プロローグ2

「お、おいあいつが」

「ああ、例の『聖剣』を抜いた化け物だろ?」

「最悪…絶対に近付きたくないわ」

「目が合うと、襲い掛かってくるらしいよ…」


(あああああ僕はなんてことをしでかしたんだ!)


僕は教室で頭を抱えて寝たフリをしていた。昨日のアレを冷静になって考えてみると、常軌を逸していた。誰がどう見てもキチガイ。やらなければやられていたとはいえ、アレはないよなと黒歴史を思い返していた。


あの後、僕が聖なる光が途切れるまでは本気で追いかけたのだが、結局逃げられた。お金は陽キャ軍団が落としていったので、僕はことなきを得たので、プラマイゼロ…とはいかなかった。


陽キャ軍団は僕の奇行を自分たちの都合の悪いところを切り抜いて学校中に流布した。おかげで僕はただのド底辺陰キャからド底辺の変態陰キャへと格が下がってしまった。


人畜無害な人間が人畜害悪へと進化し、周りの人間からは陰キャの皮を被ったキチガイだと認定されてしまった。


学校の先生ですら、噂を聞きつけ、一瞬顔をしかめる。授業の度に好奇の視線に晒されるから本当に嫌だった。


昼休みになったので、便所飯か人気のない場所でご飯を食べよう。そう決めて、教室から出ようとすると、


『二年五組山井旭君。至急職員室に来てください』


放送が学校中に響き、教室中の視線は僕に集まった。用なんて分かり切っているけど行く以外に選択肢はなかった。


━━━


「失礼します」


職員室の扉を開けて、挨拶をする。教師たちの視線が僕に向けられるこの瞬間が僕は苦手だった。


「あっ、山井君!こっちこっち!生徒指導室に行こう!」

「あ、はい」


僕を呼びつけた先生が笑顔で手を振りながらこっちに来る。そして、生徒指導室に連れてかれた。そして、僕と先生が向かい合った。


「急に呼び出してごめんね~」

「いえ…」


河合佳純かわいかすみ。僕のクラスの担任。ベージュのセミロングの髪をパーマで巻いている大人な女性だ。クラスでのあだ名は聖母で、毎日ニコニコしていて、生徒の悩みを真剣に聞いてくれる素晴らしい先生だ。


「用なんだけど、その、昨日、アレをアレしたって噂を聞いたんだけど…」


河合先生が顔を真っ赤にしながら、昨日のことを聞こうとしてきた。アレって何っていう意地悪な質問をしたくなったが、理性で抑え付ける。


「はい。噂通りのことをしてしまいました」

「そ、そう。だけど、何かしら理由があったんじゃないのかな?私が困っている時とかさりげなく手伝ってくれる山井君がわけもなくそんなことをするとは思えなくて…」

「先生…」


まさかそんなことを思ってくれていたとは思わなかった。僕はここに怒られに来たのだ。そして、下手したら退学になるかもしれない、と。僕がたとえ、陽キャ軍団にカツアゲされそうになったと言っても証拠はない。


それに日頃の行いが「良い」のは陽キャ軍団の方だ。僕みたいな陰キャと陽キャでどちらの言うことを聞くかといったら絶対に前者だ。


「何かあったなら理由を教えてくれないかな?」

「はい…」


僕は本当のことを話し始めた。


━━━


「嘘告白にカツアゲ…全くあの子たちは…」

「信じてくれるんですか…?」

「それくらいやられないと、山井君だってあそこまでの奇行に走らないでしょ?」

「はい…」


ぐうの音も出ない。


「悔しいことに証拠がないからね…申し訳ないけど、学校側で何かするってことはできないの…だけど、私は山井君を信じてる。何か実害があったらすぐに言ってね?すぐに助けてあげるから!」

「は、はい!」


僕は頭を下げて教室を生徒指導室を去った。


━━━


旭が去った生徒指導室で佳純はスマホを取り出し、あるユーチューブチャンネルを見る。


「これでいいんですよね?≪冥府の日輪ラストサン≫様」


聖母のような笑顔から一転、悪魔のようにニチャアと口角を上げた。


━━━


教室では針のむしろであったが、信じてくれる人が一人でもいる。この現実に僕はだいぶ救われた。


「ただいま~」

「およ、おかえり、お兄ちゃん!」


家に帰ると妹の愛莉あいりが迎えてくれた。中学三年生で僕とは違ってなんでもできる万能型の妹だ。勉強もできるし、スポーツもできるし、生徒会にも入っていて人望も厚い。両親が僕に与え忘れたものをすべて妹に与えたようなスペックだ。


ちなみに両親は夜勤で働いているため、僕が下校するくらいに出勤し、僕が通学するくらいに帰ってくる。基本的には家で愛莉と二人きりのことが多い。


「あっ、お兄ちゃん。洗濯物出しておいてね。風呂沸かしておくから好きな時間に入ってね!後、今日のご飯はカレーだから!」

「愛莉様には頭が上がりません…」


うちの妹が完璧過ぎる。僕は家事がほとんどできない。だから、愛莉におんぶに抱っこだった。僕も家事をして、愛莉の負担を減らそうと考えたことがあるけど、好きでやっているからいいのと言われてしまった。


「何か欲しい物があったら言ってくれよ?遠慮なんかしなくてもいいからね?」

「うん!あ!それなら一万円くれないかな?欲しいものがあるんだ!」

「いいよ」

「やったお兄ちゃん大好き!」


陽キャ共に奪われるはずだったお金だ。それに愛莉には毎日お世話になっている。このくらい出せないで何が兄か。


━━━


「≪冥府の日輪ラストサン≫様のために家事スキルは磨いておかないとね!」


これまたどこぞの教師と同じような顔をして、スマホを見ていた。

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