オーロラの雨

クロノヒョウ

第1話



 いつかは別れなければならないことはわかっていた。


 家庭を持ちながら若い梨沙と付き合いだしてもう一年が経つ。


 海外出張が多い仕事のおかげでこんなにも長く誰にもバレずに梨沙との関係を続けることができた。


 家庭がうまくいっていないわけではないし妻のことももちろん愛している。


 ただ梨沙と一緒に居ると自分も若い頃に戻ったようにパワーが溢れ、心も身体も元気になれる気がしてずるずると梨沙を海外に連れ回してしまっていたのだ。


 梨沙は全てわかっていて何も聞かず何も言わずにただ黙って俺の誘いに嬉しそうについてきてくれる。


 そんな可愛くて愛しい梨沙のことをそろそろこんなおじさんから解放させてやりたいとはずっと考えていた。


 梨沙の将来を俺が邪魔してはいけない。


「あっ! 見て! 出たよオーロラ!」


「ああ、本当だ」


 これを最後にもう会うのをやめようと連れてきた異国の地。


 仕事も一段落しオーロラが見られるツアーにやってきた俺たちの頭上には幻想的な緑色のカーテンが輝いていた。


「綺麗」


 感動しているのか梨沙の目から涙が流れた。


 頬を伝う涙に緑色の光が映り梨沙の顔がまるでオーロラの雨にうたれているかのように輝いた。


 上を見上げたまま立ち尽くす梨沙の肩を抱いて分厚い手袋をはめた手で梨沙の涙をぬぐった。


「綺麗だね」


 そう返事をしたものの俺はオーロラよりも梨沙のことを目に焼き付けようとずっと梨沙を見つめていた。


「私、見つけたんだ」


 真っ直ぐにオーロラを見上げたまま梨沙が言った。


「あなたの隠れ家、見つけたよ」


「俺の隠れ家?」


「うん」


 梨沙には家庭があることも話しているし何も隠し事はない。


「えっ、何?」


「もう、お別れなんでしょう? 私たち」


 梨沙から聞くその言葉の針が俺の胸をチクリと刺した。


 終わりにしようとずっと思っていたはずなのに、いざ言葉になると痛いほど胸が締め付けられる。


「……ごめん」


「謝らないで」


「俺が全部悪いんだ。梨沙をこんな俺に付き合わせてちゃ悪いってずっと思ってた。でも梨沙と別れたくもなかった。本当にごめん」


「私は楽しかった。いろいろな国に行くことができたし、最後にこんな綺麗なオーロラだって見ることができた」


「梨沙……」


「本当はずっと続けばいいって思ってたけど、あなたの心の中に隠れ家を見つけちゃったから」


 梨沙は止まることのない涙を流しながらやっと俺の方を見た。


「あなたはずっと、さようならを隠してたんだね」


 そう言って無理矢理笑顔を作ろうとする梨沙。


「梨沙!」


 俺は梨沙を強く抱きしめた。


 できることなら離れたくない。


 俺がもう少し若ければ、俺たちがもう少し早く出会っていたなら。 


「今まで本当にありがとう」


「俺の方こそ、本当にありがとう」


 年甲斐もなく俺の目からも涙が溢れて止まらなかった。


 梨沙を抱きしめていた手を緩めて顔を見合わせた。


「ふふ」


 泣いている俺を見て梨沙が笑った。


 俺たちはオーロラの雨に濡れた顔をお互いに手袋をはめた手でぬぐいあった。




          完





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