薄情の赤

たってぃ/増森海晶

第1話

 隠しごとをするのは、別にいい。

 だけど、隠しごとが日の光に照らされたとき、二つの選択肢に迫れる。

 正直に話すか、真っ赤な嘘をつき続けるか。

 真っ赤な嘘をつき続ければ幸せとは縁遠くなり、つき続けた分の嘘が赤い棺となって、死んだら魂がそこに入るのだ。

 赤い棺はの三途さんず川にそのまま流されて、対岸に流れ着けば閻魔えんま様に裁かれる――だがもし途中で沈んでしまったら、棺は引き上げられることなく、魂は永遠に川底に留まり続ける。

 延々と隙間から流れ込んでくる、三途の川の水責めの苦しみに悶えながら……。


『だからね。あいちゃん、隠しごとがバレそうになったら正直に話しなさい。嘘をついた分、棺が重くなって沈みやすくなるからね』


 そう言って、木村きむらのばーさんが含むように笑った。

 木村食堂のばーさんだから、木村のばーさん。

 幼い私を育ててくれた人。

 丸顔に柔和な顔つき。刻まれた無数のシワが哀愁を誘い、眼は常にどこか遠くを眺めている。

 すっと伸びた背中と、手入れの行き届いた白髪を団子一つに結い上げて、シミ一つない白の割烹着がいつも輝いて見えていた。


 大人になってふと思い出し、ばーさんの話がどこから来たのか伝承関係を漁ってみたのだが、どうもばーさんの創作らしい。


 はぁ。と、私の意識とは関係なくため息が出る。青い傘をさして歩くあぜ道は雨で湿り、周囲に広がる田んぼの稲が雨を歓迎するように緑の手を伸びている。

 涼しいというよりも肌寒く、鈍色の雲がまるごと落ちてきそうな張り詰めた空気。上着を用意しなかったことを悔やみながら、私は目的地と母に頼まれたミッションを思い返す。

 

『藍ちゃん、洸一こういちくんの様子を見に行ってくれないかな。あんなことがあって、アレだから』

 

 洸一くんこと権代 洸一ごんだい こういちは木村のばーさんの孫で、私の幼馴染だ。幼い頃はよく遊んだのだが、親の駆け落ち事件以来、木村のばーさんごと交流が途絶えて最近まで存在すら忘れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る