第2話

 少女は真っ直ぐに壱悟いちごのことを見据えながら、淡々と告げる。

「二日後にあなたは死ぬ。私が呪いをかけたから。──大丈夫よ、私と違って苦しまないから。あっさりとこの世を去るだけ」

 少女の言葉に壱悟は僅かばかり眉をひそめる。

「……あっさりとこの世を去るのは誰だって嫌だと思うけど」

「じゃあ、苦しみながら死ぬようにしてあげようか?」

「どっちも嫌だ。──そもそもただの幽霊にそんな力、ある訳ないと思うけど」

 壱悟はそう言うと、ため息を吐いた。

「……アンタなんかムカつくわね」

「ちなみに君の呪いとやらで何人死んだの?」

「三人、あの場所を踏み荒らしたヤツが死んだわ」

 壱悟は首を傾げながら答える。

「十年くらい前の交通事故のことなら覚えてるよ? 昔、ニュースで見たから。その時は確か、男女二人が亡くなったんだっけ? トンネル先のカーブでスピードを出し過ぎて曲がりきれなかったって。理由ははっきりしてるよ」

「どうしてスピードを出し過ぎたんだと思う?」

「……」

 そういえば──当時、ニュースを見ながら親が「変な事故だ」と言っていたことを壱悟は思い出した。

 車一台通るのがやっとの細い山道で、かなりのスピードを出し、更にブレーキを踏んだ形跡もなく、崖下へと突っ込んだらしい。


「若いカップルだった。車から降りて、キャーキャー騒ぎながらトンネルを進んでた。怖がりながらも、とても楽しそうだった。そして、彼らは私の姿に気付いたの。一瞬で血相をかいて、悲鳴をあげながら車に乗り込んだ。──車が走り出したすぐ後にものすごく大きな衝撃音がした」

「君のことが見えたのなら、パニックになった結果かもしれないけど……呪いなんてものじゃないでしょう」

「それだけじゃないよ! 三人だと言ったでしょ!?」

 少女が声を荒らげる。

「──ニュースにもなっていない。きっとソイツの周りも、突然死だとしか思ってないでしょうね」

「知り合いみたいな言い方だね?」

「……顔見知りよ」

 少女は目を見開きながら、高らかに宣言した。

「この際だから、全部教えてあげる!」



          ◇



 ──少女は自分のことを『森山環』と名乗った。

 森山環は高校一年だった。

 夏の終わりの夕暮れ、部活帰りに普段は通らない道を自転車で走っていた。この日、父は元々、県外へ長期出張中に加え、母も一泊での出張が入っていた。

 いつもなら門限を気にし、真っ直ぐに家に帰るのだが、親の目がない状況は環をひどく開放的な気持ちにさせた。

 そして心霊スポットと化している裏ヶ面うらがめんトンネルに足を運ばせた。

 いつも使う道を反れてから、自転車で細い山道を十分程、走った先にそのトンネルはぽっかりと口を開いて待っていた。


 今までの自信はなんだったのか。

 環は息をのみ、背筋が寒気立つのを感じた。

 トンネル内は等間隔で電灯を灯してはいるものの、あまり意味をなしているとは思えないほど、闇が広がっている。

 環は自転車から降りると、恐る恐るトンネル内に足を踏み入れた。

 ブワリ、とトンネル内部から強風が吹き、環の一つ結びでまとめた髪がなびく。

 一歩、二歩、三歩、四歩……と進んだところで、環はこれ以上進むべきではないと思った。きびすを返し、自転車に乗った瞬間のこと。

 ──ドン、と強く背中を押される感覚があった。

 そのまま、崖を自転車ごと転げ落ちた。

 岩肌に背中を、足を、頭をぶつけながら痛みと恐怖でパニック状態だった。

 そして──ドスン、と身体全体に大きな衝撃が走った。

 

 環が落ちた、トンネル前には一つの人影が見えた。

 薄れ行く意識の中で、環はその人影の主を呆然と見つめることしかできなかった。

「アイツは私にフラれた復讐で私のことを突き落としたのよ」

「アイツって?」

「同じ高校に通ってた、問題児よ」

「──え? ……じゃあ、君は殺されたってこと?」

「……それしか、ないじゃない。アイツは私が崖を転がり落ちるのをじっと見つめてた。その後、助けを呼ぶこともなかったんだから」


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