第20話 英霊の魔法士 (カケル視点)

 僕の首めがけて振り下ろされたアンナのナイフ。

 しかし、そのナイフは首には到達しなかった。

 リーリャが間一髪で防いでくれたから。


「この程度ならばまだ反応できるのですねリーリャ」

「当然です。魔法が使えないなら物理的攻撃手段を持っていた方がいいと、あなたに仕込まれたナイフ捌きですよ。あなたの動きは把握しています」

「敵に塩を送ってしまっていたとは、人生何が起こるかわかりませんね!」


 言い終わると同時に3本のナイフを投げ飛ばすアンナ。

 そのナイフを勢いよく叩き落とすリーリャ。

 しかし、アンナはナイフを投げると同時に跳躍しており、上空から靴底に仕込まれたナイフでリーリャを突き刺そうとする。


 しかし、それを予測していたリーリャは靴底のナイフを避け、右足の回し蹴りでアンナを弾き飛ばす——が、アンナもそれをしっかりガードする。

 僕も重力魔法で援護したいが、2人の距離が近すぎて、なかなか当てられそうにない。


 それに、あの圧倒的なアンナの強さ。

 個人同士の戦いの場合、強さは単純な足し算になる。

 つまり、アンナの強さと、僕とリーリャの強さ、どちらが強大かによって単純に勝敗が決まってしまう。この場合だと、アンナが勝ってしまう。

 しかし、それは、アンナが僕らの戦闘情報を全て把握していればの話。

 僕の重力魔法で不意をつければ、勝機はある——と信じたい。


「近接戦闘じゃ埒が開かないかもしれないですね。まあ、こんなところで本気を使うわけにはいかないですし、そうですね、少し趣向を変えますか」


 どこからとなく現れたチェーンにナイフをつけるアンナ。

 それを振り回しリーリャに投げる。

 遠距離攻撃の始まりだ。


 リーリャは短いナイフしか持たず、近接戦闘しかできない。

 一方、アンナは縦横無尽に不規則な軌道を描くナイフをリーリャに投げる。

 次第に切り付けられ始めるリーリャ。

 明らかに避けきれていない。

 ジリ貧なのは明らかだった。


 いや待てよ、今なら魔法が当てられるんじゃないか?

 人に打つ。

 いや、やっぱりできない。


 そうだ、あのチェーンだけでも壊せれば——。


「グラヴィティーボール」


 アンナが振り回すチェーンめがけて重力球を発生させる。

 アンナとリーリャの間に突如現れる白黒の球体。

 リーリャはこの重力球の性質を知っている、かつ、僕がまだ制御しきれていないことを知っているため、出現と同時に思い切り後方に飛んだ。


 一方、アンナはチェンーンが消失したことを見てから危ない魔法だと判断し、後方に飛ぼうとしたが——少しタイミングが遅かった。

 すでに重力が発生し、アンナは後方に下がれず、さらに飛んだ拍子に地面との摩擦が消えたせいで、そのまま重力球に引き寄せられてしまった。


 ジュルジュル


 聞いたことがない音がする。

 アンナの腕が一部消えていた。

 重力球に吸われたのだ。


「何この魔法、そそるわね」


 相当な激痛のはずが、悲鳴すら上げないアンナ。

 しまいには、唇を舐め艶やかな表情を浮かべている。


「私はカケル君を甘く見ていたいね。そうよね。冷静に考えれば大魔法士の弟子、普通なはずないわよね。いいわ、久々に見たわ自分の血液、そそる、そそるわ」


 体をくねらせて艶やかで妖艶な笑みを浮かべるアンナ。


「気をつけて、彼女は血液が大好きな変態だから」


 リーリャからの忠告。

 血液が大好きな変態——。

 とんでもないやつじゃないか。


「決めたわ。カケル君、あなたは私のペットにするわ。そしてじっくりゆっくり殺してあげる。最後には失血死で、その血を全部飲み干してあげるから安心しなさい」


 全然、安心できる内容ではない。

 何を言っているんだこの人は。


 不意に視界に、欠損したアンナの腕が入る。


 うえ。


 唐突な吐き気。

 僕がやったのか。

 僕が彼女を傷つけたのか。

 やってしまった。

 敵だとはいえ——気持ち悪い。


 膝をつく。

 うぐ、うぐ。

 口元に手を当てると、大量の血が付く。

 内臓がやられた?

 攻撃すら受けてないのに、人を傷つけただけで?


 心配そうに駆け寄る子ども達。

 何なんだ、僕の体は———。


 リーリャは、右手が使えなくなったアンナを仕留めるべく、アンナの間合いに突撃し、欠損した腕を切り落とした。


「いいわいいわ。さすがは私の弟子。腕を切り落とすのにも躊躇がない。殺し甲斐があるわ」


 劣勢なはずなのに余裕なアンナ。

 狂っている。

 相当狂っている。


「だけど動きにキレがないわ」


 今度はアンナが回し蹴りでリーリャを吹き飛ばす。

 巨大な円柱まで吹き飛ばされるリーリャ。

 そのまま、地面に落ちる。


 どうする。

 どうやって子ども達をここから逃せばいいんだ。


「逃げたいの? 残念、可愛がってあげるのに」


 アンナの声が真横から聞こえた。

 真右を見ると口が裂けそうなほどの笑みを浮かべたアンナの顔がすぐ真横にあった。

 目が合う。

 悪寒が走る。

 その瞬間、リーリャの元に蹴り飛ばされた。


 うぐ。


 大円柱に背中を強打した弾みに、内臓が損傷したのか血を吐く。

 真っ黒な血。


「気づいちゃいました。こうしたらどうするんでしょうか。さっきの変な魔法を使ってみてくれない? 子ども達も吸い込まれちゃうかもしれないわね」


 アンナは子ども達の背後に陣取る。

 震え上がる子ども達、

 心眼があるせいなのか、並々ならぬ恐怖で余計に震えアガっている。


 アンナはフィラデルの頬にナイフを当て、出てきた血を舌で舐める。


「さあて、どの子から殺そうかしら〜」


 重力魔法を——だめだ、この距離だと子ども達を巻き込んでしまう。

 しかし、今やらなければ、僕は——。

 何のために魔法を学んできたのか。


 トントン


 背中を突かれた。

 その犯人はリーリャ。

 背中に当ててくる手が、暖かい——。


「一か八かの賭けに乗ってみる?」


 額から血を流しながら倒れているリーリャが後ろから声をかけてくる。

 僕はリーリャが生きていることを悟られないように、アンナから目を離さずに頷く。


「どうしちゃったの頷いて、覚悟を決めたのかしら。全滅する覚悟を おほほほほ、童貞さん」


 甲高く笑うアンナ。

 そんな中、リーリャから魔力が注がれる感触を背で感じる。


「……、今、魔法回路を、少し、いじっているから……、カケルさんはまだ人を殺せないでしょ……、例え敵だとしても……だから、重力球を制御して、アンナだけを引きつけて遠くに飛ばして」


 引きつけて圧縮してしまう重力球の圧縮するという部分を取り除き、引きつけるだけにする。さらには、引きつけに指向性を持たせてアンナだけを引きつける。

 これまでよりも高い難易度を平然と求めるリーリャ。

 少しばかり戸惑ったが、状況が状況だ。

 やるしかない。


 杖を構える。

 魔力の流れがスムーズだ。

 制御がいつもより容易い。

 やはり、先生やリーリャが言っていた通り、重力魔法が制御しづらいのは魔法回路が原因なのか。

 キース、ミント、フィラデル。

 必ず助ける。


「グラヴィティーボール!」


 声高らかに叫び、重力球を現界させる。

 感覚的にわかる。

 いつもより大きく、威力の高い重力球ができた。

 頼む、子ども達は吸い込まないでくれ、頼むから。

 そう願った。

 一心不乱に願った。


「おいおいおいおいおい、さっきより威力が——」


 慌てふためくアンナは勢いよく、上空に現界した重力球に吸い込まれた——が、子ども達はそのままだ。

 成功した。

 成功したんだ。


 重力球の表面に張り付くアンナ。

 僕はそのまま重力球を部屋の奥深くまで投げた。


「あーーーれーーーー」


 すっとん虚な声を発して遠ざかるアンナの声。

 アンナが消えると同時に走り寄る子ども達。

 フィラデルの額から少しばかり血が流れている。


「怖かった、怖かったよ」


 泣き叫ぶ子ども達。

 みんなの頭を撫でて、無事でよかったと僕も涙する。


「早く逃げて。彼女はまだ死んでないわ」


 緊迫したリーリャの声で現実に引き戻された。


「リーリャ——もしかして立てないの?」

「はい、足をやられました。私はお荷物です。私はどうせ死ぬ運命だったのです。それが半年遅れただけ。この半年、龍族の方々と過ごして楽しかった」

「だめだ。一緒に逃げるんだ」


 リーリャをおぶろうとするが、頑なに拒むリーリャ。


「私を担いでいたら追いつかれます」

「だめだよ。置いてけないよ」

「カケルさん! お願いです。逃げてください」



 鬼のような気迫を放つリーリャ。

 頼むから本分を忘れるなと言うリーリャ。

 苦渋の決断を迫られた。


「わかった……」


 踵を返し、入口へを歩みを進める。


「え、カケル、リーリャを置いてくの?」


 ミントの悲しそうな声。

 そうだ。

 僕が弱いから。

 僕の心が……覚悟が弱いから、人を殺せないからこんなことに。

 涙が溢れてくる。


 その涙を見たミントは何も言葉を発しなくなった。





「あらあら、置いてかれてしまったのね。悲しい運命ね、リーリャ」


 ゆっくりと歩いてきた狂気の暗殺者アンナ。


「手足も動かないのね、もう殺されるだけの状態。弟子にしてはよく頑張りました。だけど、やっぱりあなたは出来損ないね。当主様が見捨てるのも無理がない」

「アンナこそ減らず口が減りませんね。相変わらず」

「あなたこそ、弟子の分際で師匠にそんな言葉を吐けるなんて、そそるわね」


 アンナはリーリャの側でしゃがみ込み、リーリャの顎を手で上げる。


「あの家に生まれなければこんな人生にならなかったのにね。リーリャは綺麗だから、いい嫁ぎ先を見つけられたでしょう。自分の人生を恨みなさい」

「それはそれは、お褒めに預かり光栄ですね。だけど、その言葉違う人から聞きたかったですね」

「あら、リーリャ、想い人がいたのですか?」

「それはもちろん」

「そうですかあなたも年頃の女の子というわけですね。それじゃあ、リーリャ、私の部下になるつもりはありませんか?」


 唐突の提案。

 弟子になれば命を助けるし、当主様からも匿うと言うアンナ。

 出来損ないだが、腕がないわけではない。

 一生お天道様の下は歩けないが生きることはでき、想い人を想い続けることはできる。


「どうですかリーリャ」

「寝言は寝ていってください」

「さすが我が弟子。そそる回答、ならば死ね」



 リーリャの脳天に振り落とされるナイフ。

 死を覚悟するリーリャは目を閉じる。

 少しばかり時間稼ぎにはなったかしらと思いながら——。




 カン





 乾いた音が鳴り響く。


 アンナのナイフはリーリャに届かなかった。

 なぜなら、僕は防いだから。



 間一髪、手持ちの小型の剣でアンナのナイフを受け止めた。


「カケルさん、なぜここに」


 戻ってきた。

 やっぱり見捨てられない。

 子ども達は偶然神殿入り口に居合わせた龍族の緑龍隊のアイザックに預けて、舞い戻ってきた。

 死ぬだろうということはわかっている。

 だけど、救いたい命がそこにあるから。


「リーリャに恋でもしたかこの童貞」

「僕は決して仲間を見捨てない」

「理想論者は早死にしますよ。現実を見なさい。今教えてあげますよ」


 弾かれたアンナのナイフは方向を変えて僕の右上腕を狙う。

 近接戦闘をジャンヌや赤龍に習っていたおかげで、なんとか反応し、そのナイフを避けて、今度は自分のナイフをアンナの脇腹に突き刺そうとする。

 しかし、人を傷つけるという一瞬の躊躇いのせいで、避けられてしまう。


「ほほう、カケル君は剣術も少しは嗜んでると。これはそそるわね。さあさあ打ち込んできなさい」


 これまで習った剣戟を繰り出す。

 しかし、軽くあしらわれてしまし、少しずつ切り傷が増えていく。


 防戦一方。

 このままではジリ貧だ。

 そう想い始めた時——アンナはもう一度僕の右上腕を狙い———そして、貫いた。



「痛えええええええ」


 情けなくも叫び声を上げる。


「よかったですね三途の川を一緒に渡る相手がいて。まずはカケル君からおさらばです」


 腕を貫いたナイフを再び振り翳し、首めがけて振り落とす。


 ああ、死んだ。

 皆がそう思った。


 リーリャは必死に体を動かして、僕を庇おうとするが間に合いそうにない。

 ありがとうみんな。

 ごめんみんな。

 ここまでみたいだ。



 ドン



 鈍い音と共に「うげえ」という、えづく声が聞こえた。

 そして、後方から、神のような厳かで輝き、誰もを魅了する声色が高らかに叫びを上げた。


「英霊召喚!」



 僕はこの声を聞いたことがある。

 いつも見ていた人。

 見ていたかった人。

 いつか振り向いてくれたらいいなと思っていた人。



 後方を見る。




 そこには堂々たる振る舞いで立っている姫様——エリーゼ・メリアの姿が。

 ——アーサーとジャンヌを引き連れて。


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