第20話 フロルの戦い

《フロル視点》


 ――不思議と、私の心の中に恐怖の色はなかった。


 私の目の前には確かに、威圧感を放つワイバーンがいる。


 その鋭い眼光に睨まれれば、誰もが腰を抜かして震えてしまうほどの重圧。




 けれど、それがまるでただの背景のように霞んで見える。


 私の目は、ワイバーン相手に華麗に踊る、紫色の光を追っていた。




 カイム=ローウェン。


 不思議な人だ。


 殺される運命だった私を助け出し、囚われの元 《剣聖》を配下に従え、伝説級の怪物に臆せず挑んでいる。




 出会ってまだ一日も経っていないのに、彼の姿から一時も目を離せない。


 彼の描く物語を、誰よりも側で見ていたい。


 胸を焦がすような彼への興味が、私の中で渦巻いている。


 だから――




「私は、あなたの……カイムさんの右腕になってみせる。誰よりも近くで、誰よりもあなたのことを見ていたいから!」




 私の生まれ持ったたった一つの魔力の才を、彼が見初めてくれたのなら、それは全て彼のために捧げよう。


 彼の描く、未来のために。




 生まれて初めて私の固有スキルを使うけど――上手くコントロールして見せる!




「固有スキル――《燦花さんか》!」




 刹那、私の周囲に桃色の花びらが生まれ、風にはためく。


 主人よりいただいた国宝武器――《桃花褐つきそめ》の柄を握り直し、大きく足を踏み出した。




「カイムさん! 私が行きます!」


「任せた! 無理は――」


「しません!」




 無理はしない。


 ようやく、心から側にいたい人と出会ったというのに、死んでたまるか。




 カイムさんの横を通り過ぎ、闘技場の客席を駆け上る。


 その勢いのまま、上空にいるワイバーンのなるべく近くへ――




 そのとき、ワイバーンの二つの首がこちらへ向けられる。


 間髪入れずに炎の塊が二つ、私の方へ飛んで来る。




「まずいっ!」




 回避の方法を探っていた、そのときだ。




「構わず走るのじゃ!」




 凜とした声がどこからともなく聞こえ、炎と私の間に黒影こくえいが割り込む。


 炎を受け止めた黒影は瞬く間に消滅し、炎の塊も相殺された。




「今のは!」




 駆け抜ける速度を緩めず、視線だけを斜め下にずらす。


 どうやらリーナさんが、援護をしてくれたみたいだ。


 この好機を、逃すわけにはいかない。




 客席の一番上――もっともワイバーンに近い場所に上がった私は、刀を構える。


 薄桃色の刀身に、光の花びらが集い、淡白く輝いていく。




 固有スキル《燦花》で生み出した光の花びらは、言うなれば私の潤沢な魔力の塊。


 私の身体の一部故に、好きな形に変えたり、手足のように操ったりできる。


 どんな光属性の魔法よりも自由で、アイデアと扱い次第でなんでもできるスキルだ。




「《燦花》――花薙はななぎっ!!」




 刀を振り抜いた瞬間、刃に集った光のエネルギーが、三日月状の斬撃となって飛ぶ。


 光の刃は空気を裂いて飛翔し、ワイバーンの二つの首を根元からバッサリ切り落とした。




 国宝武器というだけあって、恐ろしい威力だ。


 少なくとも私の固有スキルを普通の刀に乗せて放っても、傷一つ付けられなかったはず。


 さっきフェリスちゃんがワイバーンの攻撃を防ぐことができたのも、《蒼盾》のお陰だろう。




 それくらい、本来の実力差は明白なのだ。




「やった! これで――」




 自分の攻撃が通用した!


 私、カイムさんの役に立ててる!




 私は、その場でガッツポーズをする。


 だから、油断してしまった。




 胴体だけになったワイバーンの胸部に、真っ白な魔法陣が浮かび上がっているという事実に、気付くのが遅れた。




「離れるのじゃ! 桃娘ももむすめ!」




 リーナさんの悲痛な叫びが聞こえる。




「そやつ、まだ生きておる! 白いレーザーを放つ気じゃ!」


「え?」




 私の目の前に、無慈悲に輝く白い魔法陣が映る。


 既に二度、同じ光を見ている私は、金縛りにあったようにその場から動けなくて――




「大丈夫だ。お前はそこにいろ」




 刹那、柔らかくも張り詰めた声が響き渡る。


 下を見れば、カイムさんが《紫炎しえん》で象った大きな弓矢を構えていた。


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