ありとニート

口羽龍

1

 谷良二(たにりょうじ)は25歳、無職。だが、ハローワークなどの就職活動はしていない。いわゆるニートだ。毎日、好きなオンラインゲームなどをやって暮らしている。両親は共働きで、家計はそんなに苦しくない。だが、両親は早く就職してほしいと願っている。だが、良二は全く就職しようとしない。何度も説得しているが、暴力をするばかりで、就職に向けた動きすらしない。何度も呼び出し、就職するように促した。だが、それでも聞こうとしない。そしてそれどころか、一緒に食事をしようとしないし、風呂に入ろうともしない。部屋はとても臭く、両親すら入ろうとしない。食事は部屋の手前まで母がお盆に載せて持ってくるという。それを良二がこっそりと取って、部屋で食べるという。そんな生活が何年も続いている。誰もがあきれる生活だ。早く一人前になってほしい。だがそれは、かないそうにない夢のように思えた。いつまでこんな息子のすねをかじられなければならないんだろう。将来への不安しかない。


 今日も良二は朝からオンラインゲームばかりしている。深夜でもその音が聞こえる。耳障りで眠れないし、いつまでも親のすねをかじって生きている事が許せない。しびれを切らした父は、部屋に向かった。今日こそ良二をハローワークに行かせるんだ。そして、就職活動を促すんだ。


 父は部屋の前にやって来た。いつものように、部屋からは異臭がする。近づくのをためらいたくなる。だが、注意せねば。


「良二、働きなさい!」


 すると、その声に反応するように良二がやって来た。良二はロン毛でひげだらけ、そして太っている。大学を中退した頃と比べ物にならないほどだ。あの頃は美青年だったのに。オンラインゲームでこうなってしまった。


「うっせぇな!」


 だが、良二は恐ろしい口調で父を突き飛ばした。部屋の先は階段になっていて、突き飛ばされた父は2階まで転げ落ちた。もう何度目だろう。こんな暴力だけされている。どうすれば良二はいい子になるんだろう。絶望でしかない。


「いったー!」


 父は痛がった。その様子を良二は、冷たい目で見ている。父に歯向かっているようだ。


「二度と来んなよ!」

「ご、ごめんなさい・・・」


 結局、また突き落とされた。何度目だろう。何度、その説得は失敗に終わるんだろう。全く出口が見えない。


 1階には、良二の母がいる。母は食器洗いをしていた。


「どう?」

「なかなか働こうとしないよ」

「ダメか・・・」


 母は肩を落とした。いつになったら就職活動をしてくれるんだろう。いつまでも親のすねをかじらずに、自立してほしい。成長してほしい。なのに、全く解決策が見つからない。


「早く仕事をしてほしいと願っているんだけどね」

「このままではうちの将来が不安よね。どうしよう」


 父も不安だ。このまま親のすねをかじり続けて、2人とも死んだらどうなる。良二は家を失い、ホームレスになり、寂しい最期を迎えるかもしれない。そんな事になってほしくない。仕事をして、立派に成長して、豊かな生活を送ってほしい。


「頑張ろう」

「うん」


 母は時計を見た。そろそろ10時だ。スーパーマーケットが開く時間だ。そろそろ買い物に行かないと。


 母はスーパーマーケットに向かった。スーパーマーケットは歩いて10分の所にある。母はいつも、自転車で向かっている。


「はぁ・・・」


 だが、母は乗っている時でも良二の事を考えていた。どうしたら就職活動をするんだろう。なかなか答えが見つからない。


 母はスーパーマーケットにやって来た。スーパーマーケットには、開店直後から多くの人が来ている。とても賑やかだ。母は彼らを見て思った。彼らの子供は就職しているんだろうか? 就職していたら、自分がニートの良二の母であることがとても恥ずかしい。


 と、スーパーマーケットの入口で、ある男がビラを配っている。その男は体格のいい青年だ。とても力持ちのように見える。


「よろしくお願いしまーす!」


 母はスーパーマーケットに入る時に、そのビラを手に取った。だが、母はビラに全く興味がない。すぐに捨ててしまうだろう。


「ん?」


 と、母はある言葉が目に入った。




 お宅のニート、鍛え直します


 電話一本で、あなたのお宅に伺い、ニートを更生施設に連れていきます。


 実績は十分! 1か月程度でニートを鍛え直し、就職活動を促すようにします!


 クロアリさんのニート支援センター




 母は首をかしげた。見た事のない企業だ。一体何だろう。だけど、どこか期待できる。うちにはニートがいる。


「何だろう、このチラシ」


 母は少し考えた。この人たちに相談してみるか、それとも無視するか。


「うーん・・・」


 母はスーパーマーケットの帰りでも、その広告を気にしていた。広告を気にするなんて、全くなかったのに。どうしたんだろう。




 昼食、両親はいつものようにダイニングで食事をしていた。良二がいると、もっと楽しいのに。もう何年もこんな状態だ。いつまでこんな食事風景が続くんだろう。


「どうしたんだい?」


 ふと、父は母の表情が気になった。何か、考え事をしているようだ。いつもと表情が違う。何か気になる事があったんだろうか?


「今日ね、買い物の帰りにこんなチラシを見つけて」

「どんなの?」

「こんなの」


 母はあのチラシを出した。父はその広告を見て、ハッとなった。ニートを鍛え直す、何か期待できそうだな。だけど、クロアリさんのニート支援センターって、聞いた事がないぞ。


「お宅のニート、鍛え直します? なかなかいいよね。良二がこれで本気になるかな?」


 父もそのチラシに興味津々だ。よくわからない団体だけど、この人たちに任せてみようかな?


「やってみよう」

「そうだね」


 母は受話器を取り、チラシに書かれている電話番号に電話をした。


「はい。クロアリさんのニート支援センターです」


 すぐに電話が通じた。優しそうな女の人の声だ。本物のオペレーターのような声だ。


「もしもし、お宅でニートを鍛えているってチラシで見たんですけど、本当ですか?」

「はい」


 母はほっとした。広告の事は本当だった。ここなら良二が更生するかもしれない。


「できれば、うちの子をお願いしたいんですけど、谷良二っていう子です」

「わかりました、住所をお願いします」


 母はここの住所を話した。女の人はその住所をメモ帳に書いていく。


「ありがとうございました。近々、行かせていただきます」

「ありがとうございます」

「本日はご依頼、ありがとうございました」


 電話が切れた。両親はほっとした。悪い人ではなさそうだ。この人なら、良二を鍛え直してくれそうだ。早く更生して、就職活動をしてくれないだろうか?

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