第13話 佐山邸で調査再開
「二人ともちょっといい? 課長が呼んでるんだ」
事務室に戻ってすぐ。田代主任に言われて会議室に入ると、資料課のメンバーの他に館長も同席していた。
「佐山氏の顧問弁護士から連絡が入って、明日には邸に自由に入れるようになるんだそうだ。それで出来る限り早目に調査を再会してほしいとのことでね。皆には悪いけどこれを最優先にしてもらえる?」
「時間帯はどうしますか? やはり夜ですか?」
館長の言葉に尾崎係長がすぐに反応する。
「あんまり大掛かりに動いているところを見せたくないのは本音らしい。なのでまた日が落ちてからでいいかな」
「構いません。では以前と同じメンバーで······。いや、日比野さんはやめておく?」
西村課長がお父さんのような顔で心配そうに眉を下げた。
「私は大丈夫です。それに気になることもありますから」
「本当に? 無理してるんじゃなければ人手があるのは助かるけどさ」
「日比野ちゃんはお休みしなよ。思ってる以上にダメージ受けてるんじゃないの?」
「行きます! 行かせて下さい! 一度始めたことですし女性目線もあった方がいい事もあるかもしれません」
「······分かった。無理なようならすぐに帰りなさい。それでいいね?」
「はい」
ほんの数日前のことだというのに、前に佐山邸に行った時とはもう色々なことが変わってきてしまった。
再び田代主任がミニバンを借りて、日が落ちてから郊外を走るのも変わらないのに、街道からの景色にもどこか秋の気配が見えてきた気がする。
今年の夏は暑かった。貧乏草なとど揶揄されるハルジオンの花も真夏の熱射に負けたのか目にすることはなかったのに、またそこここに花をつけ出している。
「あの、先日はご迷惑をおかけしてすみませんでした。あの日のことを皆さんに詳しくお話していなかったので、今お伝えしていいですか?」
車中は無言だ。了承と受け取り、続きを話す。
「おおよそは聞いておられるでしょうが、お知らせしておきたいのは八頭女史が亡くなられていた状況のことです。
八頭女史は、たしかに私を半ば強引に家まで連れて行きました。そして慣れないワインとシーシャを勧め、断れない状況にさせられました。でもお付き合いしていた比江島氏が殺されたと聞き、何か情報を得ようと必死になっていたから故の行動でした」
一呼吸おき、手首のブレスレットに触れて気持ちを強くする。まだあの事を思い出すのは辛いのだ。
「――彼女は、『夜を殺めた姉妹』で使用されていた悪魔信仰の祭壇で祈るような形で殺されていました。天井からのピクチャーレールで無理やりその形を取らされてです。祭壇にはレッド・ロブスターと比江島氏の一部も供えられていて。
私はこの映画を観ていないので分かりませんが、佐山氏の家にも『夜を殺めた姉妹』に関係するものがあったら少し注意が必要だと思います。佐山氏は『黄昏を纏いし姉妹』『夜を殺めた姉妹』の姉妹の名前を娘に付けるくらいですから、コレクションしててもおかしくありません。
この二作品が何を意味するのかは分かりませんが、わざわざあんな事をするなんて、もしかしたら犯人にとっては重要な何かなのかもしれないからです。本来の業務とは違いますが、皆さん注意をお願いします」
「日比野ちゃん······」
犯人は佐山邸にも八頭邸にも行ったことがあり、尚且つ八頭女史が比江島氏と交際していたことを知っている人物なのだろう。もしかしたら過去に八頭女史が佐山氏と不倫した過去も。
そしてカルト映画である『夜を殺めた姉妹』のことも知っている人物。
少し時間をもらってから、話を続ける。
「あとそれから、私の気のせいならいいのですが、どうも色々と情報が漏れているような気がしませんか? 八頭女史も館内の話を知っていましたし、私が睡眠薬で寝てしまう前、八頭女史のところに来ていた川真田氏と門木氏という方々も、何だか私のことを知っているようでした。
あの事件が映画のシーンに見立てられたものというのは辻堂刑事に報告していないのですが、やっぱりすべきでしょうか?」
「そうだね。情報が漏れてる件は何とも言えないが、とにかく戻ったら『夜を殺めた姉妹』の特別観覧を申請しよう。そこに辻堂刑事も同席していただいてもいいし。私は観たことはあるものの、記憶が定かでない部分もあって」
私の疑問に西村課長がすぐさま提案をしてくれる。映画が観られれば何か気付くことがあるかもしれない。
「それと、前から思っていたんだが、比江島氏の切除は単純な『阿部定』模倣なんだろうか? その、ソレが祭壇に供えられたというのが気になるんだが。『夜を殺めた姉妹』では祭壇にそんなもの供えられてなかったように思うし」
尾崎係長も気になっていたことを口にする。これは私も思っていた。
「······もしかして地下室殺人に関連する映画があるのかもしれないね。ちょっと思いつかないけど。
八頭女史の件、映画見立ての殺人なんて狂ったことが本当に起きているのだから、あながち日比野さんの推測も外れてないように思うし」
田代主任のコメントには誰も何も返答しない。地下室殺人の映画。この世は未見の映画に溢れている。映画専門館の研究員が揃っても思い至らない作品が存在するのかもしれないが、そこまでマイナーな作品をモチーフにしたのなら逆に犯人は相当の映画マニアだということだ。
「そういえば、川真田氏と門木氏がいたって?」
「はい。太った男性と猿のマスクの男性が突然入って来て、私はそのすぐ後に意識を失ってしまったのですが、後で八頭女史の使用人が彼らをそう呼んでいましたからそういうお名前なのだと」
池上の問いかけに私が答えると、田代主任が大きく相槌を打ってくれた。
「それならその二人かもしれない。
ニッコー
「門木氏は、試写会にも現れないし徹底してるよな。一般公開されてから批評を書くスタイルだ。
もう一人の川真田氏は
少し呆れたように尾崎係長が零すと、他の四人も頷いている。私は周りを見ていないのかな。あんな特徴的な体型の人なら分かりそうなものなのに、川真田氏を見かけた記憶がない。
「······噂だと二人もヨシイ古書店と懇意だって」
「ヨシイ古書店ねえ。井ノ口なんかは図書室の充実を図るためにあそこからも買おうとするが、あんまり縁を結びたくないよな、何となく」
「井ノ口は資料を増やすことに執念を燃やしてるからなあ」
「でも佐山氏のコレクションが寄贈されたら、ヨシイ古書店から買うこともないかもしれませんよね?」
「そうなるといいよね。まずは全て受け入れて、目録作って、書籍類を図書室に渡してみて······だね。長い道のりだなあ」
再び佐山邸に着く。
江藤弁護士の指示通り、今度はセキュリティも一時解除のみにして、外からの侵入対策はしておく。
今度は真っ先に地下室に向かう。比江島氏の倒れていた痕跡は何も残っておらず、床も綺麗に拭かれている。
改めて確認するとスチール製の入口のドアにはパワージャッキがついていたり、室内には空気清浄機までつけられていることに気付く。
「田代、まず全てを撮影してくれるか?」
田代主任が全ての棚や作業台なども漏れなく動画で押さえておく。
「撮影しました」
「よし。じゃあ日比野さんはパソコン立ち上げておいて。先に目録がないか調べよう」
本棚に「私家本 校正関連」というファイルを見つける。
パラパラと眺めると、この本を作った時のデータが入っているらしき四角いディスクが綴じられていた。
「これって何でしょう? 何かのディスクっぽいんですけど」
「あー、それ! 懐かしい、MOディスクってやつだよ。フロッピーディスクの次に使ってた記憶媒体。そんなに長くは普及しなかったんじゃないかな」
「2000年前半くらいまではこれにデータ入れて印刷所に持って行ってたんだ。見たことない?」
西村課長と尾崎係長は盛り上がっているが、私は全然ピンとこない。
「本当に全然ですね。初めましての感じです」
「これが私家本のところにあるってことは、相当前から出版に向けて動いてたんだろうねえ」
「あの本の発行は2016年ですものね」
「ここでは見られないけど、館に戻れば外付けのMOドライブがあるから、それで開けると思う。このデータの中に、私家本に選別する前の所蔵リストが入ってるかもしれない」
それではひとまず持ち帰りですね、と私は持ち込んだ文書保存箱を一つ組み立てて、その中に入れておく。資料に付箋で番号を振り、パソコンにも入力する。
「あっ、ありました! 作業台の引出しにまた当館寄贈品リスト用と書かれたノートパソコンが! これを起動してみましょう」
慌てて田代主任が発見したノートパソコンを立ち上げる。中には所蔵目録の他に、当館と同じYAGIシステムのデータベースアイコンがある。
「YAGI社のデータベース? うちと同じ······?」
田代主任が開いて確認するが、いくつが検索してみて首を振る。
「データベースは全く同じですが、中身は違います。このデータは全て佐山氏の所蔵品なのでしょう。そして登録者の名前は『牧田道佳』です」
「牧田君が? じゃあこれは······」
「牧田さんが積極的に動いたかどうかは分かりませんが、ここにYAGIシステムを導入するにあたっては牧田さんが関与した可能性はありますね」
信じられないように西村課長が、佐山氏のパソコンを確認する。
「······うちと共同で開発したデータベースを他社に売るなんて許されないことだけどな、普通。
ただこのデータベースでも、全ての品をどの場所に配架しているかをデータと紐づけていたんだな。これだと空き部分に違うもので埋めたらすぐにバレてしまう。盗難対策のためかきっちりした性格なのか分からないが、個人で立派なものだな」
パソコンを再び田代主任に返した後も、西村課長はしばし黙り込んでしまう。YAGI社のことや牧田さんのことを考え込んでいるのだろうか。
「ログを見ると、あの日にいくつかデータを消しているものがあるようです。メンテナンスやバックアップをYAGI社で対応してるなら、これも持ち帰ってYAGI社に聞いてみましょうか」
ついに事件に関係する証拠が出てしまった。思わず身震いしてしまう。
「それと所蔵目録の方はExcelなんですが、変更履歴にがっつり残ってますね。プロパティを見ると最終変更はあの日の18時ですよ。変更履歴はたしか30日間しか残らないので危ないところでした」
「田代はよく間違えて消すから、そういうとこ詳しいな」
尾崎係長が冗談を挟もうとするが、このことの重みに誰もが気がついていた。
「あの日にデータ改ざんの痕跡か。犯人がすでに何かを持ち出して、それがここにあったことを隠すためにデータを改ざんしようとしたのか?」
「課長、消したやつ分かりました」
「何だった?」
「······デスマスクです。冨樫甲児の」
全員で息を詰めた。そんな訳はない。ここにある訳はないのだ。
「いや、だって······」
「田代さん、それ本当? 本当に?」
「嘘なもんか、見てみろよ、これ!」
そうして見せられたExcelデータには、たしかに『冨樫甲児 デスマスク』の文字が残っていた。
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