代償が大きすぎる その1

「つかれた」

「わかる」


 二人揃って人気のない教室の机に伸びる。現在時刻は日が傾き、橙色が視界を染め上げている頃。今年も元気に帰宅部を決め込んでいる二人には中々縁のない時間である。なのに何故今こんな時間に教室にいるのかと言えば、体育祭の練習に巻き込まれていたからだ。

 冷えた机の天板に頬を押し付け、胸の脂肪を机に載せてぐでりと伸びる。傍から見れば随分とエ……だらしのない体勢であることは承知しているが、疲労には代えられないだろう、と梅吉は思う。


「……」

「なるほど、女の子が視線に敏感ってこういう事か」

「な、なななななにを言っているのかわわわわっかりませんねえええええええええええ?!」

「勢いがありすぎなんだよ」


 最早完全に無意識の領域で梅吉の乳に視線を向けていた青仁に真顔で所感を述べると、奴は面白いほど動揺し視線を明後日の方向へと暴走させた。そのきょどり具合があまりにも面白かった為、呆れより先に笑いが来る。

 なお現在二人は着替えのために二人きりで教室にいる為、現在の二人の服装は体育着姿であるものとする。故に実のところ青仁は、汗によってうっすらと体育着から下着が透けていたせいでガン見していたのだが、梅吉が透けているという事は青仁も透けているということである。双方ともに透けているのは相手のみだと盲目に信じ込んでいるようだが。


「だ、だだだだだだだって、そんな素ン晴らしいおっぱいが机の上に置いてあったらそれはもう、見、見るだろ?見ちゃうだろ?」

「まあ気持ちはわかる」

「……おい今お前俺の乳見ただろ!」

「そりゃあ、やられたらやり返すシステムで」

「ぐっ……!」


 アホが今日も元気に喚いている、と穏やかな気持ちで梅吉は青仁を眺める。なおその視線が青仁の乳房を完璧に追尾していた事に当のアホは気がついていないようだ。


「あー……このまま帰ったらだめかな」

「教師に見つかったらしょっぴかれるから嫌だ」

「だよな。内申はできる限り無傷にしといた方がいいって、俺達中学で学んだもんな」

「そういうことだ」

「ダルい」

「口にすればするほどダルくなるぞ」

「わかっててもさー……」


 じろり、と青仁の視線が再び梅吉の乳房へと注がれる。そんなにかよ、気持ちはわかるけども、と梅吉が思っていると。


「こう、やる気が出ない時ってさ?ご褒美制がすっげー威力を発揮するとこだと思うんだけども」


 言っている奴が青仁でなければ、言っている動機が純度百パーセント下ネタでなければ、確かに美少女のおねだりポーズは完璧だった。とはいえ結局前者二つがダメダメすぎる為、梅吉には致命傷程度でしかなかったが。


「……まだ諦めてなかったのかよ」

「諦める訳がないだろ己の乳房を直視してみろよ!そんな!わがままボディを!味わいたくないと思う男がどこにいる?!」

「緑」

「あいつ男カウントしたくないんだけどどうすればいい?やっぱ存在ごと抹消するとか?」

「初手存在抹消かよ、飛ばしてんな」


 梅吉はシチュエーション重視であり、段階を踏んでから諸々やりたい派であると先日語ったはずなのだが。諦めの悪い奴である。まあ巨乳の魔力は理解できるので、そこまで強く否定するつもりはないが、と流れ弾をとっくの昔に下校しているであろう緑に投げながら思う。


「ってあのロリシスコンはどうでもいいんだよ!それよりも俺は!梅吉のおっぱいを揉みてえんだよ!」

「うわうるさ。もういい加減諦めてくれよ、シチュエーションを整えろって話だ」

「……いやシチュエーションは整ってないか?」

「どこがだよ」


 嘘をついてまでおっぱいを揉みたいのかよ、と梅吉が呆れていようとも奴はめげずに演説を開始する。


「考えてみろよ梅吉、今俺たちは二人っきりで教室にいる」

「そうだな。女子は女子更衣室に行って男子は男子更衣室に行ってオレたちは教室で着替えていいよとか言いながら露骨に隔離されたからな」

「時刻は夕暮れで、しかもなんかめっちゃ綺麗に夕焼けが夕焼けしてる」

「もしかして語彙力が存在しない時空に生きてたりする?」


 梅吉と青仁へのその手の対応が面倒くさくて、露骨に追いやられただけだと言うのに。何故そうも素晴らしいシチュエーションかのように語るのだ、と考えていた梅吉の思考は青仁の一言によって霧散することとなる。


「ここまで言ってもまだ気がつかないのかよ梅吉は。俺たちは今、夕焼けが綺麗な放課後の教室に二人っきりな美少女をやってるんだぞ──!」

「なッ?!」


 無意味に起き上がり、青仁的カッコいいポーズを決める仕草に可愛いなあ、という感想を抱いてしまった気もするが見なかったことにして、梅吉は素直に驚愕という感情に身を委ねようとした、が。


「でもさ、結局中身はオレらって時点でシチュエーションもクソもなくないか?」


 夕焼けがきれいな教室に美少女と二人きり。なるほど完全に絵面だけならばラブコメだろう。しかしそこから一皮むいてしまえばどうだ、ただ彼女がいるのかいないのかよくわからん野郎共が空しくたむろしているだけになってしまう。


「梅吉知ってるか?そういうこと言い始めると全てのシチュエーションが俺らで成立しなくなるんだぜ?お前はガキだからわからねえのかも知れねえけどさっさと妥協って言葉を覚えた方が幸せになれるぞ」

「は?ガキじゃねーしお前のがよっぽどガキだろ!」

「この垂涎もののシチュエーションに気がつけない時点でお前はガキだろ!って俺の心の中の一茶が言ってる」

「そんな奴心に住まわせるな、健康への害しかない」


 ほらこの通り。ぎゃーぎゃー言い合うノリはまさしく男子高校生のそれである。ムードもへったくれもない。


「うだうだ理屈こねてっけど、結局どうなんだ?やるのか?やらないのか?」

「……これは、審議が必要だ」

「その審議してる間に日が暮れるに一票」

「いやそんなことはないだろ、多分、きっと、おそらく」


 流石にこの程度の言葉では時間稼ぎは不可能だったか。舌打ちをしたくなる衝動を抑え、梅吉はこの場を回避する方法を必死に思考する。なお別にもう諦めて乳揉ませとけば?お前も好みの美少女の乳揉めてハピラキじゃない?という思考も存在していたが、意地でも見なかったことにする。

 その意地が存在している時点でどうなのか、という男子高校生的一般論に最早梅吉は気が付けないのだから。


「ってことでだな」

「おい馬鹿お前やめ」


 しかし梅吉が対処法を考えつくよりも早く、青仁が行動に移る方が早かった。目を爛々と輝かせ、わきわきと白い手が卑猥な動きを繰り返している。

 もしかしてこいつ疲れてIQが三とかになってるんじゃないか?という天才的発想に梅吉は至ったが、残念ながらその天才的発想はあと一歩遅かった。美少女に手を出す美少女という絵面のはずなのに、青仁のノリがおっさんのそれに近いように思えてならない中。ついに青仁は本性を出した。


「揉ませてもらうぜベイベー!!!」

「相互同意ィィィィィィィィィィィィィィ!」


 梅吉の世にも奇妙な断末魔も気にせず、お姉さん系美少女の皮を被った青仁がゆめかわ系美少女の皮を被った梅吉の乳を鷲掴みにする。

 服越しとはいえ乳房にむにゅう、と埋まった華奢な指と、指が埋められている乳房が己のものであるという倒錯感はなかなかのものであり。叫びながらも梅吉の視線は青仁の手に釘付けになってしまう。


 このまま自分は乳をこの自分好みの美少女に揉みしだかれてしまうのだ。それこそ本当に、恋人に胸を揉まれる女の子のように。それは、なんというか……その辺りまで考えた辺りで、梅吉の中の妙に冷静な部分が必死にその頭の湧いた感情を振り払おうとする。何故だかそれを受け入れたら、脳みそが使い物にならなくなってしまいそうな気がして。

 とはいえ完全にパニックになってしまった梅吉に、青仁から逃れる余裕があるわけもなく。梅吉にとっての頭の湧いた感情、つまりはなんだか妙に乙女チックで桃色じみたそれは徐々に膨れ上が


「……なんか、固くない?」


 場違いに間抜けな青仁の声が、梅吉を正気に戻した。


「〜〜〜〜っあったりまえだろブラつけてんだからよ!」

「……あっ」

「お前そんな事も気が付け無いの?!さっすがは青仁童貞だなあ!」

「お前だって童貞だろ?!」

「お、オレは自分の乳揉んだことあるからわかんだよ、ブラ越しだとそんなに柔らかくないってなあ!」


 青仁の手を払い除け、ヤケクソ気味に叫ぶ。先程の立派に女の子をやっていた気がしなくもない己の思考を抹消したくて、余計に声が大きくなる。のぼせたのかと揶揄されてもなんの否定も出来なそうな自らの赤い頬までは、どうしようもできなかったが。


「くっ、たしかによくよく考えてみれば俺も自分の揉んだ時風呂場とかのがなんかこう、おっぱい!って感じがしてたしな……なんで気がつけなかったんだろ」

「ふーんそうか、お風呂場で揉んだのか。ふーん」

「お前今絶対よからぬこと考えただろ!なあ!」


 脳裏に巨乳美少女が己の乳に手を伸ばし、少しだけ頬を赤らめながらもおっかなびくり柔肌に指を沈み込ませる様子を思いき、にまにまと笑みを浮かべた。なんとも眼福である。何だったら目の前で必死に否定する女の子も含めて二重に美味しい。


「じゃあお前は何時何分何秒にどこで揉んだんだよ!言え!」

「小学生みたいなこと言ってる奴に言うわけないだろバーカバーカ!」


 なんとも低レベルな罵倒の応酬が繰り広げられる。なお音声をカットすれば十分美少女と美少女の戯れとして優秀なものであったが、現実にそんな機能は搭載されていない為普通にただの低俗な光景であった。


「ぜー、ぜー……なんか、余計疲れた気がする」

「お前の、せいだろが……」


 一通り騒いだ後、息を荒げて二人は再び教室の机に突っ伏す。見事なまでの自滅である。


「なあ、青仁。さっきも言ったけど相互同意って知ってるか?」

「すまんちょっと両手が言うことを聞かなくて」


 先ほどの行為について問い詰めれば、最悪の言い訳をほざき始めた青仁に非難の視線を送る。露骨に冷や汗をかき始めた奴に、梅吉は畳み掛けた。


「ふうむなるほど言い訳をすると?」

「この国では罪人にも弁護士を雇う権利が与えられてんだ、言い訳ぐらいさせてくれよ」

「いつからオレに疑わしきは被告人の利益に、なんてなんかいい感じの精神が搭載されていると錯覚していた?」

「なッ?!」


 青仁ががば、と起き上がり逃走の構えを取るが、もう遅い。梅吉は青仁に飛びかかり、そして──奴のこれでもかと実りに実った乳房に、指を沈み込ませた。

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