誕生日パーティーの過ち 2

 空が藍色に染まりはじめたころ、ライオネルはカニング侯爵家の前で馬車を降りた。

 手にはエイミーへのプレゼントと、それからピンク色の薔薇の花束がある。

 玄関前で待っていたカニング侯爵夫妻とエイミーがライオネルをにこやかに出迎えた。

 毎年、エイミーの誕生日パーティーは少人数で行われる。

 大々的に招待客を募って大騒ぎをする家もあるのだが、カニング侯爵夫妻は、娘の誕生日は穏やかに、そして楽しく過ごさせたてやりたいと、昔から親戚と、近しい友人たちくらいしか招かない。


 今年はどうやら、エイミーが学園に通いはじめてからできた友人シンシア・モリーンも招待されたようだ。

 飾り付けられたダイニングへ向かうと、すでに招待客の大半が集まっていて、そこにシンシアの姿もあった。

 ライオネルが来たからか、残りの招待客の出迎えは侯爵夫妻のみで行うと言って、エイミーはダイニングについてきた。


「十七歳おめでとう」


 ダイニングに入って、ライオネルがそう言って花束とプレゼントを手渡すと、エイミーは嬉しそうに笑ってそれを受け取った。

 ……なんだか、エイミーの笑顔を久しぶりに見た気がする。


「ありがとうございます、殿下。この薔薇、すごくいい匂い」

「ああそれは、城で新しく品種改良された薔薇なんだ。品名は――って、これはまだ内緒らしいからまた今度教えてやる」


 新しく品種改良されたこの薔薇はまだ市場には出していない。市場に出すタイミングは王妃である母が決めるらしいので、この薔薇につけられた名前も公に口に出してはいけないのだ。


「プレゼントもありがとうございます」

「ああ。……開けないのか?」


 去年までのエイミーなら、ライオネルがプレゼントを渡した直後にリボンを解いていた。しかし今日のエイミーは、プレゼントの包みを持ったままでリボンをほどく気配がない。


「楽しみなので、あとで改めて開けますね」

「そ、うか……」


 エイミーが侍女に言って、花束とプレゼントを部屋に運ぶように言った。侍女もいつもとは違うエイミーの行動に不思議そうな表情を浮かべたが、花束とプレゼントを持ってダイニングを出ていく。

 ライオネルは、なんだか自分の贈ったプレゼントが遠ざけられたような気がしてちょっとだけ腹が立った。


(いつも、パーティーが終わるまで抱えて離さなかったくせに)


 もやもやする。

 なんでこんなにもやもやするのだろう。

 何人かが話しかけてきたので適当に相手をして、エイミーの隣の席に座って待っていると、招待客が全員揃ったのか、侯爵夫妻がダイニングに入って来た。

 そして、改めてエイミーの誕生日パーティーに集まってくれた礼を言うと、グラスを掲げる。


「エイミー、十七歳の誕生日おめでとう!」


 優しい侯爵の声に、招待客が「おめでとう!」と復唱した。

 エイミーが乾杯の後ではにかみながら「ありがとうございます」と言ってグラスに口をつける。


 ほのぼのほした、暖かい誕生日パーティーだ。

 去年まで、どうして好きでもない婚約者の誕生日を祝いに行かなくてはならないのだとイライラしていた。

 けれど、毎年、この誕生日パーティーの雰囲気だけは好きだと思う。

 ライオネルの誕生日には盛大なパーティーが開かれるし、国中の貴族が誕生日を祝いに集まってくる。

 父と母もそれなりに息子の誕生日を祝ってくれるし、はっきり言って、リボンをほどくのも億劫になるほどの大量のプレゼントが国中の貴族から贈られる。


 でも、どうしてなのか――自分の誕生日パーティーなのに、ライオネルはどこか他人事に思えてならなかった。

 形式だけ整えられた、中身のない薄っぺらいもの。

 ライオネルは祝いを言われるたびに人形のような笑みで礼を言って回るだけで、ちっとも楽しいとは思えなかった。

 父と母を含め、果たして自分の誕生日を本当の意味で祝っている人間は、この中に何人いるだろうかと、馬鹿馬鹿しい思いでにぎやかで華やかなパーティーを傍観していた。

 エイミーだけは毎年やかましいくらいに騒ぎ立てて、しつこく「おめでとうございます!」と繰り返していたが、ライオネルの誕生日を祝っている人間なんて、それこそうるさいエイミーただ一人だけなのではないかと、今でも思う。


 そのくらい、ライオネルの誕生日パーティーは薄っぺらいものだった。

 それに比べて、エイミーの誕生日パーティーは毎年とても温かい。

 温かい、気がする。

 それは、集まっている人間の誰もが――それこそ使用人までもが、エイミーの誕生日を心から祝福しているからだろう。


(……まあ、王族なんてそんなものだ。王子に生まれたんだから仕方がない)


 エイミーが楽しそうに笑っている。

 ライオネルの目には、なんだかエイミーの笑顔が、キラキラと、まるでダイヤモンドを散りばめたシャンデリアのように輝いて見えた。



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