第65話 幕間 ナンバー3に対する自衛官の評価
当初、彼を見た時は心配になったものだ。
本当にこんな若い人物で大丈夫なのか、と。
事前の情報から異世界に銃器などの持ち込めない可能性が高い。
つまり戦うための武器などは現地である異世界で調達するしかない形だった。
そして異世界には魔物という名の、こちらの世界とは大きく違った危険な生物がいるとのこと。
しかもその魔物は真言という異世界特有の未知の力を持っているときた。
この事からも分かる通り今回の任務は危険なものだった。
最悪の場合は部下や自分の命が失われることもあり得るだろう。
それでもこの任務は上からの正式な命令もあるし、異世界に連れ去られた可能性がある自国民を救助するという側面がある以上は避けては通れない。
それは嫌というほど分かっているし、自衛官として働いている以上は時に命懸けとなるのも承知している。
ただ、だからと言って無謀な作戦に部下を投入することだけは避けたいというのも本音だった。
だからこそ異世界に到着してからナンバー3と呼ばれている彼の力を確かめさせてもらった訳だが、結論から言うとその心配は杞憂となった。
なにせ鍛えていた我々が割と細めの彼に手も足も出なかったのだから。
それも相手は本気を全く出さずに。
「お前達、改めて確認しておくが身体に異常はないな?」
日本で三番目のゲートマスターである彼の協力のおかげで、実に順調に私自身を含めた四人とも第二階梯の真言である『頑丈』と『強腕』を手に入れられた。
そのこと自体は有難いことだし大変喜ばしいことであるが、その急激な変化が体に異常を齎していないか確認しておく。
「問題はないですね。むしろ真力の影響って奴なのか疲労感はあっても妙に体に力が漲ってるくらいですよ」
急に力が強くなったことで感覚が違うことに戸惑いを感じている者もいたが、それは時間が経てば慣れると聞いているので特に問題はないだろう。
特に事前に聞いていた情報とは違っていないことで改めて問題はないと分かってホッとした。
そこで改めて部下に質問を投げかける。丁度彼がいないこの状況を活かして。
「それで彼、ナンバー3についてどう思った?」
そのナンバー3こと鳴海司という人物は我々を置いて別の魔物が生息する迷宮のフロアとやらに行っている。
こちらの世界での活動費を少しでも稼ぐためと言って。
これまで我々に真言を手に入れさせるために魔物との戦闘をほぼ一人で請け負っていたというのに。
それも現実世界では普段から鍛えている我々がほとんど止めを刺すだけの戦闘でそれなりの疲れを感じているというのに、だ。
「いや、驚くしかないっすね。体つきを見た限りだと、そこまで鍛え抜かれてるとは思えないのに俺が簡単に捻られるんですから」
佐々木曹長がガシガシと頭を掻きながらそうボヤく。
力には自信があっただけに、全力のタックルがまるで通じなかった事はかなりショックだったらしい。
「ああ、あれね。私も滅茶苦茶驚かされたわ。でも今なら私達も真力を手に入れた訳だし、前よりは良い勝負にはなるんじゃないの?」
「うーん、そうかもしれないが勝つのはまだまだ無理な気がするな。ぶつかった感じからして全然全力を出してなかったと思うし」
初島二等陸曹が励ましているが、彼と力比べをした当人である佐々木曹長は冷静にまだ彼に勝てないと分析しているようだった。
別に彼に勝ち越さなければならないということはないのだが、自衛官として一般人に劣ったままでいるのは気持ち的に良くないのだろう。
またこの異世界で活動するにあたって、ある程度の力をつけておかなければならないのは魔物の存在からも明らかだ。
その分かり易い目安として先達である彼を超えるというのは悪くないかもしれない。
「私も佐々木曹長に賛成です。まだ我々は彼の足元にも及ばないのではないでしょうか」
そしてそれに鈴代一等陸曹も賛同している。
「ほう、その根拠は?」
「まず彼の力は真力による肉体の強化だけではありません。少なくとも火の球を発射することが可能な真言を有していますし、魔物と戦う姿も明らかに手慣れたものでした。恐らくこちらの世界での戦闘経験の差が大きいと思われます」
「確かに我々に止めをさせるために魔物を弱らせるだけでなく、危険から庇ってくれたりもしていたな」
我々の誰もが気付いていなかった強腕猿による最初の上空からの奇襲にも彼だけが反応していた。
あの猿の一撃はかなりのものだったし、もし彼が庇ってくれなかったら初島二等陸曹は下手すれば怪我ではすまなかったかもしれない。
それ以外でも彼が甲冑亀や強腕猿と戦う様は見事なものだった。
足手まといの我々がいても何の問題もなかったのだから。
(上から聞いていたナンバー3は若いながらも優秀なゲートマスターという評価は間違いではなかったということだな)
今後は他のゲートマスターの元にも自衛官が派遣されて異世界で活動できる人数を増やしていく計画とのことだが、もしかしたら我々はその中でも当たりを引いたのかもしれない。
このように想像以上に優秀な人物だと我々に判断された彼だが、我々の元に戻ってきた本人の自己評価は意外なことに違っているようだった。
何故なら彼は最初の方に手に入れた真言が良くなかったとのこと。
「ゴブリンから手に入る真言はどれも使えない上に階梯も低いですからね。だからこの調子で無駄のない真言を皆さんが手に入れたらすぐに抜かされますよ」
そう言いながらも彼は大量のゴブリンを仕留めた証拠となるクズ魔石というものを持ち帰ってきていた。
ゴブリンはストーンランクの弱い魔物で今の我々なら割と簡単に勝てる相手そうだが、それでもこの短時間で仕留められる数とは到底思えないのだが。
(これでこちらの世界では小鬼狩りと侮辱されるそうだし、まだまだ分からないことばかりだな)
自分がゴブリンを狩ることを生業にしていることが周囲に知れると面倒だからと内密にするように頼まれていることもあって、その辺りの事情は聞いている。.
聞いてはいるが、今の自分達よりも圧倒的に強い彼がバカにされる環境というのがどうしても理解し切れないのが正直な気持ちだった。
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