつだよなー」


 そうは言っても熱いのか、壁によりかかって窓枠に缶を載せ、プルタブを開けにかかっている。そこまでするぐらいなら買わなければいいのに、と梅吉がその横で自販機を操作し出てきたサイダーを手に取りながら眺めていると。

 どうやら開封に成功したらしい青仁が、おっかなびっくりといった様子で缶に口をつけた。


「……完全にとんこつラーメンだこれ」


 どうやら青仁のゲテモノセンサーは反応しなかったらしい。つまり、普通の味だったようだ。


「そりゃ商品名がそうだからな。むしろとんこつラーメンじゃ無い方が困るだろ」

「いやそうなんだけども、この世には意外と商品名通りじゃない味をしてる飲み物はあるんだよ、だからてっきりこれもその類いかと」


 青仁のテンションは若干下がっているが、梅吉としては喜ばしい限りではある。この世にそんなに商品名通りの味をしていないゲテモノが存在してほしくないので。美味しいものがあふれている世界を梅吉は望むのだ。

 そんなことを考えながら梅吉がサイダーを飲んでいると、青仁がぼそりと呟いた。


「この前もタ○メサイダーに裏切られたしさー」

「げほっ、た、タガ○サイダー?!な、なんだよその名前の時点で終わってる劇物?!」


 どうして梅吉がサイダーを飲んでいるという最悪にベストなタイミングでそんな事を話し始めるのか。というかこの場合裏切られたというのは美味しかったという意味なのだろうか。もしくは想像を絶する不味さだったのだろうか。どちらにせよ聞きたくない。


「なんかタガメエキスが入ってるサイダー?らしいんだけど普通に青りんご味の美味しいサイダーだったよ。気になるなら梅吉も飲めば?」

「……」


 梅吉は無言でスマホを取り出し、検索窓に例の単語を入力する。


「サジェストにマズいって出てきた、絶対にオレは飲まない」

「マジ?そんなことないんだけどな。普通に美味いサイダーだったぞ」


 なんだったら後味が完全にタガメ、なんていうホラー文章が見えたため梅吉は速やかに記憶から消した。そうでなければ今手にしているサイダーを美味しく飲めなくなってしまう気がしたので。


「てかあんな名前負けサイダーはどうでもいいんだって。梅吉もこのとんこつラーメン飲んでみろよ、マジでとんこつラーメンだから」

「お、おう……ん?」


 青仁から無造作に差し出された飲みかけの缶に、梅吉は生返事をしながらも動きを止めた。

 確かに梅吉は中学からの付き合いを通して、青仁の生態としてこの手のものをそれなりに他人に共有したがる性質が含まれている事は知っている。故にこの行為に他意は無いだろう事も想像がつく。しかし、しかし……


 これ、間接キスだよな?と梅吉は気がついてしまった。


「どうしたんだ?飲まないのか?」

「い、いや〜……」


 どうやら奴は物の見事にアホっぷりを発揮しているようで、何も気がついていないらしい。きょとんとした悪意も下心も感じられない視線のせいで、勝手に意識しているこちらが馬鹿なんじゃないか、という気分になってくる。その上勧められているのがいつものゲテモノではなく、ネタ寄りかもしれないが真っ当な飲み物であるということも梅吉の良心を揺さぶっていた。

 ……まあ、そんなことをやらかしてくる奴の見た目が美少女であることを除けば、確かにこれは単なる回し飲みの一貫なのかもしれないな、とは思う。たまたま最近行われていなかっただけで、正真正銘男同士だった時を含めたら、普通に間接キス状態になっていたことは思い返してみれば幾度もある。逆に言えばその程度の印象でしか無いのだ。

 そう考えてしまうと、うだうだと理屈をこねているこちらの方がおかいしい様に思える。


 つまり、梅吉は覚悟を決めなくてはならないのだろう。


「飲む」


 そう言って梅吉は青仁から缶を受け取り、缶の熱さに一瞬びくりとしながらもほんの少しだけ口をつけた。


「どうだ?」

「……飲むと喉が渇く飲み物って、飲み物として欠陥だと思う。味は普通にとんこつラーメン」

「だよなあ。俺的にはあんまり面白くないからリピートは無しって感じ」

「面白さでリピートする精神は一切理解できないが、リピートなしってのは同意」


 さてやってしまった訳だが、青仁はまるで気がつく様子は見せない。梅吉の感想を素直に聞いているだけである。……なんとも腑に落ちないが、やはりこの世は賢人が不幸になる仕組みなのだろう。青仁に缶を返しながら梅吉は思う。


「はあ……」

「?どうしたんだ梅吉」

「いやなんでも。あ、ほら雨弱まってきたし、雷ももう聞こえないし、これなら駅までダッシュできるぞ。早く帰ろうぜ」

「そうだな。まあでもとりあえずこのとんこつラーメン飲みきってからで」


 そう言って青仁は躊躇なく缶に口をつける。ここで梅吉が指摘したらどうなるのだろうと一瞬思ったが、正直そんな気力もわかなかった。

 実の所なんとなく一緒に居ることが楽しいからこそ、こうして奴とつるんでいるのだから。そのなんとなくを壊してまで言う必要はない話題だろうと思ったのだ。多分、おそらく、きっと。

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