人気アイドルvtuber、彼氏バレを回避すべく人を殺したと口走る

モグラノ

第1話 寺本巴の取材記録、一

「Vtuberを知っているか?」


 あの人は私に、そう訊いてきたんですよ。いいえ、何を言っているのだか。さっぱりとわからなくてオウム返しで返したのよ。ええ、そう、そうなの。初めて聞く言葉。家電か、何かの話かしらと思ったもの。


 ほら。最近はDVDとか、パソコンとか。横文字の機械が増えてきているでしょう? 私、昔から機械はぜんぜん駄目で。いつもうちの人にやってもらってたものですから。


 そんな私に聞いてくるのよ。

 

 知らないとわかったら不機嫌になって。ええと何だったかしら。じゃあ、なんとかも知らないんだなって言ってきたの。ほら、あの。あれよ、あれ。やあねえ、この年になってくると物忘れが激しくなってきて。


 え? コメント? スーパーチャット? 


 さあ、どうだったかしら。そんなだった様な気もするし、そうじゃなかった気も。ううん、駄目ね。思い出せそうもないわ。あら、やだ。ごめんなさいね。


 ほら、そういうのって若い子達の流行りじゃないの。こんなおばさんに訊いてくる方がどうかしていると思わない? だから私、心配になってきたの。何をって、うちの人がボケてきたんじゃないかと思って。


 仕事一筋、云十年。家庭をまるで顧みずに過ごしてきた捜査の鬼、寺本銀二郎てらもとぎんじろうも。ああ、あの人がね。自分でそう話すのよ。可笑しいでしょ。私もね、ずっと冗談半分に聞いてきたのよ。あまり仕事の話をするような人でもないし、本当だとは思わないじゃない。


 趣味もないような人ですから。定年退職してからというもの、毎日手持ち無沙汰。日がな一日、何をするというわけでもなくただぼうっと過ごすばかりでね。私も元々心配していたの。老け込むばかりよって。


 でも私が言っても聞かない人ですもの。物忘れが激しくなる一方、寄る年並みには勝てずにとうとう衰えが来たのかと思ったのだけど。私の思い違いだったみたいね。


 まさか、あの人が。そんな事をね。


 vtuber、だったかしら。私は今もあんまり良くわかっていないのだけど。お若いし、そういうものは記者さんの方がお詳しいのでしょう。まあ、お上手だこと。おばさんを褒めた所でなにも出てきやしませんよ。アバター? それは、あの動く絵のことを言っているの? あら、そう、そうなの。人の動きを。カメラで。それで動かすの?


 あら。じゃあ、人形劇みたいな事ね? へえ、すごいわねえ。人が動かしてたの。あの人達は、どうして絵に入っているの? 何をする人たちなの? え、ゲーム配信。ゲームをしている所を人に見てもらうの? どうして絵に入ってゲームをしているの?


 そうなの。人気があるの。見ている人が多いのね。その人たちは見てどうするの? コメント、文字を打つのね。へえ、難しいのね。ごめんなさいね。やっぱり、私にはよくわからないかも知れないわ。


 いいえ。うちの人がそういうvtuberの方を見ている所、家で目にしたことはないの。ゲームなんて全然やらない古い人なのよ。お正月とかお盆にね。孫のりくちゃんが遊びに来たとき、手を引かれて触るくらいじゃないかしら。ゲームが弱いお爺ちゃんに教えてあげるって、陸ちゃんも張り切ってね。


 そうなの、初孫だから。あの人も随分と可愛がっていて、自分の子どもの時にもあれくらい構ってくれていたらなんてね。あら、孫の話は関係なかったわね。忘れて頂戴。


 そんな風ですからね。あの人も私と同じでvtuberのことは知らなかったはずなのよ。その方は、何というお名前でしたっけ? 神無利かんむりかざりさん。そう、それはその動く絵の名前なのよね? うん、そうなのね。本名は高枝恵子たかえだけいこさん。有名な方なのよね? ニュースにもなるくらいですもの。


 ええ。どちらのお名前も報道で耳にしたのが初めてよ。お会いしたこともないわ。あの人の口から聞いた覚えもありません。そうなの。そんな大きな事をうちの人がしてきただなんて、まるで実感がないわねえ。


 こんな事になるとは思わないじゃない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る