生前葬⑦

 3人の後に続いて記憶と寸分も変わらない長閑な田園の風景の中を行く。

「なあ、3人とも今もこの村に住んでるのか?」

 俺はずっと疑問に思ってたことを口にする。

「そうだけど。あたしは生まれてこの方この村から出た事ないし」

 綾音はさも当然だとばかりにそう言った。

「そうなのか。この村、確か高校なかったよな」

「私は県外の高校に行って、卒業後に戻ってきたの」

「俺と綾音はずっとこの村だな!つまり中卒だっ。わっはっはっ」

「自慢することじゃないっつーの」

「まあ、俺だって中卒だからな」

 学校なんて行かなくても多くを望まなければこうして仕事もあるし生活もしていける。大事なのは学力でも忍耐力でも要領の良さでもなく、。健康な肉体を維持し、ただひたすら仕事をこなせば良い。言われたとおりにできなくて怒られようと、日雇いの仕事なんて辞めずに居るだけで助かるものだ。

「それよか、驚くなよ?ほれ、あそこの山頂ぉ」

 時生が指す場所にはそれなりに立派なペンションのような建物が見えた。

「あれはホテル…か?まさか時生、お前そこの従業員なのか」

 その風貌で接客業は似合わなさすぎる。俺はパツパツのスーツを着て髪を七三分けにした時生を想像して思わず吹き出しそうになった。

「わはは、似合わんよなぁ。お前がいる時は寂れてたけど、今はSNSとかあるだろ?撮影スポットとか、温泉の功能とか、こんな村でもかなり繁盛してるんだよ。人生何があるかわからんな」

「従業員というより、私たちが経営者ってわけ。ききゅうさまも願いが叶うスポットとして人気でさ」

 確かに携帯やテレビを持っていない俺のような存在は稀だろう。秘境の様なこの村は、現代の若者にウケるのかもしれない。

 しかし、ききゅうさまをだしに使うのは罰当たりなのではないか?いや、それによって信者が増えるなら神様としてはその方がいいのか。

「その歳で経営者は凄いな。もしかして、他の同級生達もみんなそこで働いているのか?」

御陵ごりょうは県外の大学に行って、そのままそっちに就職したみたいだな。それでも同窓会には来てくれてたけどな。今日は訳あって来れないだけで、鋼太郎と苗場なえと御笠は今も一緒にいるぜ」

「へぇ、みんな結構残るんだな」

「あんただって残って良かったのに。そんな職を転々としなくてもここなら食い扶持にも困らないんだし」

「あー、俺が転々としてるのは、別にお金の為だけじゃないよ。いや、お金はないんだけど」

 留まりたくないんだ。長く住んでいると、自分が段々と侵されていく気がして。


 一おい。酒が飲みたいんだろ?飲めよ。気持ちいいぜ。怖いものなんてなくなる。


 長く居過ぎると段々と声が聴こえて来始める。それが幻聴なのか、自分の内なる欲求なのかはわからない。


 一あんたもどうせ女を殴るんでしょ?あいつそっくりだもんね。

 

 だから俺は絶えず移動して心と体をリセットしている。住民票や免許証みたいに形あるものを持たないのも、自分があいつらの子である事が決まってしまいそうで怖かったからだ。

「この村でもっと一緒にいられたら良かったのにね。もう遅いんだけど」

 礼香が少し寂しそうに笑った。

「そう…だな。そんな道も…」

 あったのかもしれない。宗教も心の隙間を埋めてくれるから。

「まったく、もっと自由に生きろよなぁ」

「ほんと。この村、移住者も結構多かったよ?若い子とか。みんな多かれ少なかれ事情を抱えてるけど」

「そりゃこんな山奥に住むのは、よっぽどの物好きか訳アリくらいだろうな」

 決して交通の便は良くないし、周囲は山で囲まれて村にはコンビニすらない。唯一の学校も廃校になっている。確かにホテルやら写真映えするスポットはあるのかもしれないが、緩やかに終わりを迎えるであろうこの村に移住する程の魅力があるのだろうか。


 この村はききゅうさまを中心に放射状に田んぼが作られており、その間に伸びる畦道は全てききゅうさまに通じていた。

 3人の背中を追っている最中、俺はふと立ち止まって空を仰ぎ見る。

 周囲に煩わしい音や建物もなく、眼前に広がる大空は驚くほど青く澄んでいて、ともすれば俺自身が空に溶け出しそうになるほど気持ちよかった。

〈なんかいいなぁ〉

「おーい、どうしたぁ?」

「置いてっちゃうよー」

 俺を呼ぶ声で我に帰ると、3人はもう随分先に進んでいて、俺は慌てて後を追った。

「いや、なんでもない!」

 仕事柄地方の田舎に行くことはよくあるけど、人との関わりを避けて来た俺に取って、休日を他人と過ごすなんて初めての経験だった。  

 だからなのか、広大な自然に囲まれて土の匂いを嗅ぎながら長閑な畦道を太陽に照らされてゆったりと歩く。たったそれだけの事が今の俺には堪らなく新鮮で贅沢に感じるのだった。

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