思考停止で全てを片付ける

「……梅吉さあ、そういうところだよ」

「ふぁにが?」


 ハンバーガーを頬張りながら問いかける。おやつを食べているだけだというのに、何故そのような目で見られなくてはならないのか。

 死んでしまった青仁を責任を持って引きずっていった梅吉は、特に行き先も思いつかなかったため某ファーストフードにいた。一応その間ずっと手は繋いでいたが、正直梅吉の考えていたようなものではなかった。握った手の感触にどぎまぎしなかったと言えば嘘にはなるものの、実態は友人の輸送である。


「っは〜〜〜〜〜俺よりよっぽど梅吉のが」

「ふぁからふぁにがだよ」


 青仁を椅子に座らせ、梅吉が注文を終えて帰ってきた頃には復活していたものの、なぜだかずっと同じような事を繰り返しながらぶつぶつと呻いている。やはりまだ壊れているかも知れない


「……後もう一個ぐらいハンバーガー食べたいな」

「うわあ」

「いや普通だろ。青仁は腹減ってねえの?」

「ポテト食べてれば十分だっての」

「マジ?」

「マジ」


 梅吉と青仁の間ではこと食について見解がわかれることは日常である。行儀悪く頬杖をつきながらポテトを口に突っ込む青仁を眺めながら、よくその程度で足りるよな、と思う。


「お前さあ……いやこれは俺が悪いのか?いやでも別に俺は悪くないだろやっぱ悪いのお前だろ」

「だから何が言いたいんだよお前」

「……」

「そこで黙るからだめなんじゃないか?人間は言葉にしないと意思が伝わらないんだぜ」

「今正論求めてないんで〜」

「うっざ」


 しばらくそのままうだうだと管をまいていた青仁だったが、突然思い出したかのように叫んだ。


「……もしかして俺は、既に手をつなぐという工程をクリアしたんじゃないか?!」

「ちっ気が付きやがったか」

「ってことで胸を揉ませろ!」

「待て待て待てお前場所を思い出せどう考えても公共の場でやるべきことじゃねえから!」


 何かを掴んでは挟むような最悪の手付きを繰り出しながら、青仁が迫ってくる。シチュエーションだけならば梅吉的には美味しかったが、あいにく今は場所が悪い。人気のない教室とか、人気のない夕暮れの公園とか、家とか、なんかそういう場所であってほしい。


「でも電車内にいるカップルってなんかお互いの体ずっと触ってないか?」

「お前そいつらに着火したいと思ったこと無いの?そういう事だよ」

「……じゃあどこでやればいいんだよ!」

「多分そのためにお家デートとかラブホが存在してんじゃねーのかな」

「!今すぐ梅吉の家に」

「姉貴今日多分家にいるぞ」

「く、何故今日に限って俺のオカンはパートが休みなんだよ……!」


 未成年実家ぐらしの永遠の課題である『イチャつく場所が限られている』に直面した青仁が呻く。この調子で諦めてくれねえかな、と梅吉はそんな奴を他人事のように眺めていた。何故諦めてほしいのかも、正しく理解しないまま。


「お、お前なんでそんな非協力的なんだ……?手、繋いだしいいんじゃないのか……?」

「だからオレは自分のが揉まれるのが嫌っつってるだけで、お前のは揉みたいって言ってるだろ」

「そんな一方的な搾取は許されねえんだよなあ!つーかさあ、当初の目的考えるとむしろ今までなんでやってなかったんだって話じゃねーの?」

「……当初の目的?」


 はて、何かあっただろうか。ハンバーガー(三個目)を何にしようか梅吉が考えているところに投げ込まれたその問いに、梅吉は思考を巡らせる。しかしそんな梅吉を見た青仁は、呆れたように言った。


「お互い元男なんだから理解があるし、キモい願望でも実行しあえるんじゃないかって」

「……あー」


 間抜けな声がこぼれ、さりげなく青仁の分から奪ったポテトを取り落としかける。慌ててキャッチしたポテトを口に含みつつ、梅吉は弁明を考える。忘れていたわけではない、ないのだが。


「……なんだろうな。実際オレはお前に『はい、どーぞ♡梅吉くんはおっぱいが大好きなんだね〜いっぱい、甘えてくれて良いんだよ?』って言われながらブラジャーをはずさせておっぱいを露出してほしいとは常々思っているんだけど」

「思ってるんじゃん。俺そこまで解像度の高い妄想はできないけど」

「でもこう、それの対価が自分のおっぱいを揉ませるってなると、こう……」

「一方的なのは許されねえからな」

「その言い分もわかるんだけどさあ」


 なんだったら梅吉が今の自分の感情を一番理解していないまである。それ程までに、現状の自分の感情は不可解だった。

 己の不純な願望を実行してもらうために奴の願望も満たす。取引としては至極まっとうなものであることは理解している。なのに、その為に己の身を差し出すことには抵抗感があるのだ。


「で結局どういうことなんだ?」

「うーん……」


 ポテトをもりもり消費していく青仁を視界に収めながら、唸る。考えれば考えるほど、なんだか気がついてはいけない事に気がついてしまいそうで。どうしたものかと鈍い思考を回していたところ、梅吉はとある事に気がついた。


「……なあ青仁。お前ってAVとかの事になだれ込む前の前ふりってどこまで見る?」

「いやどうしたんだよ急に。まどろっこしいからほとんど見ないけど」

「青仁よ、オレはああいうのをきっちり見て前段階を踏んだ上でヤってほしい派だ」

「あ〜……つまりお前はシチュエーション重視だから段階を踏め、もうちょいムードが欲しい、って言いたいのか」


 そう、梅吉が現状最も近いと考えられる答えはこれじゃないかと辿り着いたのがこれであった。そもそも梅吉も青仁も恋人関係(仮)になる前は絶賛彼女いない歴=年齢をやっていたのだ、その手の自分の趣向がわからなくてもしょうがないじゃないか。少なくとも梅吉はそう考えている。


「多分そう」

「多分かよ」

「だって正直自分で自分の言ってることよくわかんねえし」

「やっぱ梅吉お前馬鹿なんじゃねーの?」

「なわけあるかお前よりは頭良いし」


 キレのない会話の応酬を繰り広げた後、梅吉はポテトをつまむ。結局自分で言っておいて、先程の推論に梅吉は納得がいっていなかったのである。とはいえそれを素直に口に出したら、なんとなくひどい目に遭う気がしたので言う気はないし、勿論思考を続ける気もなかった。


 故に梅吉は気が付かなかったのだ。己の言動を総合すれば「心の準備ができていないから待ってほしい」なんて中々純真なものであった事を。この関係性には不純な動機しか含まれていないのだと信じ込みたい彼が、こんな本物の恋する少女みたいな思考に気がつけるわけがなかった。


「ところで青仁よ、なんか忘れてるっぽいから一応言うけどさ」

「?」

「そもそもオレらって十八歳未満ってこと覚えてるか?本来ならばオレらはAVの内容なんか知るはずがないんだぜ?」


 梅吉は思考を逸らす為に、話題そのものの転換を図る。梅吉にも刺さる発言ではあったが、この程度は最早必要経費と割り切るしか無かった。


「……」


 とはいえ幸か不幸か、状況は梅吉にとって有利な方向へと流れていく。己の言葉を受け沈黙を挟んだ青仁は、どこか慈愛を込めた眼差しを向けながら梅吉の肩をぽん、と叩いた。


「……なあ梅吉、都合の悪いことは気にせずに生きていこうぜ?」

「お前さあ」

「ってことでヤろうぜ」

「さっきまでの話聞いてたか?????シチュエーションを整えろシチュエーションを」

「だから俺はそういうのまどろっこしい派と言うか、恋人同士って名目があるだけで俺は結構満ぞ……ミィ゜」


 鮮やかに自滅した青仁が突っ伏したのを見届けながら、梅吉は思考を回す。若干梅吉も青仁の自滅に巻き込まれた節はあるが、見なかったことにできる程度だ。

 実際こうして自滅してくれたおかげで、梅吉の企みは成功したと言えなくもないことになった。とはいえこうして一日に二度も死なれるのは中々に面倒である。


「おーい青仁生き帰れーオレもうお前の蘇生待つの面倒なんだよー」

「……」

「早くしろー」

「……」


 反応がないことを良いことに、つんつんと頬を突く。以前もやったが、あまりにも頬がすべすべ過ぎてやめられない。可能ならば撫でたいほどだ、なんて考えていると青仁が突然がばりと顔を上げた。


「おっまほんとマジでなんでそんなかわいいことしてんの?!俺を殺す気か?!」

「は?かわいいってなんだよかわいいって。たしかにオレの外見は最高にかわいけどさ、仕草はそうでもないと思うぞ?」


 何を言っているのやら。梅吉は先ほどみたいにふざけて女の子ムーブをしたりもしていないのに。故に首をひねりながら呑気にポテトを口に放り込んでいると、青仁が意を決したように口を開いた。


「……人の頬をつっつく動作のどこがかわいくないんだよ……最高にかわいいだろ……」

「……そうか?普通だろ」


 きょとんとしながらそう答えると、ぎょっとしたような、信じられないものを見る目が梅吉に向けられる。心外な、そんな視線を向けられる筋合いは無いのだが。梅吉の行動は精々仲の良い友人同士のスキンシップ程度のものだろう。一体何を言っているのか。


「気でも狂ったのか?」

「気が狂ってんのはそっちだろ、むしろ俺の方が正気だ」

「は?どこがだよ自意識過剰野郎がよ」

「……言ったな?実演してやるから見てろよ」


 二人を客観的に見ているものがいれば、まさに売り言葉に買い言葉な状況だと判断するだろう。しかしそんな真っ当な判断を下せる第三者はこの場に存在しない。

 故に青仁は、ポテトを頬張り続ける梅吉の頬に人差し指をつん、と触れる。……もしやこれは結構な羞恥プレイなのでは?と気がつき始めた梅吉をよそに、青仁は言った。


「ほら、こんな風につっついてくる女の子って最高に可愛いだろ?」


 下から梅吉を覗き込むようにそう言ってきた青仁は、元々の身長差もあって珍しく上目遣いのような構図になっていた。上目遣いで頬をつっつき、少々むすっとした美少女?


「……最高だな」

「だろ?つまりお前は素でこの最高に女の子なムーブをやっていた訳だが」


 顔を覆いたくなる衝動に駆られるも、そんなことをしてまえば一切の反撃が封じられてしまう。故に、そのまま梅吉は叫んだ。


「な、なななな何を言っているのかさっぱり分からねえなあ!オレは一介の男子高校生である訳でぇ!間違っても女の子ムーブとか」

「一介の男子高校生は素で女の子ムーブかまさないぞ、元一介の男子高校生」

「最悪なブーメラン投げるのそんなに楽しいか?!」

「ふはははは!今の俺には最早失うものなど何もないからな!!!!」


 もしこの世界が小説ではなく漫画だったら、今の青仁の目にはぐるぐるとした渦巻きが描写されていたことだろう。完全に自暴自棄といった様相で暴走していく青仁は、ある種同じ立場である梅吉から見てなんとも痛々しいものであった。


「……性転換病、なんでこう無意識に精神に影響してくるかな」

「本当にな。そのせいで俺は」

「俺は?」

「な、なんでもない」


 なんか墓穴掘ったんだろうなあ、と青仁の焦りを適当に流す。どうせ先程の梅吉の態度が性癖に刺さったとか言うだけだろう、そんな事を面と向かって言われたら梅吉もどうにかなってしまうだろうから、知らないほうが良いだろうし。


「外面が女の子なのは事実だから、女の子ムーブしてる方が不自然じゃないのが現実だけどよー。やっぱなんか、アイデンティティ的なものが露骨にすり減ってる感あるよな」

「わかる。今後自分がどうなっていくとか正直マジで考えたくないよな」

「……なんでオレら、こんなクソ真面目な話してんだ?」

「だって梅吉が」

「結局これはお前も他人事じゃないだろ」

「……おそら きれい」

「見上げても見えるのはマ○クの天井だけだぞー」


 べちょりと現実を前に沈んだ青仁を他所に、梅吉はポテトを口にした。

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