アイと呪いの推し活事情

鹿島薫

第1話

 せみの鳴き声が、耳をつんざくような声量で辺りに響く。

 十九時を過ぎ、街灯も少ない田舎道は薄暗い。

 そんな中、少女は軽快に自転車を漕ぎながら帰路についていた。

 少女が部活動で所属しているバスケ部のメンバーとはコンビニ前で別れ、そこからは一人で家までの道を行く。

 先程までの、県道沿いの広く綺麗に整備された道路とは裏腹に、今、少女が走っている道路は車一台がようやく走れる程の、細い山道だ。

 街灯はまばらで、生い茂る木々によって視界はより狭められる。えも言われぬ恐怖心を覚える場所だ。

 とはいえ、少女の家はこの道の先にある。少女にとってみれば、物心ついた頃から慣れ親しんだ道。今更、恐怖心が沸き上がることはない。

 むしろ、昔からオカルトの類いが好きだった少女にとっては興味と好奇心の対象になり得た。

 練習試合に勝って、今ならなんでも出来ると思うまでに浮かれていた少女は、ふ、と決意した。

 学校への登下校で使用しているこの道から、更に筋道を入った先に、いわくつきのトンネル・裏ヶ面うらがめんトンネルがある。

 裏ヶ面うらがめんトンネルにはある噂がある。

 トンネル内で“あることをする”と、生きて家に帰ることは出来ない。

 そして“あること”がなにかを知る者はいない。なぜなら皆、死んだから、というものだ。


 ──そのトンネルを越えた先には数件、民家が点在しており、住民の生活道路にもなっているし、それこそ噂を知った者達の肝試しの場にもなっている。

 は何事もなく、訪れた者を拍子抜けさせて終わるのだが。

 ただ──数年に一度、交通死亡事故が起こる場所でもあった。

 ──少女はその事実は知らなかった。クラスメート達と時折、話題になる心霊スポットの一つ。その程度の認識だった。トンネルの前で自転車を降りた。

 ただただ、好奇心の対象だったのだ。

 


          ◇

 



 ──福山壱悟ふくやまいちごは自室で本を読んでいた。図書館から借りてきた、小説だ。一年程前に大ヒットした、二十代男女の恋愛模様を主軸とした、群像劇。

 “二人は死んだ”から始まるその物語に、壱悟いちごは冒頭から惹かれていた。

 今日中に読みおわってしまうかもしれない。

 幾日かに掛けて楽しみたい気持ちと、この物語の結末を早く知りたい気持ちに揺られる。

 そして、そう思うほどに小説にのめり込む時、決まって後者を選ぶことになる壱悟は、この日眠らない覚悟をした──はずなのだが。

 壱悟の視界に小説の文字以外に、主張しているものを見つけ、それに視線は釘付けになる。

 ──人の手だ。

 半透明のそれはゆらゆらと本の上を這い、そのうち人差し指と中指で軽やかに舞い始めた。

 まるで気付いてくれるまでの余韻を楽しんでいるかのよう。

 壱悟はゆっくりと視線をあげ、正面を見る。

 ──少女がいる。十五、六歳に見えるその少女は、セーラー服を着ている。

 少女はにこやかに微笑んでいた。

 壱悟は軽く息をつくと、少女に向けてこう告げた。

「残念ながら、僕は心霊の類いには強いんだ。よく見えるし。だから怖がってもあげられないし、早く他所に行ったほうがいいんじゃないかな」

 ──せっかく入り込んだ小説の世界から引きり出されたことに、壱悟はいささか腹を立てていた。

「無理だよ。あなたが余計なことするから、あなたを呪うしかなくなったんだもん」

 余計なこと? 壱悟は今日一日の行動を遡る。

「……あ」

 壱悟の反応を見て、少女は満足そうに笑った。

「そう。それだよ」

 ──前日まで台風の影響で天気は荒れに荒れていた。学校からの帰り道、行きで目にした道路を塞ぐ倒木は撤去されていたが、道路脇の瓦礫がれき木屑きくずは手付かずになっていた。

 その中にふと目に留まったものがあった。

 ボロボロになったキーホルダーだ。犬を模している。昨日、今日落としたものではない、と分かるほど色褪せ、所々塗装も剥げている。

 引き取り手もいないだろう、と判断した壱悟はそのキーホルダーを持って帰ってきていたのだ。

 壱悟は机に置いたそのキーホルダーを少女に見せる。

「これは私のものよ!」

「……ごめん」

 少女のものであるらしいそのキーホルダーは、五十年程前にテレビで放送されていたアニメキャラクターを模している。主人公の元に現れる、喋ることができる犬のキャラクター・マロ吉。


「明日、元の場所に返しにいくよ」

「……もう遅いわ」

「……え?」

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