≪死者の案内人≫VS≪知恵の鉄女≫

「ふぅ…」


シェーラ先輩に図書室出禁を言い渡されて、僕と詩は僕の部屋で勉強していた。途中で猛ダッシュで生徒会の仕事を終わらせた愛莉が帰ってきて、二人から教わることになったんだけど、二人が僕に点数を取らせようとマジのマジでしっかり勉強を教えてもらった。


おかげで僕は今まで分からなかったところが分かった。本当に≪境界を超える者クロスオーバー≫は煩悩が関わってこなければ完璧な女の子なんだけど、その残念な願望のせいで歪んでしまっている。


勉強を教えてくれている途中で『子づくり子づくり子づくり』と仲良く念仏を唱えているのが聞こえてきた。


(おかしいなぁ?僕は留年回避に一番貢献した≪境界を超える者クロスオーバー≫の中から配信でコラボするって話をしたはずなんだけど…)


僕は考えるのをやめた。せっかくやる気を出してくれているのだ。テスト後のことは後で考えよう。


「それより配信だ!頑張るぞ!」


僕は押し入れからいつもの衣装を取り出して着替える。準備ができた段階で開始5分前。僕は椅子に座ってボケーとしていた。


「源氏物語でも『垣間見』とか言う文化があったし、覗きは守らなきゃいけない伝統だもんね!お着替え中に失礼します!お兄様!」

「うん、間一髪間に合ったよ」


扉の前で正当化の言い訳を放っていた愛莉に冷静にツッコミをいれる。すると、とってもいい笑顔から一気に絶望したような表情をしてきた。


「なんで着替えてるの!私がお着替えさせてあげようと思ってたのに!」

「何が悲しくて妹に着替えさせてもらわなきゃいけないんだよ…」

「兄の物は兄の物。妹の物も兄の物。つまり、私は妹奴隷なんだよ!奴隷の仕事を奪わないでよ!」

「奴隷側から言われるとは剛田さんも思っていなかっただろうね」

「お兄様のだらしなさ過ぎる身体を鑑賞するのに≪冥府の花嫁ペルセポネ≫に邪魔されないように対策してたのに、どうしてくれんの!?」

「知らんがな」


僕の自慢の妹が残念な方向にどんどん進化していた。僕は無視して、配信の準備をする。これでマイクがオフになっていたりしたら笑い物だ。


「あっ、お兄ちゃん!」

「ん?あっ、おい!」

「えへへ~」


愛莉が僕に足の上に座ってきた。若干、戸惑ったけど、お兄ちゃん呼びということは妹として甘えに来たのだろう。こういうスキンシップは嫌いじゃ…


「なんで私が座ってるのに勃たないの!?」

「降りろ!」

「やだあ!お兄ちゃんが妹に欲情するド変態だって≪境界を超える者クロスオーバー≫に自慢するの!」

「僕が社会的に終わるじゃないか!?」

「大丈夫だよ。≪境界を超える者私たち≫は社会的に終わってるから。えへへ」

「言い返せないのが悔しすぎる・・・!」


夫婦、もとい、兄妹漫才をしている場合じゃない。配信が始まるまで十秒を切っていた。僕は愛莉をまたの間から床に落とした。


「闇の饗宴にようこそ!今宵も迷える子羊の悩みを聞いてやろう!」


なんとか配信には間に合った。


━━━


━━



”ありがとうございました!≪冥府の日輪ラストサン≫様のおかげで頑張れそうです!”


「ふむ、貴様の未来に幸があることを祈っている」


”流石≪冥府の日輪ラストサン≫様です!”

”僕らも≪冥府の日輪ラストサン≫様のお言葉でハッとさせられることがあるもんな”

”うん。配信を観ているだけで、救われるよ”


当たり前のことだけど、こういうコメントは本当に心の底から嬉しいし、励まされる。


(最近、ヤンデレ共のせいで落ち着いて配信ができなかったからなぁ…)


「お兄様の腿の感触…グへへ…」


前言撤回。≪死者の案内人ネフティス≫が僕の椅子の下から顔を出して、ズボンをよだれまみれにしていた。


(害しかないけど、配信の邪魔をしないなら、どうでもいいか…いや、よくはないんだけど…)


境界を超える者クロスオーバー≫と一緒にいたことでどんどん、セーフラインが上がっていっている旭であった。


”そういえば≪冥府の花嫁ペルセポネ≫様はいないんですか?”


ピクっ


僕の太ももを枕にして、配信を観ていた、愛莉がピクンと反応する。


”美少女を見たいなぁ”

”本当にどんな関係なんですか?≪冥府の花嫁ペルセポネ≫様は≪冥府の日輪ラストサン≫様に好意を持っているようでしたけど…”

”なんなら正妻ですよね!?”


(あっ、ヤバイ…)


愛莉の指が超速で動いているのが分かった。すると、赤札が送られてきた。


”信者のみんなは見る目があるわね。実は私と≪冥府の日輪ラストサン≫様は夫婦なのよ”


大嘘を付いている≪冥府の花嫁ペルセポネ≫に僕も反論しようとする。しかし、


”ざけんな!私のお兄様をてめぇみたいな≪冥府の花嫁ババア≫にやるわけねぇだろうが!」

「グフっ!?」


”≪冥府の日輪ラストサン≫様!?苦悶の声をあげていらっしゃいますがどうしたのですか!?”

”なんかお兄様とか聞こえてきたけど誰だ?”


僕は股のところで詩が感情を発露させたせいで、台パンならぬ腿パンをされた。『聖剣』を巻き込まれなくてよかったけど、滅茶苦茶痛い。


ただ、それはまだいい。問題は愛莉の声をマイクが拾ってしまったことだ。


”私の≪冥府の日輪お兄様≫は私のものなんですよ。≪冥府の花嫁ペルセポネ≫様にはもっと相応しい人がいると思うので退散してください☆イケメン(笑)ならたくさん紹介するので、新しい出会いを見つけてくださいよ」

「≪死者の案内人ネフティス≫!マイクが全部拾ってる!」


文字を打ちながら声に出していたせいで、すべてマイクが拾ってしまっていた。けれど、ヤンデレは僕の話を聞かない。しかも最悪の事態が起こった。


”≪冥府の日輪ラストサン≫様の素がかわよす…だけど、≪死者の案内人ネフティス≫、貴方そんなところで一体何をしてるの…?”


冥府の花嫁ペルセポネ≫の言葉を皮切りにコメントが雪崩のように打ちこまれてきた。


”≪冥府の日輪ラストサン≫様、画面の下で何を…?”

”下を向いていたよな…まさかそこに≪死者の案内人ネフティス≫様がいるんじゃ…?”

”そんなところでナニしてるんだあああああ(血涙」

”プレイですか!?配信プレイですか!?”

”しかも、『お兄様』って近親相姦してるのか!?いや、でも、そういうプレイも…”


風評被害が酷すぎるので、僕は慌てて、弁解しようとする。しかし、愛莉がぶち込んできた。


”≪冥府の花嫁ペルセポネ≫じゃ想像できないナニかをしてますよ~悔しかったら家に入ってきたらどうですか~(笑)?まっ、私の家の防御は完璧なので、無理でしょうけどね~”

”…へ~義妹のくせに言うようになったじゃない。その挑戦受けて立つわ”


そういうや否や≪冥府の花嫁ペルセポネ≫の霊圧が消えた。


”え?リアル≪聖戦≫勃発?”

”いいぞ!もっとやれ(笑)!”

”ということは≪死者の案内人ネフティス≫様のご尊顔を見られるのでは!?”


(マジで入ってくる気じゃないよね?)


詩がどんな行動をするのかは分からない。だけど、詩ならなんとかしてしまうのではないかという恐怖が身体を支配していた。


”≪冥府の日輪お兄様≫、ご安心を。≪死者の案内人ネフティス≫の守りは完璧です。≪ペルセポネババア≫が何をしようとも無駄ですよ」

「ふむ…」


”お兄様の視線が一向に上がらないな(笑)”

”これって垢バンされない?大丈夫?”

”それは困る”


(赤札を送ると同時に読み上げる愛莉がいるせいで顔が上げられないんだよ!)


だけど、言い訳をしているわけにはいかない。僕は股の間にいる愛莉を無視することに決めた。僕の見つけたヤンデレ対策をここで使わないでいつ使うんだ。


「迷える子羊よ。我に啓蒙されたい者はいるか?」


”強引すぎる(笑)”

”この流れで聞くことは≪死者の案内人ネフティス≫様が美女かどうかだけですよ!”

”わいも気になる”


(僕の配信なのに、≪境界を超える者クロスオーバー≫に主導権を握られるってどうなんだろ…)


僕は少しだけセンチになった。すると、最高のタイミング、いや、最悪のタイミングでやつ・・からスパチャが投げられた。


”ゲッ」


愛莉が僕の股の間で嫌そうな顔をしていた。僕もマスクの下でそんな顔をしているだろう。


”お久しぶりでございます、≪冥府の日輪我が君≫。行動を制限されていたとはいえ、≪冥府の日輪我が君≫に尽くせなかった≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫をお許しください…”


「うむ…久しいな、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫。息災であったか?」


すぐに赤札が返ってくる。


”はい!≪冥府の日輪ラストサン≫様を想って毎日毎日枕を濡らしていましたが、今日という日を迎えられたことを嬉しく思います”


言葉の節々に教養が見える≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫は≪境界を超える者クロスオーバー≫の一人だ。美しく、綺麗な文章を書いてくるので、育ちが良いのだろうとは思う。


”≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫様だ!一週間ぶりですね!”

”お久しぶりです!お元気でしたか?”

”一番平和な≪境界を超える者クロスオーバー≫が帰ってきました!”


平和というのは一番≪聖戦≫を起こさないという意味だ。ただ、≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫は≪聖戦≫を起こすことはほとんどないけど、≪境界を超える者クロスオーバー≫の中で一番問題児だと思っている。


その理由は…


”いつものやつを期待しています!”


信者の一人が≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫に言った。僕が止めろという前に赤札が送られてきた。


”ところで≪冥府の日輪ラストサン≫様の○○○ピーの大きさは何センチですか?”


「…」


僕どころかコメントも凪いでしまった。


(これなんだよ…)


僕が天を仰いだ。いち早く復活したのは、僕の股下にいる愛莉だ。


”≪冥府の日輪ラストサン≫様にどれだけ不敬なことを聞いているんだよ。死ねよコラ?」

”あら、≪死者の案内人ネフティス≫さん、ごきげんよう。≪冥府の日輪ラストサン≫様の○○○ピーのお味はどうですか?”

”舐めてねぇよ!私とお兄様の関係はもっと純粋で穢れのない関係だよ!」

”私も混ざって〇〇〇〇〇〇ピーしてもいいですか?”

”だからしてねぇよ!話を聞け!」


僕はコメントを見る。


”流石≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫様(笑)放送禁止用語をぶち込みすぎ(笑)”

”このくらいはっちゃけてくれるとみる甲斐がある”

”≪死者の案内人ネフティス≫様が子供扱いされてるのが可愛い”


(もう嫌だ…)


しかし、そんなところでを終わらないのが≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫だ。怒涛の下ネタが続く。


”≪冥府の日輪ラストサン≫様!ぜひ今度、わたくしと○○○ピーしましょう!それだけじゃありませんわ!わたくしにできることならどんなプレイもして差し上げますわ!○○○ピーとか○○○ピーとか!それ以外にも○○○ピーもして差し上げます!わたくしの鉱山はまだ新品ですが、≪冥府の日輪ラストサン≫様が欲情するようなエロエロボディをしているのでぜひ検討をしてください!”


”通報しました”


視聴者の誰かが通報してくれたらしい。≪知恵の鉄女ミネルヴァ≫の気配は完全に消えた。


”流星みたいな存在だよな(笑)”

”最高だったわ(笑)”

”これが恒例になっているから面白いよな”


知恵の鉄女ミネルヴァ≫…


境界を超える者クロスオーバー≫きっての、下ネタ好きだ。僕の重度の信者なのはそうなのだが、凄く欲望に忠実なので毎回僕とやりたいことを言ってくる。ただ、それがあまりにも直接的過ぎるので、視聴者に通報されてしまう。


まぁそんなことが数年続いているので、視聴者も恒例のイベントとして楽しんでいる。


ちなみに≪聖戦≫が起こさない平和な≪境界を超える者クロスオーバー≫というのは≪聖戦≫を起こす前に大体、通報されてしまうというのが悲しい事実だ。そうでなくても人の話を全く聞かないので、≪死者の案内人ネフティス≫達も困惑してしまうレベルの変人だ。


リアルではどんな人なんだろうと思ったけど、今日会った三条シェーラ先輩とは正反対の人間なんだろうなぁと思っている。男なんじゃないかなぁとも思っている。


”やべぇよ!”

”逃げて”


すると、突然、僕に警告のコメントが届いた。何がと聞く前に誰かが僕の後ろに佇んでいるのには気が付いた。


「物凄くニアピンなのが面白いわね…流石、≪冥府の日輪ラストサン≫様」

「!?」


僕が後ろを向くと詩が腕を組んで僕を見降ろしていた。なんで入ってきたのかは聞く前に気が付いた。


すると、愛莉が僕の股から抜けたして、立ち上がった。そして、詩を糾弾した。


「≪冥府の花嫁ペルセポネ≫…!お兄様の部屋の窓を割りやがったな!?」

「へ?」


僕が窓を見ると、確かにドアノブの部分だけ破壊されていた。しかも音が出ないようにガムテープを張り付けてだ。


「これで私の勝ちね。≪冥府の日輪ラストサン≫様、ちょっと愛莉を借りるわね。義妹としての心構えを教えこまないと」

「ちっ、やってやるよ」


詩と愛莉が僕の部屋から出て行ってしまった。残された僕は一人。僕はコメントを見た。


”あの、≪冥府の花嫁ペルセポネ≫様の頭がおかしすぎますね…”

”窓を割るって、これは打ち合わせ通りなのか?だよな!?”

”いや、でも≪冥府の日輪ラストサン≫様の感じから素だよな…?”


僕に対する、同情のコメントもあれば、


”≪死者の案内人ネフティス≫様が可愛すぎる!”

”≪冥府の日輪ラストサン≫様代わってくれえええ!”

”質問です。美少女にモテる方法を教えてください!”


愛莉の容姿や僕に対する嫉妬のコメントで溢れていた。とりあえず、


「今宵はこれまでだ…」


僕は配信を終わらせた。それと同時に本気で一人暮らしをさせてくれと頼みこもうと決めた。



━━━


━━



「はぁ、これで≪冥府の日輪ラストサン≫様にアピールはできたわよね?後はアタックあるのみね~」


詩の姿と、山学院前で正座をしていた頭のおかしい愛莉の姿を見て、ほとんど旭が≪冥府の日輪ラストサン≫様だと確信した。


明日は校門挨拶。


「ふふ、≪冥府の日輪我が君≫、ああ≪冥府の日輪我が君≫!ついに私が行きますね!」


明日の朝、旭は地獄を見るのかもしれない…



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