生前葬⑩

 あんな事があっても、俺はいつもどおり深夜から朝まで仕事をこなした。

 電話の件について気になって宵越さんにそれとなく聞いてみたけれど、全く身に覚えがないようだった。

「俺がお前に電話なんかするかよ。寝ぼけて夢でも見てたんだろぉ」

 確かにへし折ったはずの携帯は元通りポケットに入っていたし、着信履歴にも何も残っていなかった。あれは宵越さんだったのか、はたまた違う何かだったのか。もし声に従ってドームを出ていたら、俺は今頃どうなっていたんだろう。


 無事に納期を終えて次の仕事まで間があった俺は、唯一村を離れて生活しているという御陵雅秀の人探しを探偵に依頼した。依頼料だけで口座の残高が底を尽きたが、後悔はしていない。

 探偵からの報告を待つ間、近くのインターネットカフェで過去の地震や土砂崩れのニュースを片っ端から漁ってみた。

 すると、今から12年前に東北地方で発生した大地震により大規模な土砂崩れが発生し、複数の村が壊滅した旨のニュースが載っていた。

 その一つが保憶村というわけだ。

 観光客も含め、村の住民の大半が土砂に埋もれたホテルから遺体で見つかったが、ホテル従業員の御所礼香、祈乃理時生、後鳥羽綾音の3人は未だ行方不明のままだという。

〈あそこだ〉

 俺は直感的にそう思った。俺が落下して気を失った、ききゅうさまのいるあの中心。きっと3人は今もそこにいる。

 自分達がまだ発見されてもいないのに、何でずっと俺を探してたんだ?俺に見つけて欲しかったのか?

 そんな状態なのに、なんで自分より他人の事を願えるんだ…。

 東北地方で起きた地震のことは他人の会話から何となく知っていたが、テレビも新聞も見ず、人付き合いもないから村のことなんて全然知らなかった。

 俺はこの時初めて情報を遮断するということがいかに愚かしい手段であるかを実感し、自分の無知を恥じるのだった。


「なんで俺だったんだろうな」

 あの時の一連の出来事を語り終え、俺は目の前にいる御陵に問いかける。

 御陵は俺と違って家も戸籍もあって、隠れてる訳でもないから特に苦労せず見つかった。

 探偵から俺の事を聞いた御陵は最初驚いたそうだが、事情を聞いて俺と会うのを快諾してくれたらしい。

「お前の事はさ、実際みんな気にかけてたんだよ。繋がりっていうかね。あの3人は特にそうだったと思うけどな。過去の同窓会でもお前の心配ばっかりだったよ。だから、今回みたいな事が起きても何ら不思議じゃない」

 御陵は大学で民俗学を教える先生だという。

「正直、村にいる時にそんな風に心配された記憶はないんだけどな」

「はは。それはさ、お前が見ない振りをしてたからだよ。あの頃のお前、余裕がなさそうだったしな」

「そう…なのかな」

 そうなのかも知れない。周りは全員敵だと思っていた。話しかけて欲しくなかったし、とにかく1人になりたかった。他人との距離感がよくわからなかったのもある。

「お前、今も各地を転々としてるんだってな。いい加減落ち着いたらどうだ」

「そうしたいのは山々だけど…。俺は、まだ怖い」

 留まるのが。俺という人間が固定化されてしまうことが。あの親にしてこの子あり。仲が深まれば、俺も両親と同じことをしてしまうかもしれない。そんな恐怖に苛まれて生きてきた。

「お前さ、村では他人の優しさを異常に警戒してなかったか?きっと今もそうなんだろ?」

「そりゃそうさ。見返りを求めないやつなんていないだろ。俺の父も母も、俺に酷いことをした後だけ優しかった。ばあちゃんは何でもかんでもききゅうさま、ききゅうさまだったし」

「お前の両親はそうだったかもしれない。けど、おばあさんは違う。信仰ってさ、言うなれば無償の愛なんだよ。郷土信仰が根付いたあの村もそれは例外じゃない。みんな困ってる人がいたら自分の家族以上にほっとけないんだ。そこに計算なんて存在しない」

「そんな人間が本当にいるのか?」

「いるさ。お前も見ただろ?お前が気づかないだけで、案外周りにいるもんだよ。思ったほど世界は冷たくない。まあ、お前自身もあいつらに会って変わり始めてるみたいだから、きっと近いうちに気付くさ」

「変わってる?俺が?」

 御陵は微笑みながら頷いた。こうして話していると、まるで先生と生徒みたいだなと思う。

「確かに…そう、なのかもしれない」

 今まで一切他人と関わらなかった俺が、探偵を雇ってまで休日に同級生と会っている。かつての俺なら考えられないことだ。

「じゃあ最後にもうひとつ。お前はききゅうさまの由来を知ってるか?」

「…いや、俺には全く。正直遠ざけてたからな。まあでも、名前から何となく気球を想像してた気がする。願う時に空を見上げるし」

 村にいた時も祖母から聞かされたことはないし、聞こうとも思わなかった。

「気球ね、俺も小さい頃はそう思ってたよ。でも実はそうじゃない。あれには二つの意味があって、漢字だと…でありとも書く」

 どちらも知らない言葉だった。

「どういう意味なんだ?」

「それは自分で調べなよ」

 御陵が悪戯っぽく笑う。

「そういや、あれから村を見に行ったのか?」

「いや、気持ちの整理がつかなくてまだ行ってない」

 正直行くのが怖い。俺には彼らの期待に応えて何かを返せる自信がなかった。

「あいつらはさ、きっと自分たちを見つけて貰おうとは思ってない。生きていても死んでたって、願うことは変わらないんだ。まだ次の仕事まで時間あるんだろ?最後に会いに行ったら喜ぶんじゃないかな」

 御陵と別れてから俺は改めて会話の意味を考える。あいつの言った事は半分も理解できなかったけど、とにかくもう一度村に行こうと思った。それが御陵の言う成長なのか、それとも人として当たり前の事なのかは俺にはまだわからなかった。

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