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 それから何日経ったんだろう。徐々に良二はここの生活に慣れてきたし、労働にも慣れてきた。だが、早く人間に戻って、オンラインゲームをしたいという気持ちもある。ここに来て何日経ったんだろう。全くわからない。だけど、1週間ぐらいは経っただろう。


 そんなある日、1匹のアリが倒れている。どうしたんだろう。病気だろうか? 良二は心配になってきた。このアリを助けないと、死んでしまうかもしれない。


「大丈夫か?」

「もうだめだ・・・」


 良二の話しかけに、アリは何とか応じている。このアリは、先日やって来たばかりだ。このアリもかつては人間で、ニートだった。両親がクロアリさんのニート支援センターに依頼して、このアリ塚に連れてこられた。だが、なかなか更生しなかったためになかなか人間に戻れず、アリのままでいる。さらに、全く働かないままでいるので、満足な食事も与えられていないようだ。


「どうした?」

「毎日がつらいんだよ」


 アリは息を切らしている。明らかに死がそこに迫っているようだ。良二にもそれがわかった。だけど、自分には何もできない。無力な自分がむなしい。


「つらいのはわかるが、これが義務なんだよ」

「わかるけど、もう耐えられない!」


 その時、アリがやって来た。そのアリは怒ったような表情をしている。死にそうなアリを叱っているようだ。死にそうなのに容赦はないようだ。


「情けない! どんな生き方をしてきたんだ!」

「もういいんだ! また好きな事をしたいんだ!」


 息を切らしながら、アリは必死に訴えている。だが、そんな怒りはアリには届かないようだ。アリは死にそうなアリを蹴った。良二はその様子を呆然と見ている。


「何を言ってる!」

「もうこんな生活耐えられない!」


 アリは泣いてしまった。こんな生活、やってられない。生きていてしょうがない。早く死にたい。


「根性ないな! こんな状況じゃ生きていけないぞ!」

「えっ・・・」


 喝を入れられたアリは呆然としている。


「みんな、誰かのために頑張って、生きていかなければならないんだよ! お前はいつまでも親のすねをかじって生きているだろう。自分で頑張ろうと思っていないだろう」

「う、うん・・・」


 その言葉は、良二の心にも響いた。自分もそんな風に生きてきた。ここで頑張っていなかったら、あのアリのようになっていたかもしれない。ここで頑張らないと、アリのままで死んでしまう。


「こんな風に生きていたら、まともな人間になれないぞ! ここにいる奴ら、みーんなニートだったんだ。家族の契約でここにやって来たんだ」

「そんな・・・」


 アリは呆然としている。ここにいるアリの中には同じ境遇の人がいるなんて。


「本当だよ! お前もそうだし」

「そ、そうだったんだ。だから、更生してほしいと思って、ここに連れてこられたんだ」


 アリは涙を流した。家族に迷惑をかけてしまったから、ここに連れてこられたとは。人間に戻って、家族に謝らないと。そして、就職活動をして、早く就職しないと。


「お父さん、お母さん、ごめん・・・。俺、頑張るよ」


 それを見て、良二はアリの頭を撫でた。アリは良二の優しさに驚いている。こんなアリもいるんだな。


「頑張ったら、また人間に戻れるから、頑張ろうな!」

「うん!」


 アリは少し勇気が出てきた。頑張れば、元の人間の姿に戻れる。そして、家族の元で暮らせる。

 しかし、アリはだんだん意識が薄れてきた。良二には何もできない。


「大丈夫?」

「もうだめだ。もう俺はこのまま死んでしまうんだ」


 徐々にアリは意識が途切れ途切れになってきた。もう死はすぐそこのようだ。良二は生きてくれと励ましている。


「お前、人間に戻れるように、頑張れよ」

「ああ。頑張るさ」


 だが、アリは地面に倒れ、動かなくなった。死んだようだ。だが、良二にはそれが理解できなかった。まさか、こんな事になるとは。


「おい! おい!」


 良二はゆすった。だが、アリは動かない。そして、体がだんだん熱を失っていく。


「し、死んだのか?」


 すると、死に気づいたように、別の働きアリがやって来た。何をしようというんだろうか? まさか、葬式だろか?


「そこらへんに捨てておけ!」

「はい!」


 それを聞いて、良二は驚いた。まさか、捨てられるとは。頑張っていなければ、自分もこんな風に捨てられるんだろうか? そんなのは嫌だ。


「そんな事になるなんて・・・。自分も頑張らなければ、こいつのように雑に捨てられるのかな?」


 良二は捨てられる様子を呆然と見ていた。ひょっとして、現実もそうなんだろうか? できない人はクビにされ、このように社会から捨てられるんだろうか?




 その後、良二は徐々に力をつけてきた。ここでの生活にすっかり慣れ、作業もしっかりとこなせるようになった。だが、良二には心残りがあった。両親の元に戻りたい。謝って、就職活動をしたい。そして就職して、家を支えたいんだ。


「お前、なかなか良く頑張るな。どうした?」


 アリは温かい目で見守っている。やって来た時とは表情が明らかに違っている。良二に期待しているようだ。あれだけいやだいやだと言っていた良二がここまで成長するとは。アリはみんな、驚いていた。


「人間に戻りたいから。そして、仕事を見つけないといけないから」


 良二は一生懸命な表情だ。やはりそう思っているか。でも、人間に戻れたアリは、そんなにいない。良二は人間に戻れるんだろうか?


「お前、変わったな。どうした?」

「人間に戻れずに死んでいったアリのためにも、頑張らないといけないんだ!」


 良二の脳裏には、先日亡くなったアリの事が浮かんでいた。こいつのためにも、人間に戻って生きなければ。そうすれば、天国の彼も喜んでくれるかな?


「そっか。この調子で頑張っていけば、人間に戻れるぞ!」

「本当?」


 良二は驚いた。まさか、人間に戻れる可能性があるとは。そう聞くだけで、良二は嬉しくなった。


「ああ」

「でもな、人間に戻っても、頑張らなければいけないんだよ」

「わかってるって!」


 良二は張り切っている。きっとここは社会の厳しさを教えてくれる学校のような所だ。ここを出て、人間に戻ってからも、就職活動をしなければならない。そして、就職して、頑張らなければならない。ここを出てからが勝負なんだ。

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