あくまでエンジョイ勢なんだよなあ その1

「えー例によってあんたらは女子相手だと鼻の下伸ばすわ不審者になるわで面倒だし、男子相手だと即刻学級裁判が開催される上絆されるってことで実行委員から交渉が委任されたんだが」

「結局この後吊られるにコーラ1本」

「フ〇ンタ1本」

「いやおかしいだろ何で賭けが始まってんの?!」


 学活という名称だった気がする、日によって内容が変わる授業にて。適当に集められた梅吉と青仁は、同じく集められたらしい緑で賭けを始めようとしたが、二人共同じところに賭けてしまい成立しなかった。


「ちっ成立しねえじゃん」

「まあこれは無理があるだろ、緑が裁判にかけられるのは最早確定事項だし」

「いやそんなこと無いから!まあいい続けるぞ、あんたらも知っての通りそろそろ体育祭があるんだが」

「オレちょっとその日姉貴にシバかれる予定が」

「(無言で席を立つ)」

「おい逃げるな!」


 嫌な予感を感じてからの行動速度をもう少し上げるべきかもしれない。いとも容易く緑によって阻止されてしまった。


「だってどーせあれだろ、リレーに出ろってやつ」

「言っとくけどアンカーだけは絶対にやらねえから」

「わかってんじゃんそういうことだよ、やれ」


 予感は見事に的中してしまう。そう、もう四月も後半に入り始めた現在、五月半ば程にある体育祭の出場種目決めが開催されているのである。そして梅吉も青仁もそこそこ運動ができる方故に、体育会系が少ないクラスに配属されてしまうと余裕で体育祭のリレーの選手に抜擢されかねないのだ。しかし二人共練習を面倒臭がるタイプの為、去年は全力で拒絶した。


「てか青仁はまだマシだろ、オレなんかそれプラス昼食減らされた上でパン食い競走に放り込まれかねないんだぞ?!」

「実行委員が『赤山はパン食い競走におけるチートキャラだから』って言ってたし多分今年も何があろうと続投だと思うぞ」

「あー、たしかにあのときの梅吉やばかったもんな。完全に目がキマってた。ていうか最早人間じゃなかったよね、人型の飢えた肉食獣って感じだった」

「はー?!やるにしてももう昼食抜きだけはぜってーやんねえからな!」

「それは実行委員に言ってくれ。俺は実行委員でも何でも無いんだ」


 パン食い競争、そうそれは割と現実には存在していないくせに何故かピンポイントに梅吉達の学校の体育祭に存在している競技である。去年強制的に出場させられた梅吉は昼食抜きという憂き目に遭い、クラスの実行委員共の思惑通りにぶっちぎちで一位を獲得してしまったのだ。どうやらその話をこのクラスの実行委員は把握していたようである。最悪だ。


「お前は他人事だから良いよなー」

「本当だよ、お前は今年も責任が重い競技一切出場しないんだろー?」

「そりゃあな。あんたらみたいに運動神経よくないし」

「ていうかオレらに何を期待してるのか知らねえけど、女の子になっちゃったからあんまり速くなくなったぞ?それでいいのか?」

「安心しろ、それでも女子の中じゃ二人ともかなり速い方らしいぞ」

「いやなんでそんなこと知ってんだよ。俺らのストーカーか何か?」

「ちげーよ実行委員は体力測定の結果表握ってんだよ。そっから教わっただけだっての。つか、誰が高校生のストーカーなんかするかよ」

「情報漏洩じゃん。プライバシーの侵害じゃん」


 まさかこんな罠があるとは。梅吉の渾身のしらばっくれが何の意味もなさなかったではないか。なおさりげなく緑が相変わらず深く考えると気持ち悪い発言をしている気がするが、精神の健康のためにも聞かなかったことにする。


「つーかあんたらなんか勘違いしてるみたいだが、リレーとパン食い競争は本題じゃないぞ」

「オレちょっとその日姉貴にぶっ殺されて命日になる予定なんで」

「(無言で教室から退出しようとする)」

「おい馬鹿天丼やめろ」


 本題、なんてどう考えても自分達にとってヤバい予感しかしない代物を提示されて、天丼をせずにいられる人類がこの世にどれだけいるというのか。しない人類だけが梅吉達に石を投げるが良い。


「なーにしてるのかなー?まだ授業中だよー?」

「ぴょひょえ」


 なお逃走を試みた青仁は実行委員(女子)に捕獲され連れ戻された。流石青仁、女子相手にはあまりにも無力な生き物である。


「ってことで本題なんだが、あんたら応援団って知ってるか?」

「……応援団?ああアレか、男どもが暑苦しいやつ」

「なんでお前は男に視線を向けてんだよ、あれは女の子だけガン見するやつだぞ」

「そんなんだから女の子の友達が女の子になってもできないんじゃないかな」

「は?殺すぞ」

「口の利き方には気をつけろ」


 二人揃ってギロリと緑を睨むも、どこ吹く風といった様子の奴には効果がなかったようだ。しかし応援団に言及したかと思えば、爆速で梅吉と青仁双方の残酷な真実を突いてくるなんて一体何がしたいのか。この応援団とやらが本題らしいが、これがどう二人に繋がるのか皆目見当もつかない。


「事実だろ。まあつまり実行委員はあんたらにうちのクラスから応援団として参加してもらいたいらしいよ」

「えっなんで?」

「別に俺ら特別声も出ないしなんかこう、振り付け?とかそういうのもよくわかってないぞ」

「なーに言ってんだよ顔採用に決まってんだろ。美少女がああいうのやってたら野郎は無条件にやる気を出すし、眼福って話らしい」

「あー……」

「あー……」


 呻く声がハモる。そういえば現在の自分たちは美少女なのだった、と今更ながら思い出す。たしかに美少女に応援されれば単純な我が校の童貞共は一瞬で士気を向上させることだろう。ある意味どんな練習よりも効果的かもしれない。

 しかし、そんなことを考えるような者達とは違い、梅吉達は当日がそれなりに楽しければ勝敗なぞ極論どうでもいいのである。たしかに負ければ悔しいし、勝てれば嬉しいが逆に言えばその程度でしかなく。つまりはエンジョイ勢をガチ勢のノリに巻き込むなという話だ。


「でも練習とか面倒そうじゃん。オレはパス」

「俺も」

「そうかそうか、あんたらは忘れてんだな。俺達の学校の応援団の衣装を」


 たしかに覚えていなかったが、なんとなくその態度は鼻につくな、と梅吉が思っているとおもむろに緑がスマホを二人に見せつけた。


「うちの応援団の女子の衣装はな──短ランミニスカなんだよ!」


 短ランで誤魔化されているが、下着が隠れるギリギリの辺りまで短くされたミニスカートから覗く生足が眩しい応援団の少女がそこには表示されていた。若干古風ながらもこの世に古き良きという言葉が存在する限り古いものにもまた魅力があるわけで。つまるところそれなりにそそられるものではあったのだが。


「いやそこはチアじゃねえの?」

「だよな」


 別に梅吉達はその手のことに造詣が深い訳ではないが、チアガールが鉄板ということぐらいは知っている。チアの方が衣装の露出度が高くてポロリ確率が上がるんだけどなあ……と短絡的な事を考えていると、緑が曖昧な表情で二人の言葉を肯定した。


「俺もそれは思ってるんだけどな、えーと実行委員の言い分を代弁するとな……『乳袋最高だろ!』以上」

「短っ」

「わかる、けどさあ」

「まあ実際の理由としてはこの学校が女子校だったときの名残らしいけどな。女子の中で学ランとチアで別れてたのが露出度の関係で学ランだけ残ったとかなんとか。まあその辺の話は俺は知らない。興味ないし」


 緑の口から比較的納得できる理由が語られる。それ自体はある程度理にかなっていたし、その辺りに緑が大した興味がないというのもそりゃあそうだろう、としか思わないが。それに学ランがパツパツになってしまうような巨乳、という概念のエロさも二人は理解できるので、前者の理由だって完全には否定できない。

 しかし今はそんな事は言っていられなかった、それよりもあっさりと告げられた衝撃の事実の方が二人には重要だったのだから。


「元女子校……あっ」

「青仁ーその世界一いらない『あっ』の先はオレに共有すんじゃねーぞー」

「あんたら知らなかったのか?結構有名な話だろ。女子校のままだと生徒が集まんなくって共学にしたけどやっぱ集まんなくて、苦肉の策で制服を有名デザイナーに頼んだら女子が殺到して別に女子校のままで良かったんじゃねーの?って言われてるやつ」


 緑は気がついていないのか、それともドン引きした後なのか平然としているが。今まさにドン引き状態に陥っている二人にとってはそれどころではなかった。

 なにせ元女子校という情報から、某百合を愛してやまないチビこと木村一茶を連想してしまったので。あの男の事だ、どう考えてもこの情報を入学前に入手した上でこの高校への進学を決めていてもおかしくない。というかあまりにも説得力がありすぎる。

 ちなみに後々「女子校の残り香を男である身で吸えるなんて最高だろ」と曇りなき眼で語る一茶を二人は目撃することになるのだが、これはまた別の話である。

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