第19話 ファンの鑑

「でも、ファミレスに何の用なんですか。銀二郎さんと関わりがありましたっけ?」


 どこまでが纏めてあるのか、自らの資料をカタカタと引っ掻き回す。別に隠すほどの事でもなかったので、話して聞かせる。


「例のvtuber、神無利かざりのオフ会があるらしい。と言っても彼女のファンである、ティアラーとかいう連中の集いだけどな」


「ティアラー達のオフ会ですか……」


 土村の声はか細く、消え失せていった。そんな場に銀二郎が現れる筈はないと暗に言われたようだった。脆弱な希望に縋っている風にでも取られたというのだろうか。


 自己弁護する。


「勘違いするな。誰もそこに参加するとは思ってやしない。元々、取材に向かう予定だった。むしろ銀二郎の捜索が予定外だ」


 彼女のファンの集いなら、「人を殺した」という発言をした配信。警察が彼女を逮捕した時の生配信をも実際に目にした人物がいるかもしれない。彼女が無罪放免とされた今、何を想うかという旨の取材だった。


 SNSで参加を募っていた内容から察するに、無実の罪を被った神無利かざりを救いあげるべく何か行動を起こさんとしているらしく、彼女の情報が飛び交うのは必至。多くの金と時間、そして情熱を注ぎ込んだ者達ならば情報源にもなり得る事だろう。


 銀二郎も同じ風に考えたかも知れない。


「薄い線ではあるが銀二郎と接触した奴がいる可能性もある。試しに尋ねてみるさ」


 無駄足ではないという意味も込めたが、土村は違うんですと小刻みに首を震った。


「そうじゃありません。私が引っかかったのはティアラーの方なんです。彼等に関してあまり良い噂を聞かなかった物ですから」


「そうなのか」


 神無利かざりだけに限らず、vtuberの多くは自らのファンに特殊な名前を付けて囲い込む。カテゴライズする事で選民性、他者とは違うという疑似的な特別感を与える。それは仲間意識も植え付けるらしく、自らがファンネームを名乗る姿も珍しくない。


 視界の隅で、土村がカクリと頷いた。


「私が調べた中では過激な方達が多い印象でした。神無利かざりさんを立てる為に、他のvtuberを貶めることもあったそうです。その攻撃的な言動は、別のファン達の間でも忌み嫌われる存在だったようですよ」


「実害でもあったのか?」


「そうみたいですね。攻撃対象にされる事を恐れて、神無利かざりさんとのコラボを断っていた配信者も少なくないようです」


 本末転倒だな、と呆れ返る。担いだ将の力を誇示する余り、孤立無援になるとは。神輿へと乗せられた身に同情をも覚える。


「神無利かざりも、いい迷惑だな」


 皮肉めいた笑みを浮かべると、

「それが、そうでもないようなんです」

 きっぱりと否定される。


「と言うと?」


「他のvtuber達はですね。行き過ぎた行動を取るファン達が出ないように統率しようとするんですけれど、彼女はそうしなかったみたいなんです。いえ、それどころか」


 言葉を切った土村が見つめるパソコンの画面をちらりと盗み見る。SNSに上がったコメントの切り抜きなのだろう。アニメ調の可愛らしいアイコンの傍らには罵詈雑言、誹謗中傷をものともしない言葉が並ぶ。


「助長していたのか?」


「ファンネル、って言うらしいです」


 苦々しく固まる顔を見せる。


「直接的な事はなにも言わないんですが、でも上手く誘導するといいますか。相手側が悪いと取れるような言動をするんです」


「成る程。唆すわけだ」


 庇護欲を掻き立てるのか騎士道精神か、凶暴性を秘めた自身のファンに正義という名の大義名分を与える。自分以外の誰かの為に、虐げられた弱者の為に、愛の為に。


 それは正義の使者か、暴虐の使徒か。


「誹謗中傷が酷く、virtualityの事務所の手によって開示請求された例もあるそうです」


「飼い主が飼い主なら、ファンは鑑だな」


 息をつく。どうやらこれから向かう先はろくでもない場所だったようだ。


「かざりってね、妹系なのかな。放っておけないって言って、みんな構ってくれるんだ」


 土村が流した神無利かざりの配信で本人がそう話していた。愛くるしく可愛らしい声をしていたが、俺の耳には冷徹に響く。

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