第4話 望は霊感が強い――世界β・東京

 七塚望ななつかのぞみは霊感が強い。


 幼稚園に通っていた頃。

アニメのヒロインに憧れて、長く伸ばした髪を三つ編みのツインテールにしていた。毛先を飾った髪飾りは、仲良しの幼馴染とおそろいで親に買ってもらったお気に入りだった。


 ある日鏡の前で、憧れのヒロインと同じポーズを取ってみた。なかなか様になっていたので、満足して微笑んだ時だった。


 重力に従って胸元に垂れていた毛束が、髪飾りごと宙に浮いたのだ。

頭頂よりも高く上がったツインテールの片側は、浮いたままリズミカルにちょんちょんと動き、空中にくるくると弧を描いていた。まるでそこだけ別の生き物のように、楽しげに踊っているかのようだった。そして突如、ぽとりと下へ落ちたのだ。


 あの恐怖体験の後、望が髪を伸ばすことはなくなった。

大学生になるまで、ずっとショートヘアを貫いた。


 望が体験してきた怪奇現象は、これだけではない。

耳元に「フッ」と息を吹きかけられるのなんて日常茶飯事だし、一人でギャグ漫画を読みながら笑っている時に、自分以外の笑い声を感じることもよくあった。


 その度にビクッとする。またか、と思う反面、科学的に説明しえない現象に怯えるのだった。

 暗闇でそのようなことが起こった時など、悲鳴ものだ。夜就寝するときには、部屋の豆電球だけは決して消さなかった。暗闇は苦手だ。


 望の悩み事の多くは、怪奇現象に関することばかりだ。世の中の人の悩みの多くは、人間関係に関するものだそうだが、望はそれに羨ましさすら感じる。


――どうしたら解決するのか、全く見当がつかないもん


 寺社仏閣でお祓いをお願いしたこともあった。しかし効果など全くない。祝詞やお経の最中、指文字で背中に、


「あし しびれた?」

「おならしたでしょ? ぷぷぷ」

「おなかのおと ぐーぐー」


 などと、緊張感のないことを繰り返し書かれた。正座で痺れた足をツンツンつついて、悶える望の隣で幽霊は爆笑しているのだ。


――それでもまだ、あのころは良かったな


 怖いといっても、それは説明がつかない現象そのものに対するものであって、鬼気迫るものではなかったのだ。怪奇現象の全ては望に危害を加えなかったし、むしろ誰かに説明すると、相手の笑いを誘うものばかりだった。


「いいじゃないか。俺霊感ゼロだから、楽しそうで羨ましいけどね」


 決まってそんな風に笑うのは、双子の弟のひかりだ。彼は望の怪奇現象についての報告を、誰よりも多く聞いてきた人間だ。しかし最も近しい肉親である彼は、望のように霊感体質ではなかった。


「おちゃめだよね。望の守護霊? 背後霊っていうの? ちょっと悪戯好きなのかなぁ。私はかわいいと思うよ」


 これは幼馴染で一番仲良しの女友達でもある、真由佳まゆかの言葉だ。彼女も光と同じくらい、望の霊感体質を理解しているだろう。 


 望の両親にしても、彼らと同じような反応だった。

「悪さをしないのだから、放っておけばいい」

「そういう体質なのは仕方ないことなんだから、共存していくしかない」

 望もそう納得しながら、相変わらず唐突な驚かしにはビクビクしながら、日々を送ってきた。

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