第4話 殺人アイドルvtuber

「何を言っているんです、キャップ。ここで引き下がる馬鹿がいるはずないでしょう」


 勢い、机に手を付きグッと詰め寄った。別の仕事を振るだなんてとんでもない話だ。確かに俺は仕事欲しさにやって来た身ではあるのだが、それとこれとはまた別の話。


 自然破壊を嘆き、金の成る木を見過ごせる奴がいるというならお目にかかりたい。金脈を目の前に、定時だからと帰る鉱夫がいるなら連れてこい。そんな心境だった。このヤマはゴールドラッシュとなる。長年の記者の勘がひしひしとそう告げていた。


 それは勿論、キャップとて同じはず。


 手をついた先で上向きに開いてあった、週刊誌の見出しを声に出して読み上げる。それは俺がすっぱ抜いた特集記事だった。会社には問い合わせが殺到し、週刊誌としては異例の重版が掛かる賑わいをみせる。


「殺人アイドルvtuber、神無利かざりの悪意と殺意。ガワに隠したのは交際相手だけではなかった。と、高枝逮捕時の記事です」


 ずいと週刊誌を差し出す。


 少し遠目ではあるものの警察に連行されていく二十、三十そこそこの妙齢な女性がそこには映っていた。高枝は逮捕直前までライブ配信中だった為に音声だけの話ではあるが、数万人のリスナーの目の前で逮捕されていったことになる。


 話題にならない訳がなかった。ネット上ではてんやわんやの大騒ぎが巻き起こり、ある種のお祭り状態となっていた。


 先のファンを殺害したと自白する配信。連行されていき、所属会社であるvirtualityが中断するまで無音で流れ続けていた配信。魂が抜け落ち、ピクリとも動かなくなったアバターを前にして憶測はさらなる憶測を呼び寄せていった。高枝の噂はトレンドを埋め、SNS上のあちこちが騒然と染まった。


 そんな中リーク情報を元に張っていた俺が最速、最新で記事をあげることになる。ウン百万いるとされている彼女のファン達は少しでも早く情報を仕入れようと考え、こぞってこの週刊誌を買い求めた。


 実績のあるネームバリューだ。このまま捨て置ける相手ではない。さては俺以外に追わせる気かと考えたら、ちらと横井の顔が頭をよぎっていった。自然と言及する声に熱が篭もるのを感じつつ、話す。


「キャップも知ってのことでしょう。vtuberが世に現れて早七年。物の始めこそ失笑を買いもしましたが、オタクの心を鷲掴み、飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長していった。いくら虚業といえども、今や億という金を動かす一大産業にのし上がったんですよ」


 差し出した週刊誌は横にずらされた。


「そんな事はわかっとる」


「いえ、キャップはわかっていませんよ。virtualityといったら、vtuber業界でも一二を争う最大手の会社です。ゲーム、歌、舞台と分野のある中でも、女vtuberをアイドルとして売り出した狙いが世に受けました」


 週刊誌を滑らせて、再び目の前へと戻す。そうしてから、virtualityが公然と掲げているキャッチコピーを復唱して聞かせた。


「会いにいけるアイドルを上回った存在、毎日会えるアイドル。横に寄り添った風に感じさせるそのイメージ戦略が功を成したんでしょう。淋しい人間がごまんといる、このご時世では甘い言葉に聞こえます」


 物言いたげな視線がこちらを向いたので先を急ぐ。矢継ぎ早に言った。


「神無利かざりはそんなvirtualityの中でも、上位陣に位置しています。そんなアイドルが殺人の容疑で逮捕され、実名報道されたのがおよそひと月前。世の注目を集め──」


 一度止め、スウッと深く息を呑み込む。やはり軽い。毒を吐こうとするこの場には相応しくない程、清浄された空気だった。


。そんな事がありますか。このヤマ、絶対何か裏がありますよ。俺に追わせて下さい」

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