第13話 ストリートファイター(1)
外壁の長いトンネルを抜けると
「──ここが、
かつては静かな住宅地として目立たない、住みやすい街であったそうだが、その様相は俺が想像していたものとは、大きく異なっていた。
──ビルだ。
夥しい数の灰色の建築物が、まるで積み木で無秩序に積み上げたかのように乱立している。
外からは五十メートルの外壁で隠れていたが、ビルの密集具合と高さ、作りの頑健さは、大都会のそれと同じだ。
一体何のテナントが入っているのかは知らないが、これだけのビル群を立てるのに、どれだけの時間がかかったのだろうか。
夜も更けているというのにビル群の中にはまだ灯りがついているものある。
消灯したビルの外壁には、スクリーン代わりとして、眩しい程のホログラム・ネオンで出来た広告映像が投影されている。
投影されている映像の中に、ニュースがあった。少し読んでみる──『不法滞在人間を怪人街から追い出しましょう 怪人衛兵本部』、『新発売スキン・二十代スラブ系女性アルビノタイプ 限定2着・超貴重品!』『【速報】埼玉県大統領ジーン・ガゼット氏、合衆国から帰国』──ろくでもない内容ばかりなので、すぐに見るのはやめた。
夜も深いため、さすがに道行く人影は大通りにもまばらではあるが、それらの姿はまるで外の世界と大差ない。
酒に酔って仲間と大笑いしながら歩く若者たち。
酔った女が男の腕にしがみ付いて、おそらくこれからホテルか自宅かに向かうであろうカップル。
深夜に少しコンビニにでも行こうと、ややだらしない部屋着で外に出る、地元の者と思しき中年の男。
俺が想像していた怪人街の姿は、スラム街のような、暗く不潔なものであったが──。
目の前に広がる近未来的な街並みは、まさしくフィクションの中で描かれるようなそれと近しいものだった。
文明的で、豊かで、消費主義的な街並み。
──それを見た俺の感想は、『ふざけるな』だった。
街を行く人々は、人の形はしているがいずれも怪人と見ていいだろう。
怪人と人間の違いは、『スキン』を着ていても足音でわかる。最も、これは武術に精通した人間でなくては判別不可能な見分け方ではあるが。
とにかく、怪人が人間から搾取した『スキン』を着て、まるで人間のように振る舞いながら大通りを呑気に歩いている、その事実に心がキリキリと痛む。
さらに腹立たしいのは、ネオンや街灯の灯ったこの街並みだ。
この巨大な街並みを維持する電力が一体どこから供給されているのかは疑問ではあるが、これらを賄う財源が真っ当な方法ではなく、怪人街の『主要産業』によって創出されている事は俺にも想像がつく。
そして、怪人街の主要産業は、怪人の戦闘力を軍事利用した軍事派遣業と、莫大な量の麻薬の輸出だ。
つまりこの街の豊かさは、人間を傷付け、食い物にして生まれた金で成り立っているのだ。
人を守る
「……」
とはいえ、今の俺に目の前の光景を直接どうこうするような余裕も、猶予もない。
まずは、先程レイディンから受け取った
一体今、どこにいるのか、どこで待ち合わせるか、打ち合わせが必要だ。
片方はナデシコの電話番号、そしてもう一つはレイディンの電話番号のようだ。
レイディンの連絡先の登録名には、『浮気したい時にかけてネ!』と一文が添えられている。
「……」
先ほどの彼女との別れの事もあり、俺は胸の奥に棘が刺さったかのような痛みを覚えながら、ナデシコに電話をかけた。
時刻はとうに深夜と言っていい時間帯だが、ナデシコならきっと出てくれるだろう。
「──はい、桜木町ナデシコです。……こちらのお電話は、小田原スザク様からのものでよろしいでしょうか?」
若い女の声が、
間違いなく、俺のメイド──桜木町ナデシコの声だ。
「ああ、夜中に悪いな。予定通り今、怪人街に入った所だ」
「──流石にございます、旦那様。ナデシコ、感涙にございます」
「よせ、スザクでいい。中に入れたのはレイディンのお陰だ」
「はい、スザク様」
数日程度しか彼女と離れてはいないが、声が聞けて幾らか安心した。夜も遅いのに3コール以内に出てきてくれるとは、さすがの忠義者である。
「早速なんだが、情報をいくつか共有しておきたい。こちらは『ヤツ』の居場所と思われる情報を例のタクシー運転手から入手できた。話によれば、ヤツは半年前、『さいたまスーパーアリーナ』に向かったらしい」
「アリーナ……さいたま新都心の方ですか」
「勿論今でもそこにいるとは俺も考えてはいないが、まだ何らかの情報が残っている可能性は高いだろ?俺は明日の朝、南桜井駅から出て『アリーナ』付近の調査をしてみる。ナデシコは今しばらく、そこで待機していてくれ」
「了解致しました」
俺の長々とした報告に対し、ナデシコは淡々と、言葉少なに返事する。
別に彼女が無愛想であるわけでも、冷淡であるわけでもない。
昔、気になって尋ねたところ、どうやら彼女はただ、主人に対し必要以上に言葉を並べ立てる事を良しとしない、そうした従者としての信念を持っているだけ、だそうだ。
実際、態度こそクールではあるが、彼女の俺やエヴァに対する忠義心や思い遣りには何度も助けられてきている。今回の怪人街への先行潜入も、彼女が自ら志願したのだから、頭が下がる思いだ。
「それで、ナデシコは今何処にいるんだ?レイディンからセーフハウスを借りたんだろう?本当にそこは安全か?」
「はい。ナデシコは今──」
ナデシコがセーフハウスの場所を俺に教えようとした瞬間。
──プツン、と。
電話が、切れた。
「……ナデシコ?」
背筋にぞわぞわと、不穏な気配が忍び寄る。
電話の向こうで一体何が起きたのかと、脳がフル回転し、あらゆる可能性を俺に叩き付ける。
まさか、まさか。
セーフハウスの位置が、バレた?いや、バレたとして、誰に?何を?目的は?考えられる可能性は──?
まさか、レイディンが俺達を、ガンダに売ったのか──?
早くかけ直そうとして、逆にナデシコの方から電話が掛かってきた。
マナーモードの為着信音は無く、断続的なバイブレーションの振動が、俺が電話に出る事を待ち侘びている──。
「──もしもし」
俺は、胸中の不安を掻き消すように、急いで電話に出た。
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街並みの描写って難しいですね
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