街で見つけた一大事

第26話 憂さ晴らし

 クリス達が普段いるナナレンも、ここカーバニアも、王国全体から見れば同じアスター領ということで一括りにされがちだ。

 だがそれでも、場所が変われば人や文化もそれなりに変わってくる。例えば、食べ物の味付けもそうだ。


「あっ。これってナナレンとは味付けが違うんですね」


 街を歩きながら、クリスは出店で買ったばかりの料理を頬張っている。

 その格好はいかにも庶民的で、昨日まで着ていたドレスとは大違い。だがクリスにとっては、この姿の方がよほど気楽だった。


 彼女が今食べているのは、肉や野菜を薄いパン生地で巻いたもので、特別珍しいものではない。しかし普段ナナレンで食べてるものと比べると、甘い味わいとなっている。反面、刺激は控えめだ。


「ナナレンは香辛料の流通も盛んだから、それで違いがでているんだろう。どちらかというとこっちの方が一般的だ」


 そう言うヒューゴも極めて簡素な身なりをして、これだけ見るととても貴族とは思えない。


 とはいえ、ここは領主館のある高級街からは離れた下町通り。

 こういう格好でいる方が自然だ。


 この二人。当初の予定では、今ごろナナレンへの帰路についているはずだった。だが朝食事をとっていた時、ヒューゴがこう言ってきた。


「夜会でつまらん思いをしただけで帰るのはもったいない。憂さ晴らしに街に行って息抜きしてこようと思うが、お前はどうする?」


 カーバニアの街なんて、次はいつ来れるかわからない。なによりヒューゴ抜きで屋敷に留まるなんて、退屈でひどく居心地が悪くなりそうだ。


 こうして、二人で街へと繰り出したのだが、まさかヒューゴがそんなことを言い出すとは意外だった。普段なら、予定を変えて遊びに行くなどとても考えられない。

 だが昨夜のことを考えると、気晴らしの一つもしたくなるのも当然かもしれない。


 今のヒューゴは、格好も食べているものも、極めて庶民的。だが本来なら、こちらの姿の方が自然だったのかもしれない。もしも彼がアスター家に引き取られることなく母親の元で一緒に暮らしていたら、今ごろどうなっていただろう。

 昨夜の話を思い出し、ついそんなことを考えてしまう。


「気に入ったのなら、こっちも食うか」

「ふぇっ?」


 不意に、ヒューゴがそう言って左手にをつき出すと、さっき食べたのと同じ物を、さらに二つ持っていた。


「隊長、どれだけ買ったんですか?」

「俺の分とお前の分、二つだけだ。だが買う時に、サービスだと言われて渡された」

「いや、そんなサービスないですよ」


 どういうことかと、買い物していた出店に目をやるが、その瞬間、なんとなく理由がわかった。


「総隊長。サービスしてくれたのって、あの女の人ですよね」


 出店には一人の女店員がいて、時折ヒューゴにチラチラと視線を送っていた。

 が、隣にいるクリスと目が合うと、とたんにつまらなさそうな顔をする。


「あの人、総隊長にアピールするためにやったんじゃないですか?」


 普段近くにいるからある程度慣れてはいるが、ヒューゴは息をのむほどの美形だ。少しでもお近づきになれたらと、女性の方から仕掛けてくるのも珍しくない。

 だが、それを聞いてヒューゴはこう言う。


「言うな。気づかぬふりをしろ。俺にとっては迷惑以外の何物でもない」


 どうやらヒューゴも、おおよその理由は察していたらしい。だがそこに一切の喜びはなかった。


「で、いるのかいらないのか?」

「いただきます」


 ヒューゴのためにサービスしてくれた店員には悪いが、まだまだ腹に余裕はある。ありがたくいただくことにした。


「それで、次はどこに行くんですか?」


 嫌な気分を発散させたいのなら、とことん付き合おう。そう思ったのだが、ヒューゴは歯切れ悪く言う。


「どうしたものかな。正直、あまり考えてない」

「えっ。それでここまで来たんですか?」

「仕方ないだろ。趣味も道楽も録に知らんのだから、食べるくらいしか思いつかん」


 確かに、ヒューゴが仕事以外の何かに熱をあげる姿など見たこともない。

 しかしだからといって、このまま帰ってしまってはなんだかもったいない。


「クリス。お前は、どこか行きたい場所はないか?」

「えっ? 私ですか?」

「ああ。そこに行く」

「えぇっ!?」


 予想外の言葉に、はたと困る。

 この街に来たのは初めてだが、ザッと見た時気になる場所はあるにはあった。だが、そこにヒューゴを連れていっていいものかわからない。


「私じゃなくて、総隊長が行きたい所に行くべきじゃないんですか?」

「だから、その行きたい場所がないんだよ。それよりは、お前の意見を参考にした方がいい」

「そうですか。なら行きますけど、本当にいいんですね。つまらないかもしれませんよ」

「くどい」


 こうして、なぜかクリスの行きたい場所へと行くことになったのだった。

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