第14話 《解放の試練》と元《剣聖》

 翌日。


 朝日が差し込む時間に起きた俺達は、アリクル山へ向かうことにした。




 アリクル山へは直線距離で二キロであるがゆえに、歩いて行ける距離だが、《空間転移ワープ》の魔法を使うことにした。


 


空間転移ワープ》の魔法は、ワープさせる物体の総量と距離に比例して、魔力を消費する。




だが、たった三人を二キロ先までワープさせるのに関して、魔力保有量の多い俺にはダメージが少ない。


その上、一晩寝て十分に魔力も回復した。




「ついたな」




 瞬きの内にアリクル山の麓に到着すると、俺は辺りを見まわした。


 自分のゲーム知識と照らし合わせると、確かこのあたりだった気がするが――




「お、あった」


「あったって、何が……?」




 首を傾げるフロルを置いて、俺は地面の一部――そこだけ不自然に草が生えていない場所へ歩いて行った。




 その場所の土をはらうと、下から石板のようなものが現れる。


 それに魔力を流すと、石版に刻印されていた魔法陣が淡い光を放ち、低い駆動音が辺り一帯に響き渡った。




「な、なになに?」


「何が起きているのだ?」




 フロルとフェリスは、お互いに手を握り合って、不安そうに眉根をよせる。


 不意に、石版を中心に巨大な魔法陣が展開された。


 魔力の光が縦横無尽に地面を走り、空の模様が様変わりする。




 まるで現世であった紙芝居の一幕のように、地平線の一点を中心にぐるりと空が半回転して、青かった空はたちまち赤黒く塗り変わった。




 木々が栄えている景色も一転。


 闘技場のリングのようなものに様変わりし、誰もいない観客席がぐるりと周囲を取り囲んでいる。




 まるで、別世界の景色だった。




「なに、これ……」


「《解放の試練》。王国の勇者アリスが自らの力を確かめ、さらなる強さを求めて立ち寄るはずの試練だ」


「立ち寄るはず……? 入った、じゃなくて?」


「うん。近い将来、起こるはずだった未来だよ」




 そう答えると、フロルとフェリスは顔を見合わせる。




「起こるはずだった未来……? もしかしてカイムは、未来が――」




 フェリスが何かを言いかけた、そのときだった。




 ズン……


 腹の底を響かせるような音が、辺り一帯に響き渡る。


 


 次の瞬間、地面から大量の影が出現した。


 


「「「「殲滅せよ、殲滅せよ、殲滅せよ――」」」」




 実体のないものに無理矢理ダークコートを着せたような、曖昧な存在が、円形リングの中央に立つ俺達をずらりと取り囲んでいる。




 このステージで最初に現れる敵――通称、黒影こくえいだ。




「ど、どうしよう……」


「どうもしなくていい。ただ、出番はすぐに回ってくるけどな」




 俺は一歩前に出る。


 この黒影は、そもそもとして生き物ではない。


 何度攻撃を与えようが再生し、何度も襲いかかってくる。




 不死の兵隊。


 それが黒影というものだ。


 だが、元来この世界に“絶対”は存在しない。


 オカルトで完結したゲームの中だろうが、攻略不可能なんて存在しないのだ。




「手始めに、黒影こくえいは全員吹っ飛ばす!」




魔法創作者スキル・クリエイター》を起動、風属性範囲制圧魔法、《暴風乱テンペスト》を作成。




「《暴風乱テンペスト》ッ!」




 刹那。


 俺達が立つリングの中央を軸に、巨大な旋風が巻き起こる。




 荒ぶる風が、容赦なく黒影を巻き上げ、天高く吹き飛ばしていく。




「悪いが、お前等の相手をするだけ労力の無駄だからな……」




 遙か頭上に舞い上がった黒影達は、凄まじい突風に揉まれて、原形を保てず崩壊していく。


 むろん、すぐにまた再生し襲いかかってくるだろうが――今はこれでいい。




 ほんの一瞬、黒影の襲ってこない隙が生まれたのだから。




「出てこいよ。そこにいるのはわかってるんだ」




 俺は、闘技場の誰もいない客席。その中央にある来賓席を見た。


 


「悪いが、お前の操っている黒影を相手に、健気にダンスしてやるつもりはない。だから、早急にケリを付けようぜ? なぁ、アリクレース公国の落ちぶれた《剣聖》。リーナ=ヴェルステイン様?」




 俺は、挑発するように声を張り上げる。


 すると。




 ――かつん。


 来賓席の奥で、靴が地面をたたく音が響いた。




 かつん、かつん。


 一つ、また一つとその音は大きくなっていき。




「随分なもの言いじゃのう、小童こわっぱ




 闇の向こうから、闇より黒い髪をツインテールに縛り上げた、小柄の少女が出てきた。


 真っ黒な瞳が俺を見下ろし、半開きになった口から尖った八重歯が覗いている。




 見た目はただのロリ少女だが、放つオーラは凄まじい。


 俺は、物語の知識と少女の姿を照らし合わせる。


 間違い無い。


 この女は、リーナ=ヴェルステイン。200年前の黄金期、アリクレース公国における最強の戦士、《剣聖》の二つ名を冠し、他国との紛争、内戦問わず破壊の限りを尽くしたという伝説の狂戦士だ。

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