第2夜 心地よい暗夜の中で
誰もいない夜の公園に、音楽が響く。
それは、こんな場所には似つかわしくない、キャッチーな王道のヒップホップであった。最近流行っているわけでもなさそう(僕自身も聴いたことがない)なその曲を、僕は求められてもないのに「ファンキー」だの「どこかポップ」だのと冷静に分析し、果てはリズムに乗りながらお汁粉をイッキしたが、よく考えてみればあんなところであんな曲が(しかもこんな真夜中に)流れているというのは、かなりの異常事態である。先述したヤンキー(笑)はさっきコンビニで見たから、今頃おばさんに敗北し、すごすごと家に帰って酒でも飲んでいるだろう。となると一体、誰が?
こんな夜中に非常識だな(お前も大概だ by作者)と思いつつ先述した公園に再度足を運ぶと、まだあの曲は流れ続けていた。僕は公園をひょいと覗き込み、そして息を呑んだ。
見るからにファンキーなピンク髪のライダースーツの女性が、僕が座っていたのとは反対側のベンチで、酒を片手に足を組んで座っていた。
その視線の先では、長い銀髪の小さな少女が、くだんの楽曲のリズムに合わせて激しく踊っていた。
その2人を見つめる僕は、一連の怪奇(というほど大したものでもない)現象の正体が、案外普通であったことに失望していた。僕はなんというか、もっと非現実的でアンナチュラルなものを想像していたのだが(まぁ、こんな時間に2人して公園でこんなことをやっていることに関して言えば、アンナチュラルであると言えなくもないが)。そんな感じで多少興は削がれたものの、彼女らがこの宵闇の中で一体全体何をしているのかは、やはり気になる。
思い切って声を掛けてみることにした。
「あの、何してらっしゃr」
「おーっし、悪くねぇダンスだったんじゃね!?」
突然叫んだのはピンクの方の女性だった。うるせぇよ声デケェよ。こんな夜更けに何騒いでんだこんちくしょうめ。しかも聞いてないし。そういえばこの人、さっき酒飲んでたな。酔っているのだろうか。だとしたら僕としてはこの夜の平穏を守るため、即座にお引き取り願いたいところである。酔っ払いが深夜徘徊をかますのは風紀上よろしくない。何より警察の目が厳しくなる。
ということで、Take2といこう。今度は少し語気を強めて…
「あの、こんなところで何をs」
「サビの振り付けは見直す必要があるかもな!ただ、他に関しては特に問題はねェと思う!この調子でやってけ!」
だ・か・ら・さァ!まぁたアンタかよ、ピンクさん!
話を聞けって!ほろ酔い通り越してガチ酔いだなこいつ!そろそろ怒るぞ!
「あんたら、こんな夜中に何やってn」
「よっし、んじゃそろそろ帰るかァ!」
「人の話を聞けぇぇェェェ‼︎ …あっ」
…やだ、なんてこと…。つい見ず知らずの酒カス野郎に怒鳴ってしまった。これはブチギレ確定ルートかと、僕は身を強張らせる。そんな僕に彼女は…。
「…おい、なんか聞こえたような気がしたんだが…、気のせいだよなァ?」
と、横の銀髪さんに尋ねていた。
…もう、いい加減にしてくれ。
「いやぁすまねぇな!反応が面白ェもんで、ついからかっちまったわ!」
僕は彼女らと共に、近所の某チキンが美味しいコンビニで飲み物を買っていた。なぜこんな状況になったのか自分でもわからない。わからないのだが、いつの間にか一緒に飲み物を買いに行くという流れになっていたのである。
僕がジュースを吟味していると、横から現れたピンクさん(名前はアルカさんというらしい)が、すいっと僕に何かの缶を手渡した。なんだか見覚えのない缶である。新発売のジュースかしらと手に取り、商品名を見る。
『アサ○スー○ードライ 限定生ジョッキ缶』
「ふざけてんですか」
「何言ってんだ、ここまで来て○ーパード○イ以外に買うもんなんかねぇだろ」
「未成年に対して流れるように酒を勧めないで⁉︎」
ほんとに馬鹿なのだろうかこの人は。この人の辞書に「アルハラ」という言葉は存在しないのだろうか。もしくは脳みそまで酒粕にでもなってしまったのだろうか。
「どうだ、奢ってやるぜ?アタシ優しいだろ?」
「とりあえずアンタがどうしようもねぇ酒カス野郎だってことはわかりました」
「ひでぇ!」
「さっきの言動考えてくださいよ!ひでぇのはどっちですか!」
「私は野郎じゃねェぞ!ピッチピチのお姉さんだ!」
「そこ⁉︎あと地味に表現がジジ臭いです!お姉さん感がさらに薄くなってますから!」
「くぅ〜、なんとか言ってやってくれよコハネ〜!」
どうやら、銀髪さんはコハネさんというらしい。僕らがコハネさんの一挙手一投足に注目する中、彼女はゆっくりと口を開き、一言。
「アルカさんは25さ…ムグッ」
「わーわーわー!言うな言うなー!」
予期せぬタイミングで年齢を暴露されたアルカさんが、コハネさんの口を無理やり塞ぐ。
「ちなみに私は18歳」
「お前のも言わんでいいっ!」
真っ赤になった彼女の姿に、僕は思う。
あぁ、この人割とタイプだわ。
「ちょっ!お前、声に出てる!」
「え、マジですか⁉︎恥ずかしっ‼︎」
どうやら声に出ていたらしく、僕は全力で顔を赤らめてしまった。当のコハネさんは「他人と自分の年齢をあっさり暴露」という自分の行いを振り返りはしても、恥じらうような素振りはない。そのメンタルを僕にもくれと、僕は声を大にして言いたかった。
その後は奢ってもらった飲み物(ちゃんとジュースだよ!お酒じゃないよ!)を飲みながらぶらぶら歩いた。
すると突然、アルカさんが「いいとこ教えてやるよ」と、快活に笑いながら言った。先程彼女らと出会った公園の近くに2人の隠れ場(溜まり場)があるとのことで、僕もそこに少しお邪魔させていただくことになったのだ。
そこは、「メゾン3O’C」という、廃墟同然のオンボロアパートだった。
その333号室が、彼女らの溜まり場だった。
アルカさん名義で借りているその部屋は、コハネさんの衣装と思しきパーカーやTシャツ、ジャージなど(いずれも白を基調としたもの)がクローゼットへ無造作に並び、ちゃぶ台には夥しい数のビールの缶が陳列されているという、なんとも清潔感には欠ける部屋だ。まぁ綺麗とは言い難いが、「溜まり場」と言われれば納得の状況である。
しばらくの間、僕はそこで彼女たちと話し、お菓子をつまみ、古いテレビにテレビゲーム機を繋いで遊んだ。
「次はいつ来るんだ?」
「次って何です?」
コントローラーを弄ってコハネさんのキャラをハメ殺しつつ僕がそう言うと、アルカさんは豪快に笑い、
「なぁに言ってんだ!この夜に出会ったからには、アタシらとアンタは同類だ!これからも楽しくやってこうじゃねェの!」
そうだよなァ、と彼女がコハネさんの方を向くと、コハネさんは小さく、しかし確かに頷き、僕におずおずと右手を差し出した。
「…よろしく。アキさん」
「…うん。これからもよろしく」
僕らは固く握手をした。
「……ん、ちょっと待って」
「……ギュッ(手を強く握りしめる音)」
「ちょっ…コハネさん痛い!痛いからやめっ…ちょっタンマ!」
自キャラをハメ殺しにされたコハネさんの怒りは、重かった。
その後、酔ったアルカさんが何やかんやで握手をする僕らに飛びつこうとし、途中でこけてビールを頭から被ってしまっていたのは、本人の名誉のために黙っておくことにする。
ひゅう、ふわり、と。風が吹く。
3人だけしかいない喧騒の中、背中に柔らかな風を受けながら、僕は不意に空を見た。
今宵は満月。月が近い。
鈍い光は、あぶれ者の僕たちだけを照らしている。
うっすらと、そして、確かに。
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