残り 1日
いつものネカフェのシートの上で、修吾は少し酔いのまわった頭でボケッと天井を眺めていた。初めて気が付いたが、天井には収音材らしき凸凹としたスポンジが貼られている。
奏多が修吾のために作ってくれたらしい角煮は掛け値なしに美味かった。家にある材料と、スーパーで適当に買ってきた食材で作ったとは思えないほど。その美味さについ酒が進んでしまった。
─美味かったのか、美味いと思ったのか、どっちだ。
修吾はついそう考えそうになり、目をつぶってそれを頭の隅に押しやる。
結局今日は一つも質問しないまま終えてしまっていた。彼女に問うべきことを見つけられないまま。
隆宏たちと飲んだときに言った『どうせわかるはずないと思ってんだよあいつは』という自分のセリフが脳内に反響した。
彼女の予想通りに、自分は負けるのかもしれないと思うとやるせない気持ちになる。
『十六だぞ、ガキだろ』続いて聞こえて来たその言葉は、あの時とは持つ意味を変えてしまっていた。
そう、彼女はまだ子供だ。子供は子供だけの世界の中で、経験すべきものがたくさんある。
『ほっとけば』拓海の言葉が追いかけてきた。
─そうだ。危なくないのなら、別に詮索する必要も無いはずだ。
それでもどこからか湧き出るやりきれなさが後ろ髪を引いた。
修吾はもう白旗を上げるつもりで、ただ自分を慰めるように彼女とのやり取りを回想する。
ウリではない、それは良かった。
けれど、買って『くれるか』、という自らを貶めるようなその
父親の件で自分の失言に動揺した彼女。その時に見せた冷たい表情。
『家の中お葬式だった』。その言葉に、いつか見た常識人らしい母親の姿を思い浮かべる。
母親の話を持ち出した時の奏多の気のない態度。もしかしたら、母親と上手くいっていないのかもしれない。
そんな母親と二人きりの家で過ごす彼女はいったい何を思うのだろうか。
あんな喋り方をする割に几帳面で正しく言葉を選ぶ少女。
汚れと散らかりは違う、整理整頓されたノートは気持ちいい、質問がいっぱいある、定義がしっかりしてる…初めは小うるさく思っていたはずのその喋り方も、この五日間で─慣れてしまった。
…定義がしっかりしてて答えやすかった?ふと修吾は疑問に思う。
彼女はいつも適切な言葉を選ぶ。それを前提に考えれば、つまり『定義があいまいだから答えにくいことがあった』ということにならないか。
そこまで考えて修吾は勢いよく体を起こした。何かがつながりそうな気配がした。
彼女が答えるのに戸惑った問いは何だったか。その迷いが、定義の曖昧さからくるとしたらどういう意味になる?
自分がひっかかりを感じたのはどこだったか。奏多が買っておいてくれたスポドリを飲んだ時。長谷川と成瀬と話している時の違和感はどこから来た?ニュースのヘッドライン。闇タグ。
その各所が星座を紡ぐようにつながった時、そこに現れた形に修吾はヒュッと息を呑んだ。
心臓の鼓動が急に早くなり口から飛び出そうになる。それを修吾は口を強く掴んで押しとどめた。
うそだろ。やめろよ。
その考えを否定する証左を彼は必死に探した。探して探しても、考えても考えても、それでも、彼女とのやり取りの中でそれを否定するものは何も出てこなかった。
それが顔のあざにどうつながるかは分からなかったが、それでもようやく彼が見つけた証拠はそれが事実だと裏付けていた。
最悪だ。
…最悪だ。
「馬、…ッ鹿じゃないのか、お前…!」
しばらくそのまま動けずに固まっていた修吾はやがてスマホを取り上げて、ある人物にメールを送る。
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