VSカモノハシ女、ネズミ女、ハムスター女

第16話 うしろに立つ少女(1)




 ──怪人達は、三人同時に俺に飛びかかってきた。


 眼前に、怪人達の攻撃が迫る。

 カモノハシ女は、爪の生えた腕による裂傷攻撃、ネズミ女とハムスター女は、手に持った機械小刀マシンヤッパによる刺突攻撃を仕掛けて来た。


 『闇黒電剣流エレクトロニック・アーツ』の帯電状態により強化された視力で見れば、それらの攻撃は、あと0.1秒ほどですべて俺の顔面に命中するようだ。


 俺は顔の前で腕を十字に交差させて、防御姿勢を取る。


 そして、俺の頭が両腕で怪人達の視界から隠れている隙に、俺は顔を半分、うしろに立つ少女の方に向けて、言った。




「十五秒経ったら、ジャンプしろ」

「え────?」




 少女が呆気に取られた風な声を上げるとほぼ同時に、怪人達の攻撃が、ガードした腕に命中した。


 カモノハシ女の爪が、ネズミ女とハムスター女の持つ小刀ヤッパの刃が、寸分違わず腕に突き刺さる。

 腕は爪によりグチャグチャに抉られ、小刀により出血し、肉と神経と骨を破壊され尽くして、もう二度と、刀など握れない程に壊される──。




 そんな事は、なかった。




 高密度の鋼と鋼がぶつかるような、重く甲高い音と共に、全身に、奴らの攻撃が衝突した振動が響く。


 だが、俺の腕には、傷一つ付いていない。

 敵の爪もナイフも全て、コートの上でぴたりと止まっている。


 装甲外套ヨロイコート『銀鱗』は、まさしく大鎧の如く、怪人達の初撃を容易く受け止めてみせた。


「何……こ、この腕の硬さは……いや、違う!その白コート、装甲外套ヨロイコートか!これは!」

 リーダー格のカモノハシ怪人が、渾身の力を腕に込めて、爪を食い込ませようとしてくる。だが、『銀鱗』には傷一つつかない。

 どころか。


「……か、硬すぎ……!」

 あまりにも硬い装甲に無理に爪を立てた結果、パキパキと音がして、カモノハシ女の爪に、僅かにヒビが入った。

 取り巻きの怪人達のナイフも同様だ。刃が軋みを上げていて、ほんの少しさらに衝撃が加われば、今にも折れてしまいそうだった。


「……フッ!」


 

 ガードした腕に力を込めて、コートに食い込んだ爪とナイフを軽く振り払う。

 それだけで、コートに弾かれた小刀と爪は、粉々に砕け散った。


「うわあああ!あ、あーしの爪!爪が!」

 カモノハシ女の手からは、そっくりと爪が肉ごと剥がれて、盛大に出血した。


「う、嘘でしょ!?小刀ヤッパが刺さらないどころか、逆に壊れるなんて、そんな装甲外套ヨロイコート、聞いたことがない!」


 ネズミの方の怪人が、へし折れた機械小刀マシンヤッパを捨てて、新しい物を取り出しながら、狼狽する。




 ──ネズミ女の認識は正しい。

 装甲外套ヨロイコートといっても、普通は小刀を受け止めるのはまだしも、逆にへし折るような強度は、およそ持っていない、


 それを可能としているのは、『銀鱗』に搭載された特殊機能によるものだ。


 『銀鱗』の生地には、通電により強度を高めることができる希少素材が使用されており、電剣流の発電能力と併用する事で、装甲車並みの防御力を発揮することが出来るのだ。




 怪人達を使った『銀鱗』の強度テストの結果は上々だ。

 あとは、片付けをするのみ。

 俺が一歩怪人達に歩み寄ると、怪人達は三歩後退した。どうやら、『銀鱗』の思わぬ防御力を前に気勢を削がれたようだった。


「お、お前……何者だ?怪人……なのか?その、身体に纏ったビリビリは……電気、か?」


 カモノハシ女の目に、怯えが見える。どうやら、帯電状態時に纏う電撃のオーラを見て、俺の能力に察しがついたようだ。


「怪人じゃない、剣士サムライだ。そして……止めの時間だ」


 俺は『千秋せんしゅう』を抜刀し、『一剣ダイカタナ』で構える。

 怪人達はさらに怯えたが、プライドが邪魔してか、逃げる事はしなかった。




「──十五秒」


 背後で黒い服の少女が、俺の忠告通りにジャンプしたのを足音で察知し。


「『内功』・『流転』──」


 俺は、処刑宣告を兼ねた真言マントラを唱える。




 闇黒電剣流エレクトロニック・アーツは生体電流の操作に、極めて高い集中力が要求される剣術である。


 その補助に用いられるのが、電剣流において真言マントラと称される、発声による精神集中法だ。


 自身がこれから放つ技の名を発声することで、技の精度を上げる定常処理ルーティーンとするのだ。


 無論、鍛えた剣士サムライであれば言葉を紡がずとも技の発動自体は出来るが、それでも真言マントラ有りの場合と比較して、威力はどうしても半減してしまう。


 運動心理学では、こうした声の発生と肉体の運動を同期させることでパフォーマンスが高まる現象を『シャウト効果』と呼び、ハンマー投げや剣道などのスポーツにおいても有効とされている。


 また、戦争の歴史においても『喚声ウォークライ』や『鬨の声』、さらには日本国第二代総理大臣・黒田清隆が修めたことで著名な薩摩示現流さつまじげんりゅうの『猿叫』など、声がもたらす肉体への発奮効果バフはあらゆる時代に見られる。


 いわば叫びの歴史とは、戦士の歴史である。


 ──つまるところ、電剣流の奥義は。

 技名を叫ぶと、強くなるのだ。




「──『電網壊々でんもうかいかい』!」


 構えた『千秋』をコンクリートの地面に突き刺し、奥義は発動された。

 俺の体内から発生した電流が『千秋』の刀身を伝い、地面へと流れ込む。


 ──つい先程まで雨が降っていた、よく濡れている地面にだ。


 地面を走る電流は半紙に垂らした墨汁のように、円状に地面に拡散し、蒼い火花を散らして大地ごと光らせる。


 さながら、地面に敷いた電流の網の如く。

 迸る電撃は、眼前の怪人達を絡め取った。


「ぐああっ!…………がっ!」


 ネズミ女とハムスター女が、足元から登ってきた電撃により全身を痙攣させ、そのまま倒れ込んだ。

 意識を一瞬で刈り取る威力ではあるが、死んではいない。気絶しているだけだ。




 これぞ、闇黒電剣流一刀奥義・『電網壊々でんもうかいかい』。

 雨などで地面が濡れている場合にしか使えないが、一撃で多数の敵から戦闘能力を奪う事ができる、強力な技である。




 また、もう一つ。

 この技にはある特性がある。


「……な、なんてヤツだ……」


 地面を介して電流を流す技の為、地面と接していない相手には、攻撃が当たらないのだ。

 だから、黒い少女に事前に攻撃時間を予告してジャンプをさせた訳だが、どうやら跳んだのは一人だけでは無かったらしい。


 俺は顔を上げて、上空でビルの外壁にしがみついている、カモノハシ女を視界に収めた。


「スタンガンじゃない……マジで自分の体から電気を発しているのか……これは、『あの人』に報告しないと……」


 カモノハシ女は、壁に無事な方の爪で引っ掛かりながら、眼下の俺を見下ろして、うわごとのように呟いた。


 後から知った話ではあるが、カモノハシの嘴には、電気を探知する感覚器が約四万個ほど備わっており、それにより水中で狩りをする際、獲物の生体電流を感知して、捕まえる事ができるらしい。


 カモノハシ女も同様に、俺の攻撃の際の生体電流の高まりを察知し、攻撃の直前にジャンプする事で、『電網壊々でんもうかいかい』を躱したのだ。


「クソッ!」


 カモノハシ女は悪態を一つつくと、壁を蹴り、その勢いのままビルとビルの間の壁を三角跳びして、遠くへと離れていく。

 ──逃げるつもりだ。


「……試すか」

 そのまま見逃してやっても良かったのだが、折角だ。

 『銀鱗』に仕込まれたの特殊機構──その中のもう一つを、最後にあのカモノハシ女でテストするとしよう。




 俺は空中を往くカモノハシ女を睨み、『千秋』を鞘に戻した。






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ちなみにカモノハシの爪には毒があるそうです。

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